緊急事態 (2)
おひさしぶりです。すっかり間があいてしまいましたが、投稿再開します。
ポルターガイストを起こしたり電気機器に異変を起こす能力は、このメンバーの中で私が一番弱い。
それだけ平和な人生だったとも言えるのかもしれないし、それだけ私の人間関係が希薄だったとも言えるのかもしれない。
執着心が薄いのかな。
今、一番傍にいたい人は誰かと考えて思い浮かぶのは、生きていた頃の家族や友人じゃなくてアッシュだもん。
スマホを実際に手に持つわけじゃないから、先輩がどうやって電話をするのか、隣で見ていてもよくわからない。
焦点の合わない目で遠くを見つめて集中しているみたいなので、暫く隣でおとなしくしていた。
「たす……けて……」
囁くような小さな声で先輩が呟く。
もう電話が繋がっているのかな。
「おい、今声が聞こえたぞ」
最近たびたび心霊現象に遭遇していたせいで、桐生は霊感が身に付いたんじゃないだろか。
ほんの小さな声だったのに、ものすごい勢いで振り返った。
「あ? 気のせいじゃないか?」
「女が起きたのかもしれない。おい、岩渕! いつまで寝ているんだ!」
桐生は助手席から身を乗り出し、背後の席に座っていた岩淵の膝を叩いた。
「え? あ、家に着いた?」
「違う! 女が起きているかどうか確認しろ」
「女? え?」
何が起こっているのか理解出来ず目を擦っていた岩淵は、女と聞いてピタッと動きを止めた。
「女って……誰?」
「後ろに寝ている女を確認しろって言っているんだよ」
「え?!」
慌てて立ち上がろうとして肘をドアにぶつけて、顔をゆがめて肘を擦りながら背後を見ても、三列目の席には誰もいない。
ちらっと桐生を振り返り、顎で行けと指示されて、岩渕は三列目の席に移って荷物置き場を覗き込んだ。
「ま!」
大きな声を出しかけて、女性を起こしてはいけないと言葉を切る。
もう一度女性を覗き込んでから、大急ぎで元の席に戻った。
「だ、誰なんだよ。まさか、また……」
「寝てたか」
「寝てるっていうより、気絶しているよ」
「ならいい」
「よくないだろ。どうするつもりなんだ!」
「うるさい。おまえも共犯だろ」
振り返りもせず運転しながら川戸が物騒な声で言うと、岩渕は頭を抱えて蹲った。
「冗談だろ? またかよ。何を考えているんだよ」
先輩の時もこういう流れだったのか。
サイコパスと酒乱の犯罪に巻き込まれて、でもふたりがこわくて流されて、結局自分も犯罪に加担してしまったのね。
「梨沙……どうする?」
「あ、そうだった。電話」
先輩に聞かれて急いで隣にしゃがみ、高校生の耳元に顔を近づけて集中した。
『背後に誰かいるんですね。気付かれるとまずい状況でしたら返事はしないでください。こちらの声は大丈夫でしょうか』
おお、相手の声が聞こえるわ。
「平気」
『わかりました。もう答えなくてもいいので、身の安全を第一に考えて無茶をせずに、犯人を刺激しないようにしてくださいね。電話はこのまま繋いだままにしてください。すぐにパトカーを向かわせます。気付かれないようにサイレンは鳴らしませんが、至急そちらに向かいます。必ず助けに行きますので諦めないでください』
落ち着いた女性の声が、幽霊のくせに少し焦っていた気分を落ち着かせてくれた。
これで警察はきてくれるはず。
「助けが……くる」
「先輩のおかげです。これできっと助けられますよ」
「うん」
でもまだ心配だ。
警察の到着が遅くて間に合わなかったなんてことにならないように、出来ることは全部しておきたい。
幸い、車はまだ通行量の多い国道を走っている。
今がチャンスだ。
「シロ、後ろの車に私が見えるように出来ない?」
「手出しは出来ないよ」
「ちょっとくらいいいじゃない」
「だめ」
「けち!」
いいわよ。死神猫なんて当てにするもんか。
彼女を助けたいという気持ちが強ければ、私にだって出来るはずなのよ。
このまま彼女が襲われて殺されるなんて結末を迎えてしまったら、先輩の悪霊化待ったなしなんだ。
しっかりしろ自分。ここが根性の見せ時よ。
女優の演技を見せてやろうじゃないか。
私だって幽霊なんだ!
後ろの車の人に伝えたいことがあるんだと心に念じながら、本来ならバンっと音がするくらいの勢いでバックドアのガラス部分に両手をついて、必死の形相で後ろの車を見つめる。
夫婦なのかな?
運転していた三十代後半くらいの男性と、助手席に座っていた同じくらいの年代の女性が驚いた顔でこちらに注目した。
「見えてる?」
あの反応は見えているんだと信じよう。
後ろを気にするようにちらっと見てから口を大きく開けて、
(た す け て)
と、何度も言う。
実際は声は出していないけど、これだけはっきりと口を動かせばわかってくれるはず。
そして、後ろから強く引っ張られたように仰け反りながら、縋りつくように後ろの車の人達を見て手を伸ばし、そのまま倒れ込んだ。
「何をやっているんだ?」
椅子をすり抜けて仰向けに倒れ込んだ私を見下ろしたシロに、不思議そうに聞かれてしまった。
素に返ると恥ずかしいんだからほっといてほしいわ。
「後ろの車も警察に通報してくれるかもしれないでしょ」
車のナンバーがわかって、スマホのGPSで示された場所をその車両が走っているのを確認出来たら、駆けつけるのが早くなるかもしれないじゃない。
「よっ。さすが女優、名演技」
「洋子さん、余裕ね」
「こいつらに絶望を味合わせてやるチャンスよ。こんな男共のせいで苦しむ被害者を、これ以上出してたまるもんか」
そうだよね。今までの努力の結果を今、ここで出さなくては。
「前回の方角でいいか?」
いつまでも寝転がってはいられないので、のろのろと起き上がっていた時に川戸が桐生に確認した。
「ああ。あの辺りには詳しい」
前回の場所の近く?
先輩が殺された場所の近くに行くの?
車は交通量の多い国道をそれて、一車線道路を走っていく。
このまま行くと、どんどん交通量は減っていくはずだ。
警察はいつになったら来てくれるんだろう。
「なあ、後ろの車、ずっとついて来ていないか?」
「どんな奴が乗っているんだ?」
「三十代くらいの男女だ」
「こっちに家があるんだろう」
うわ、まさか心配してついて来ちゃっている?
それはやばいよ。
こいつら、つけられているとわかったら彼らにも危害を加えるかもしれない。
警察に知らせてくれたなら、危ないから余計なことはするなと言われるんじゃないの?
周囲は畑と民家だけになってきた。
右に曲がれば山道にはいる信号を右折して、川戸はすぐに車を横付けした。
バックミラーを見て、後ろの車がどうするか確認しているようだ。
「こっちには来ないか」
「気にしすぎだ。だが、注意に越したことはない。いい判断だ」
「当然だろ。捕まるわけにはいかないんだよ」
「だったら、こんなことをしなきゃいいだろ!」
岩淵の言葉が正しい。
彼が一番まともだな。
「うるせえ。裏切りそうなら、おまえも彼女と一緒に埋めるぞ」
「落ち着け川戸。岩淵は俺を裏切ったら就職出来ないんだ。大丈夫だよ。なあ、岩渕」
「……わかってる。裏切ったりしない」
嫌な人間関係だ。
お互いに弱みを握っているせいで、信用出来る相手になっているのか。
飲酒運転だというのに意外にも安全運転で、車はどんどん山道を進んでいく。
道幅はかなり広い道路なので、昼間ならドライブする人もいるかもしれない。
でも外灯がぽつんぽつんとあるだけで、周囲を木々に囲まれた山中の道路を、夜になってから使う人は滅多にいないだろう。
「あんまり走られると、その分警察の到着が遅くなりますね」
井上さんの言葉に、また少し焦る心が首をもたげてきた。
幽霊ってマイナスの感情ばかり残っている気がしてきたわ。
「しかたねえな。梨沙、ちょっと上に行くぞ」
「シロ? 上ってどこ?」
シロが車の天井を擦り抜けて姿を消すのに気付いて、先輩にちょっと行ってくると断ってから、私も車の屋根に上った。
星が綺麗だ……なんてことを言っている場合じゃないけど、あの野郎共の傍にいなくてはいけない車内より、外のほうがずっと居心地がいい。
「このままだとまずいんだろ」
「すごーい。走っている車の屋根の上に座る経験が出来るなんて思わなかったわ」
幽霊なんで感じないけど、たぶんかなり風が吹きつけているのよね。
周囲が真っ暗な中、ヘッドライトだけが道を照らしている様子は映画のワンシーンのようだ。
「喜んでいる場合か」
「なによ。手を出さないんじゃなかったの?」
「仕方ないだろ。ここまで来て、梨沙を悪霊にしたくない」
「よく言った。それで?」
「ここでジャンプしてみてくれ」
ここ?
車の屋根の上?
「幽霊のジャンプって、無重力みたいになるわよ」
「進行方向に向かって飛べよ」
「なんで?」
「いいから早くしろ」
「えらそうだな」
でも何か手伝ってくれるなら仕方ない。
運転席の上の位置で進行方向を向いて立ち、走り幅跳びの要領で助走をつけてからジャンプした。
ふわっと体が宙に浮き、車はその間も動いている。
やばい、置いていかれると、慌てて降りたいと心に強く思うと同時に、急激に体が落下し車の屋根に着地した。
ドカン!!
私幽霊なのよ。
さっきまでふわりと飛んでたの。
それなのになんで着地した時に車の屋根がべこっと凹むのさ。
今の大音量は何?
岩でも空から降ってきた?
「シローーー!」
「ほら、車が停まった」
「飛ぶ必要なかったでしょ! 私が何もしなくても出来たよね!」
動物愛護団体に怒られそうな勢いでシロの首根っこを掴み、ぶんぶん振り回しながら叫んだ。
女性に体重絡みで喧嘩を吹っ掛けるのは許されないわよ。
「何が落ちてきたんだ」
「かなり屋根が凹んだよ」
「うわ、ひでえな」
今まで三人を観察していた私が、今は三人に囲まれて注目される位置にいる。
ただし猫を掴んでいる私も、首を掴まれているのに平気な顔をして、ぶらんぶらん揺れている猫も彼らには見えていない。
「周りに何も落ちていないぞ。何がぶつかったんだ?」
「くそ。最近妙なことばかり起こりやがる」
川戸は不思議そうに首を傾げ、桐生は忌々し気にうろうろと歩き回っている。
「こんなことしていて事故ったらどうすんだよ。飲酒運転だろ」
岩淵、きみはまともかもしれないけど、言うのが遅すぎる。
それは車に乗る前に言いなさいよ。
酔い潰れるほど酒を飲むんじゃないわよ。
「この先を左に曲がってすぐに空き家がある」
「よく知ってるな」
言いながら川戸はさっさと運転席に乗り込んだ。
自分の車の屋根がべこりと凹んだのに、たいして気にしていないようだ。
「リノベする家を探していた時に集めた資料に混じっていたんだ。だけどこんな場所じゃ売れないだろ。そこに行こう」
桐生もすぐに助手席に乗り込み、岩渕は少し迷うそぶりを見せたが、そのまま車に乗った。
「人がいる危険は?」
「ない。住んでいた老夫婦は子供と同居することになって東京に行って、そこで他界した。ここはもう五年以上売りに出しているのにまったく売れなくて、放置されている。二週間ほど前にいちおう中の様子を見に来たが、すっかり廃墟になっている」
「浮浪者は?」
「いる様子はなかった」
「よし、行くか」
「これはチャンスよ」
屋根の上に座ったまま、拳を握って呟く。
「廃墟には幽霊がいるのはお約束よ」
「……まあ、幽霊も元は人間だからな。屋根がある場所にいたがるもんだ」
シロがそういうなら、間違いなくいるってことよね。
「仲間を増やして、こいつらを脅かしてやりましょう」
「いたとして、協力してくれるかね」
「させるのよ」
時間を稼げば、警察が来てくれるはずなんだから。




