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三人目の男  (2)

 しょうがない。死神は見守るだけなのは前からわかっていたことだ。

 自分達の力で、どうやって桐生を怯えさせるかを考えないと。


「先輩は風呂場をお願いします。私は寝室に行きます」


 こくんと頷いて風呂場に行く先輩の小さな背中を見送って、私は再び寝室に向かった。

 ここも黒とシルバーでまとめられたモデルルームのような部屋だ。

 部屋の中央にダブルベッドがどんと置かれている他には、ベッドサイドの黒いチェストしか家具がない。

 カーテンも黒。ベッドカバーも黒。黒黒黒。

 ちょっとくらい違う色も使おうよ。暗いよ。

 おかげで幽霊がいても違和感ないどころか似合いすぎ。

 

「なんかないの?」


 ベッドの頭上部分に収納がついていたので、ずかずかとベッドに乗って調べてみた。

 読みかけの本は経済関係? 小さなサボテンなんて置いちゃって意識高い系犯罪者なのかな。

 ここの引き戸は……。


「ベッドから降りろ」

「なんで?」


 背後から機嫌の悪そうな声が聞こえたので、振り返らずに尋ねた。


「他人のベッドに乗るな」


 アッシュって口うるさいところがあるのよね。

 あんたはおかんか! って思う時があるわ。


「梨沙」

「はいはい。何もなかったから降りるわよ。何? 幽霊がベッドに乗ると悪夢でも見るの?」


 だったらベッドの上で踊りまくってやるわよ。


「知らん」

「じゃあなんで駄目なのよ」

「独身の娘が、あんな男のベッドに乗っては駄目だ」

「はあ?」


 この死神は、何を言い出してるの?

 寝ころんだわけじゃないし、桐生が傍にいるわけでもない。いたとしても、私は幽霊だから見えないでしょ。

 感覚が昭和のままなんじゃない?

 いや、大正か明治の可能性もあるな。


「さて、幽霊といえば」


 ポルターガイストよ。

 きっちり閉まっていた扉や引き出しが開いていたら不気味でしょう?

 なつかしいなあ。

 幽霊になったばかりの時には、物を動かすのにえらい苦労したっけ。

 今では扉を開けるのなんて簡単よ。

 ってここウォークインクローゼットだ。

 うわ汚い。


 モデルルームみたいに物を置かずに生活しているやつなら、服も最低限しか持たなくて、色まで揃えて整理しているかと思っていたけど、クローゼットの中はごちゃごちゃだ。

 雑誌も掃除用具も服も小物も全部この中に放り込んで、外だけ綺麗にしていたんだ。


「引き出しの中もひどいな」


 下着と靴下が同じ引き出しの中に詰め込まれている。

 どれも畳まずに押し込んだ感じ。


 それでも部屋の中を綺麗に出来ているんだから、上出来だけどね。

 洗濯物を畳まずにソファーに出しっぱなしのやつだっているでしょ。

 引き出しにしまうだけでも偉いよ。

 ちゃんと掃除もしているみたいだし、キッチンだって綺麗だった。


「うちもクローゼットの中は物で溢れていたな」


 引き出しを開けたまま寝室に戻ったら、アッシュがベッドに胡坐をかいて座っていた。

 私には座るなって言っておいてなんなの?


「なんでアッシュは座ってよくて、私は駄目なのよ。幽霊だから?」

「……気分が悪くなる」

「なんですと?」

「理由はわからないが、むかつくんだよ」


 …………は?


「私が、男のベッドに乗るとむかつく?」

「そうだ」

「男の裸を見てもむかつく?」

「そんなこともあったな」

「やきもち?」

「違う」


 何が違うのさ。

 それが世間一般でいう焼きもちって感情でしょうが。


「死神はやきもちなんて知らない」

「ほお?」


 まあね、僕はやきもちを焼いていますなんて、馬鹿正直に言うわけはないわよね。

 あれ? だとしたら、もしかして私達ってば両想い?


「アッシュって、私が好きなの?」

「仕事をしているだけだ」


 もう一度こっちを向いて言ってみなさいよ。

 なんで体ごと横を向くのよ。

 

「死神って恋愛しないの?」

「しない」

「死神同士でも? 死神の街や家があるんでしょ?」

「宿舎はある」

「まじか。宿舎っていい響きだわ。道場があったり? 刀を持って……」

「誰と戦うんだ」


 そうでした。

 戦う相手がいませんでした。


「でも宿舎があるなら、顔なじみも出来るでしょ? 友情や愛情だってあるでしょう?」

「死神は疲労しない。睡眠もいらない。全国を飛び回っていて、滅多に宿舎に帰らない。基本単独行動だ」

「ずっとひとり?」

「ああ」


 人間の常識や感情と死神のそれは違うだろう。

 でもそれでも、毎日毎日死者をあの世に送り届ける仕事を、たったひとりで繰り返すってどうなの?

 中には私みたいに何か月か行動を共にする相手がいても、一年と経たずに必ず別れがやってくる。

 下手したら、その相手が成仏しないで消失するかもしれない。

 親しくなったら、つらくなるだけじゃない?

 だから死神も感情の起伏が乏しくて、相手に深入りしないようになっているのかな。

 じゃあ、私のしていることってやっぱり迷惑なんじゃない?

 アッシュが私を気にかけてくれればくれるほど、別れがつらくなるだけだ。


「何を考えている?」


 じっと青く燃える瞳で見上げてきたアッシュは、たぶん私の考えていることなんてお見通しだろう。

 それで謝られたり同情されたら、私だったら嫌だ。

 私だって、別れはつらいけど、こういう場合、残される方がもっとつらいはず。


「言うと怒る」

「言ってみろ」

「言うと迷惑になる」

「いいから言ってみろ」


 あなたの傍にいたい。

 こうしてあなたと過ごしている今が、ずっと続けばいい。

 なんて、言えるわけない。

 

「こいつらをどうするか、今はそれが……最優先……」


 話している最中に桐生が部屋に入ってきて、開いたままのクローゼットに気付いて眉を寄せた。

 ベッドと私の間を足早に進み、クローゼットの中を覗き込み、引き出しが開いていることにも気付いたはずだ。

 クローゼットの扉を片手で押さえ、もう片方の手を額に当てて考え込んでいる。


「開けたまま……だったか?」


 覚えてないんかい!

 これだけきっちりしているなら、閉めるでしょう。


「ああ、酔っていたのか」


 納得したの? それで?


「えーー?! おかしいでしょう!」

「こんなもんだろ。自分の家だぞ」


 そ、そうか。今までなんともなかったんだから、一回くらい引き出しが開いていたくらいで霊の存在なんて考えないか。

 よし。今なら、間違いなく引き出しも扉も閉めたから、もう一度開けておけば不自然だと思うはず。

 これ、かなり地道な作業よね。

 これを毎日繰り返さないといけないんでしょ?

 マメじゃないとやっていられないな。


「それで?」


 桐生が着替えを持って寝室を出て行くとすぐ、アッシュが問いかけてきた。


「何が?」

「さっきの話の続きだ」

「続いていたの?!」


 うへえ、終わったと思っていたのに。

 今日はずいぶんしつこくない?


「さっき何を考えていた?」

「もう忘れた」

「……梨沙は、成仏した後、どうしたい?」

「唐突に話題が変わったわね」


 確か犯人を捕まえて、先輩が悪霊にならずに成仏したら、またたくさんポイントが溜まって、もっと上層の階層に行けるんだっけ?

 上に行った方が、成仏した後に出来ることが増えるって言ってたよね。


「気になる?」


 答えずに聞き返したら、アッシュは不機嫌そうに目を細めて眉を寄せた。

 でも瞳は青いままってことは、怒ってはいないってことよ。


「なんで気になるの?」


 幽霊のくせにずかずかと足音を立てて歩み寄り、ベッドに手をついてアッシュの顔を覗き込む。

 間近で見ると、本当に炎が燃えているように瞳の色が常に微妙に変化するのが見えた。


「まだ、多少は感情が残っていると言っていたな?」


 焦るかなと思ったけどアッシュは平然としたままで、私の瞳の中の感情を探っているように、じっと見つめ返されてしまった。


「言った……って、何?!」


 ベッドについていた腕を掴まれて引き寄せられ、体勢を崩して倒れ込んだところを抱き留められた。

 驚いて顔をあげると、アッシュの顔で視界がいっぱいになるほど、ふたりの距離が近い。

 感触がないから、どこを掴まれているのかどういう体勢なのかわからなくて、目で見て確認したいのに、顎を掴まれて顔を動かせなくなっていた。


「どのくらいの感情が残っているんだ? 今は何を感じる?」

「何って言われても……」


 これって吐息を感じられるくらいの距離よね。


「アッシュがどこを掴んでいるのかわからない。体温も感じない。微かにさざ波みたいにいろんな感情が揺れているけど、それが自分の思っているものと同じかわからない」


 このまま傍にいられたら、なんて嘘だ。

 私はもっと欲張りだ。

 髪の手触りを感じてみたい。温もりを感じてみたい。

 抱きしめられたらどんな感じがするの?

 口付けたら?


「成仏すれば五感は戻る」

「だったら、この件が終わったらすぐに成仏する」

「それで? その後は?」


 更に顔が近付いて、今にも雰囲気に流されそうな状況のはずだけど、おあいにくさま。今の私にはそんなものは効かぬわ。


「さあ? 自分は何も言わないくせに、私に何を言えっていうの?」


 離れようとしたけど、アッシュの腕は緩まないままで動けない。

 これ、生身だったら痣になっているわよ。


「俺は……」

「なんだこりゃああ!!」


 絶妙なタイミングで、桐生が叫んだ。

 こんなコントあったわね。


「何かあったみたいね」

「あいつ、殺してやろうか」

「ポイントが減るからやめて」


 ようやく腕を放してくれたので、私達は声が聞こえた方向に転移した。


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