生霊の洋子さん (3)
このふたりが仲良しとは思わないけど、待ち合わせて一緒に飲んでいるのにスマホばかり弄っていて会話がほとんどないよ。
だったら会わなくても、それこそスマホでやり取りすればいいんじゃないの?
地震がなかったと知ったのか、店員が集まって小声で話しているのがカウンターの奥に見える。
椅子や割れたグラスを片付けたんだから、気のせいじゃないもんね。
関係ない人を怖がらせたのは申し訳ない。
もう今後は何も起こらないと思うから、早めに忘れて。
「最近、ジルコニアに顔を出さないじゃねえか」
「就職活動で忙しいんだよ」
男がこわいはずの先輩は、ふたりの中間のあたりにしゃがみ、丸いテーブルにちょこんと手と顎を乗せてまじまじとふたりを見ている。
「先輩?」
「……忘れ……ない……こいつ」
ふたりが犯人だって何度も確認しているの?
それともふたりの顔を忘れないように覚え直してるの?
「やっと……みつ……けた」
「うん。やったね」
「……うん」
ここまで長かった。
でも確実に前に進めているよ。
「就職? まさかつまんねー会社員なんてやるんじゃねえよな」
「じゃあ何すんだよ」
「テキトーにフリーターすりゃあいいじゃん」
「おまえと違って、俺は稼がねえとやばいんだ」
川戸の家はそこそこ金があるって洋子さんが教えてくれた。
この男は親が用意してくれたマンションに住んで、遊び歩いていられる。
でも岩淵はそうはいかないから就職するしかないのに、川戸からするとまともな生活をしようとする岩淵の態度がおもしろくないようだ。
「なに? びびってんじゃねえの? 捕まるかもしれねえって」
「やめろ」
「気が小せえ男だな。もう二年もたってるっつーの」
こいつマジで最悪だな。サイコパスか? 罪悪感はどうした。
「殺したくなるでしょう?」
まさか自分の背後に、殺意で目を光らせて微笑む美女が立っているとは、川戸は想像もしていないだろうな。
首に手をかけるのはやめなさい。
あなたの今の行動が、死んだ後の未来に影響するんだからね。
死神が見ているよ。
「それより、さっさと呼び出した理由を言えよ」
「……おまえ、俺達との付き合いをやめる気じゃねえだろうな」
川戸の声が一段低くなり、物騒な雰囲気が漂い始めた。
「なに自分だけまともだって顔をしているんだよ。巻き込まれただけなんて思ってるんじゃねえだろうな。大学出て自分だけエリートだとでも思ってんのか?」
「思うわけねえだろ。そっちこそわかった風なこと言うんじゃねえ。大学のやつも面接官も、どいつもこいつも気に入らねえ奴ばかりで、こっちはいらいらしてるんだよ。くっそ。毎日つまんねえことばかりだ」
大学にいた時とは、だいぶ口調が変わっている。
こっちが素なのだとしたら、捕まりたくなくて猫を被っていたのかもしれない。
それとも就職が上手くいかなくて、自棄になったか?
「息抜きに遊んでねーから、ストレスがたまるんだよ」
「かもしれないな」
「ふふん、根は変わってねーみたいだな」
「ったりめえだろ。裏切るとでも思っていたのかよ」
「それはない。捕まる時はおまえも一緒だからな」
嘘つけ。
口封じのために脅そうとしていたんじゃないの?
平気で暴力をふるうタイプでしょ。
「おまえを呼んだのは、桐生から戻るって連絡があったからだ」
「こっちに? 東京の店は? ホストしてるんじゃなかったっけ?」
「店が潰れたんだとよ。マネージャーが店の金を持ち逃げしたんだと」
いや、それは笑っていられる話じゃないだろ。
こいつは仲間の不幸が楽しいのか?
「来たら連絡する。また遊ぼうぜ。つまんねーんだろ? ぱ~っと騒ごうぜ」
「……ああ」
これは……三人目が登場するんじゃない?
とうとう犯人全員を見つけられるかも。
「桐生が第三の男かもしれない」
「そうかもしれませんが、彼らが何をしようとしているのかが気になりますね。ただ飲んで騒ぐだけならいいですけど、また何か事件を起こすかもしれません」
また何かするってこと?
少なくとも岩淵は、二年間おとなしく普通に大学に通っていたのに?
「井上さんの意見に賛成」
「洋子さん……まじで?」
「こいつらは、揃っちゃいけない三人だと思う。岩淵はひとりならまともに生活出来るのに、友人に影響されやすいやつなのよ。カッコつけて弱いと思われたくないやつ」
「それで犯罪までするって、ただの馬鹿よ」
でも、洋子さんの言葉は正しかった。
その日を境に、岩渕の生活は徐々に派手なものに変わっていった。
朝方まで遊び、午前中は寝て過ごす。
いちおう就職活動もしているようだったけど以前のように真剣ではなくて、面接の後帰宅して、物を壁にぶつけたり、浴びるように酒を飲むようになった。
「転落人生を見ているようだわ。せっかく二年間やっていたことが台無しね」
ベランダの手すりに座り室内を覗いている私の目の前で、岩渕は二日酔いの頭を抱えて呻いている。
生活が荒れるにつれて室内も汚くなって、今では空のペットボトルがテーブルの横に何個も転がっていた。
「二年間だって、まともに講習を受けてなかったようだぞ。遊んでいたツケがここに来て表面化しただけだ」
「真面目にやっている友人を小馬鹿にしていたよね」
「友人からも馬鹿にされているって気付いてないんだろう」
「それはもう友人じゃないな」
アッシュは私の隣で手摺に寄りかかって立っている。
横を向いたらアッシュのつむじが見えたので、ちょっと指で突いたら嫌そうに手をはたかれた。
「何をやっているんだ」
「見張り」
「違う。なんで頭を突いたんだ」
「死神にもつむじがあるんだなあって」
「……」
「悪かったわよ。真面目にやるわよ」
でももう川戸と会ってから三週間が過ぎてるのよ。
魔法少女ルルちゃんの最終回が来ちゃうよ。
「川戸のほうはあいかわらずみたいだし」
「諦めるか?」
「まさか」
たまに川戸の様子を見に行って洋子さんに話を聞く限り、彼のほうはまったく変わらない毎日を送っているそうだ。
生霊にあれだけ恨まれて、体調も崩さない図太さがすごい。
「化けて出て、怖さで自首させる作戦を考えていたけど、今のこいつの状況だと逆切れして何かやらかしそう」
「化けて出られるのか?」
「出られるんじゃない……きゃ」
幽霊は落ちても平気だし、恐怖を感じにくくなっているせいで油断していた。
片手が滑って手摺から落ちて、ガクンと体がそちらに倒れ込んだ。
「あいかわらずトロいな」
落ちかけていた体は斜めになった状態で止まり、ぐいっと引き寄せられた。
幽霊は重さがないのかもしれないけど、片手で支えて抱き留められるアッシュってすごくない?
これなら私をお姫様抱っこしても、平然と歩けるよね。
「手摺に座るのはやめろ」
うわ、近い。
引き寄せられたから、どアップでアッシュの顔を正面から見てしまった。
「生きている時はもう少し慎重だったよ」
「だろうな。そうじゃなかったらもっと早く死んでる」
たぶん感情があったら今頃私は慌てふためいて、でもこの体勢が嬉しくて舞い上がっただろう。
でも抱きしめられている感覚さえない今の状況では、全くの平常心よ。
クールな女ってつまらない。
「でもこの体勢はラッキーだわ。アップで見てもイケメン」
「まだそんなことを言っているのか」
そっとベランダに下ろされたので、そのまま隣に並んで手摺に寄りかかる。
部屋のなかでは岩淵が、誰かとスマホで話していた。
「まだって、ずっと言うわよ。素敵なんですもん」
「この顔のどこがいいんだか」
「顔だけじゃないわよ。手だって素敵。指が長くて関節が太くて。腕もいい。筋肉のつき方が素敵。体のバランスもいいし」
あれ? アッシュの左手はどこ?
うわ。まだ私の背中に添えられたままだ。
無意識なの? わざとなの?
私達、端から見たら恋人同士に見えるんじゃない?
他人の家のベランダでいちゃついている恋人って最悪だけどな。
「性格も好き。ぶっきらぼうで無愛想だけど優しいし」
「もうやめろ。いたたまれなくなる」
「なんでさ」
「くそう!!」
ばさっと大きい音がして振り返ると、雑誌が窓に当たって地面に落ちるところだった。
さっきスマホで、また不採用の通知が来たかな。
「生きるのって大変よね」
でもおまえに同情は一切しない。
せっかくいい雰囲気だったのに!




