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三人目の男  (3)

 黒とシルバーで統一されているせいで、豪華に見える反面寒々しい印象の脱衣所で、先輩は洗濯機の上にしゃがんでいて、シロはアイボリー色のシンクの中に寛いでいた。

 浴室の扉はあけられたままで、全裸の桐生が排水溝の前にしゃがみこんでいるのが見える。


 ホラー映画ではよくあるやつよ。

 お風呂の排水溝に、長い女性の髪がたくさん詰まっているやつ。

 これはこわいでしょう。


「い、いつの間にこんなに抜けたんだ?」


 え?


「ストレスか? 忙しかったせいか?」


 鏡に映っている桐生の顔は真剣そのものだ。


「医者に行く……いや、まだそれほどではないはず。今は植毛もあるし」


 ぶつぶつと小さな声で呟きながら、手早く排水溝を掃除してビニール袋に髪を捨てている。


「えー、そっちの恐怖?」


 桐生の髪って、けっこう長いのよ。どうにか後ろで結わけるくらいの長さはあるの。

 横の髪も長いし、前髪も伸ばして中央で分けている。

 それで自分の髪だと思ったのかな。 

 そもそも、この髪ってどこから来ているんだろう。

 強く思えば髪の毛が出現するって聞いたけど、もしかして本当に桐生の髪を抜いていたり?

 それとも幻覚で、時間が経ったら消えるのかな。


 私が今更なことを考えている間に先輩が立ち上がり、背後から桐生に近付き、


「ふふ……ハゲ……」


 耳元で囁いてから、急いで距離を取った。


「うっ?」


 はっと耳を押さえて振り返っても、もちろん誰もいない。

 桐生はそのままの姿勢で暫く固まっていたけど、やがて緩く首を振って立ち上がった。


「心配し過ぎて幻聴まで。くそ。遺伝なんて信じないぞ」


 桐生の父親っていくつだろう。

 だいぶ進行してしまっているんだろうか。


「あれ? 目の前に全裸の男がいるのに怒らないね」


 壁に半ば埋まりながら立っているアッシュは、口元に手を当てて笑いを堪えていた。

 死神にはわからない恐怖なんだろうな。

 女性も最近は鬘を使うんだから、男性だって髪を染めるみたいに、鬘をつけるのも当たり前になればいいのにね。


「やった」


 先輩は嬉しそうだけど、これじゃ自首はしないんだよな。


「どうにか祟られていると気付かせられないですかね」

「電話……かける」

「おー、いいですね」


 桐生が服を着て居間に戻ってくるタイミングに合わせて、先輩がスマホを鳴らした。

 私はいまだに電話をかけたり、通話したりするのは出来ない。

 私自身には恨みがなくて、お手伝いしている感覚だから出来ないのかも。


「誰だ、こんな時間に」


 居間のテーブルに置かれていたスマホには、川戸の名前が表示されている。

 さっきまで一緒にいたのに、なんの用事かわからずに顔をしかめて桐生は電話に出た。


「どうした?」

「…………」

「忘れ物でもしたのか?」

「…………」

「おい!」

「……ハゲ」


 突然か細い女性の声が聞こえて、桐生はスマホを耳から離して凝視している。

 その距離でも通話が切れて、ツーッツーッと音がしているのは聞こえているようだ。


「……なんなんだ?」


 急いで履歴を見れば、川戸から電話がかかってきたと表示されている。

 桐生はすぐに、こちらから電話をかけた。


「ほーい」


 後ろが賑やかだ。

 まだどこかで飲んでいるのかもしれない。


「今、俺に電話しただろ。なんだったんだ?」

「電話? してねえよ? 今、ダチと飲んでるところだし」

「でも履歴におまえの名前が残ってるぞ」

「マジで? あー、じゃあポケットに入れといて、知らないうちに押しちゃっていたのかもしれない。悪いな」

「……いや、それならいいんだ」


 からかったり馬鹿にした様子が全くないので、桐生としてもそれ以上は文句の言いようがなかったんだろう。

 それでも電話から聞こえてきた声が気になったらしい。


「そこに女はいるのか?」

「なんで? いねーけど? ったく、つまんねーよなー。今度はぱ~っと騒ごうぜ」

「……おう」


 通話を切って、そのままスマホをしばらく眺めて、


「そんなに気に病んでいたのか? 自覚なかったな」


 桐生は小声で呟いた。

 今回の先輩の声も幻聴で片付けるのか。


「でも落ち込んではいるよね」

「私……頑張る……」

「方向性が間違っているぞ」


 アッシュに突っ込まれたけど、先輩が嬉しそうだから第一歩としては成功だということにしておこう。

 それに寝るために寝室に行った時に、またクローゼットの扉と引き出しが開いていたせいで、さすがにおかしいと思ってくれたみたいで、真っ青な顔で部屋を見回して、ベッドサイドにゴルフのパターを立てかけていたから、恐怖は感じているんだろう。

 でも、パターで幽霊は殴れないよ?


「川戸は洋子さんに任せておくとして、岩淵はどうしようかな。就職が決まったから精神的に安定していそうだし、少し脅してみようかな」


 いや、先輩をひとりにするのはこわいかも。

 シロは見守ってくれはしても、桐生を怖がらせる手伝いはしてくれないし、何をきっかけに悪霊化するかわからないもんね。


「また……電話?」

「いえ、今夜は電話はもういいんで、キッチンの戸棚や引き出しを全部開けちゃいましょう」

「うん」


 さて、彼は何日間、この家で生活出来るだろう。





 割と持った方なんじゃないかな。

 八日間は耐えていたよ。

 プライドが高いのか、弱みを見せたくないのか、家の様子がおかしいことを桐生は誰にも話さなかった。


 身の危険を感じる場面がなかったせいかもしれないね。扉や引き出しが毎回開いているだけだもん。

 最初のうちはこのくらいどうってことないって感じだったのよ。

 それで次は、照明をつけたり消したりしたり、水を出したりしてみた。

 それでも文句を言いつつも平静を装っていたので、彼のすぐ近くの壁に包丁を飛ばしてやったら、慌てて財布とスマホだけ持って部屋を飛び出していったわ。


 そして八日目。

 新しい事務所と同じマンションに部屋を借りて、そこに引っ越していきました。


「おお、いい場所じゃないか」

「岩淵が一番長くここにいるだろうから、こまごましたものは好きに選んで買ってきてくれ」

「はい」

「じゃあ、引っ越し祝いに飲みに行こう。川戸も呼んでいるんだ」


 岩淵の家からも三十分くらいで通える範囲だ。

 今後はこのマンションの事務所と川戸の部屋を、行ったり来たりして霊障を起こせばいいわけね。

 楽でいいわぁ。


 居酒屋で先に飲んでいた川戸は、しばらく会わなかった間にずいぶんと痩せていた。

 相変わらず川戸の頭をわしづかみにして背後に立っている洋子さんと、ほとんど同じくらいに顔色が悪い。

 洋子さんのほうは前回会った時と変わらない様子で、ひらひらと笑顔で手を振っている。


「どうしたんだ? 病気か?」

「いや……寝不足なだけだ」


 とてもそうは見えないよね。

 タートルネックのセーターの上から何度も首筋を押さえ、話しながらも目が落ち着きなく泳いでいる。


「おい、何かあったなら話せ。そんな様子でへまをされたら迷惑だ」

「眠れないだけだって言っているだろう!」


 突然大声を出した川戸は、自分で自分の声の大きさに驚いたように慌てて店内を見回した。

 まだ時間が早いので他の客はいなかったからいいけど、だいぶ迷惑よ。


「……嫌な夢を見るんだ」


 暫く迷った後、意を決したように川戸は身を乗り出して桐生や岩淵に顔を近づけ、聞き逃しそうなほどの小声で言った。


「どんな夢だ」


 桐生が夢の話かよと馬鹿にしないどころか、真剣な表情をしているので安心したのかもしれない。

 川戸はぼそぼそと話し始めた。


「女に、首を絞められる夢だ」

「知っている女なのか?」

「この傷をつけた女だ」


 川戸がタートルネックの襟を下げると、首の左側にテープで留められているガーゼに、血と膿が滲んでいるのが見えた。


「病院に行けよ」

「もう半年も前の、ただのひっかき傷だったんだ。一度は塞がったのに、最近になってこうなったんだよ」

「その女は……今も会ってるのか?」


 話を聞いていた岩淵が恐る恐る聞くと、川戸は襟を戻しながら、


「死んでいるかもしれない」


 答えてすぐ酒を煽った。


「まさか、ころ……」

「よせ」


 岩淵の言葉を桐生が遮る。


「この間俺が電話した時のことを覚えているか? おまえはかけていないって言っていたやつだ」

「……あれ、俺じゃないぜ」

「そんなわけあるか。通話履歴があるんだぞ」

「俺のほうには、あんたに電話した履歴が表示されていないんだ」


 ふたりで通話履歴を見せ合って、なんとも言えない顔を見交わして、ふたり揃ってグラスの酒を飲みほした。


「微かに女の声がしたような気がしたんだ。その女なんじゃないか?」

「なんであんたに電話するんだよ。関係ないだろ」

「関係ないのか? 本当に?」


 岩淵は心霊体験はしていないはずなのに、一番怖がっている顔をしている。

 やっぱり恐怖と自責の念で自首させるなら、岩渕狙いにするべきか。


「ああ、関係ない」

「そ……うか」

「ほら、気にしないで食べよう。こいつは遊びすぎなんだよ。それで恨みを買ったんじゃないのか?」

「くそ。おい、同じものをもう一杯」

「俺も」


 半ば自棄で飲み食いし始めた三人を眺めつつ、私は洋子さんの隣に並んだ。

 今日はアッシュは別の仕事があるので、この場にいる死神はシロだけだ。

 もうシロは、ほとんど先輩の専属みたいだ。


「先生、やるじゃないですか」

「ふふん。当然よ。あなた達は何をやっていたの? 時間がないんじゃなかった?」

「頑張ってるよ? ポルターガイストてんこ盛りよ?」

「電話……私」

「ふーん。あの男は仲間に話さないのね」

「怖がって引っ越したくせにね」


 ここでそんな話をしたら、岩渕の動揺がやばいことになりそうだもんね。

 川戸だって、意外とメンタルが弱そうだ。


「他人を痛めつけるやつに限って、自分がやられる立場になると弱いもんよ」

「今度は事務所で派手にいろいろやってみるわ。あれで桐生は、だいぶびびっているはずだから」


 しかし、桐生も川戸も睡眠不足なはずなのに、そんなに飲んで大丈夫なのかね。

 体を壊して入院しないでよ。




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― 新着の感想 ―
[一言] フォッフォッフォッ ストレートには感想書きにくい回ですね。 (ネタバレ感想になってしまう……) いっそ、警察沙汰にするのは証拠とか示すのは大変だから呪い殺して(その過程で死体遺棄場所を吐か…
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