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死神は推しの姿で現れる (2)

こちらは二話めです。一話からお読みください。

「じゃあ刀。刃が黒い刀は?」

「漫画の見すぎ」

「あなたのその姿だってゲームのキャラじゃない」

「そうだよ。ったく、なんでこんな格好をしないといけないんだ」


 アッシュブラウンの髪をかきあげながら上空を見上げた自称死神は、やたら整った顔をしていた。

 そりゃあ美形よね。元のキャラがCGだからね。

 表情の乏しい顔は、目の前で見ると人形みたいでちょっと気持ち悪い。

 でも、あまりに馬鹿馬鹿しい状況のおかげで、さっきまでの黒いもやもやした気分が消えたのだけはありがたいわ。


「……で、なんでそんな恰好をしているの?」

「俺達死神は死者があの世に行く時に、迎えに来てほしいと思う者の姿で現れるんだ」

「本人が来るんじゃないの?!」

「死んだやつが、そんな簡単にあの世とこっちの世界を行き来出来るか」


 そんな話は聞きたくなかった。

 だったら死神の姿で、問答無用で引きずって行かれた方がよかった。


「まだ若いせいで、あんたには迎えに来てくれたら嬉しいって思うような故人がいないだろ。年寄りだと、先に死んだ配偶者や友人の姿になって迎えに来れば、喜んであの世について来てくれるのにさ」

「だからって、なんでその姿なのよ」

「最近、この男に入れ込んでいただろう」

「ゲームしてたからね。もう終わって、次のゲームをしていたけどね」

「好きだったんじゃないのか?」

「特には……」


 無表情で固まるのはやめなさい。

 私が悪いんじゃないからね。あなたが勝手に誤解したんじゃない。


「……スマホのアプリゲーのキャラがよかったか?」

「ゲームキャラから離れなさいよ!」

「じゃあ、誰に迎えに来てもらいたかったんだよ」


 ありがたいことに両親は健在で、友人もみんな元気だ。祖父母は小さい時に亡くなったからよく覚えていない。


「いないわ」


 というか、まだ死ぬ予定じゃなかったから、考えたこともなかったわ。

 ……待って。

 つまり迎えに来てほしい人間がいない場合、死神は推しの姿で現れるってこと?

 なにそれ。オタク大歓喜。

 ただし今、私には推しもいないのだった!


「なんて侘しい人生だったんだ」


 友人ならたくさんいるけど、最近ときめきを忘れていたわ。

 よくこれで恋愛に一喜一憂する女を演じてきたな。


「もういい。死神だってバレているんだ。見た目なんてもう誰でもいいだろ。さっそくあの世に行こうか」


 うっわ。この死神、いい加減だわ。


「いやよ」


 まだ家族と離れたくない。

 実家に行ってみたいし、自分の家も気になる。

 最期に会っておきたい友人だっているわ。


「まだ葬式も終わってないんだから、この世にいたっていいはずよ」

「うへえ」


 露骨にめんどくさそうな顔をするな。

 余計にあの世に行く気がなくなったわよ。


「梨沙」


 クロウの顔をした死神が、人気声優の声で私の名前を呼びながら近づいてきた。


「一緒にいてほしいんだ」


 身を屈めて顔を近づけて、目を細めて優しく微笑む。

 風がさらさらと前髪を揺らして、緑色の瞳に……。


「吸い込まれそうになんてなるもんか! クロウはそんな表情はしない!」

「……」

「私は何時間もゲームをして、彼が何に悩んで、何に悲しんだか知っているの。信頼する友人が出来た時も、敵を倒した時も、物語が終わるまでずっと見てきたのよ。ゲームの話は終わっても、彼は仲間とまた新しい旅を続けているの」

「じゃあ、その旅に……」

「死神、あんた詐欺師か? そんな嘘をついて死者を馬鹿にしているのか?」

「うっ……」

「なに? あの世界でバイクにタンデムしたり、魔法の使い方を教えてくれるの? 本当に?」


 たぶんこれは八つ当たりだ。

 自分が馬鹿だったせいであっけない死に方しちゃって、現実を受け入れられないし、さっきからむかついたり悲しんだり出来ない分、胸の中がもやもやして、それで彼に絡んでいるんだ。

 わかっているけど、もう止められないのよ。


「二次創作はな、原作と推しを大事に出来ないやつがやっちゃ駄目なんだよ!!」

「……それでも好きじゃないのか?」

「……推しは好きっていうだけではない感情なのよ」

「推しってなんだよ。意味がわからない」

「推しもわからなくて、死者が望む姿で迎えに来られると思ってるの? 甘いわよ」

「おまえさ……」

「……」

「死んでいるくせに活きがいいな」


 どういうこっちゃ。


「おかしいな。もう感情はないはずだろう。幽霊のくせに元気だし表情が豊かだな」

「女優だからじゃない? こういう時はこういう感情になるはずだからって、無意識に表情が動いているのかも」

「なるほどねえ。それによく喋る」

「普通は喋らないの?」

「そこまで話すのは珍しい」


 たぶん元気に見えるだけだと思うわよ。

 私だって感情の変化が緩やかで、透明な幕の内側から世界を見ているような気がしているよ?

 さっきのだって空元気(からげんき)みたいなもんよ。すっきりしたような気はするけど。


 そういえば死神の髪は揺れるのに私の髪は揺れないのね。髪だけじゃなくて服も揺れないんだ。

 寒さも暑さもわからない。

 本物の幽霊って、こんな感じなのか。


「どうした?」

「なんでこの服を着ているのかしら」


 世間は十一月よ。夜はもうすっかり寒い。

 でも私はバカンスに行くような薄手の花柄のワンピースを着ていた。


「着たかったんだろう?」

「着たい? ああこれ、旅行用に買った服だわ。自粛で中止になって、着る機会のないまま夏が終わっちゃったんだ」


 それで着たかったのか。

 ラベンダー色が涼し気で、季節外れもいいところだわ。

 それにこんなヒラヒラの格好でうろうろしたくない。

 いつも着ていたジーンズに、インナーは黒いブラトップにしてダボッと大きめのセーターがいいな。靴は歩きやすいようにスリッポンでいいんじゃない?


「な……着替える幽霊なんて初めて見た」

「そうなの?」


 長い髪を後ろで結わいて出来上がり。

 思い浮かべるだけで着替えられるなんて便利だわ。


「おい、まさか幽霊のまま、この世界に居つくつもりじゃないだろうな」

「そんなこと考えてないわよ。でもせめて初七日……四十九日くらいはこの世にいてもいいんじゃない?」

「うわ、またこのパターンか」


 額を押さえて呻いている死神には悪いけど、そんな安易な姿で迎えに来られてもついて行く気にならないわよ。

 あなたの言っていることが本当か嘘かもわからないじゃない?

 実は悪いやつでしたって、あとで気付いても遅いでしょ。


「悪いやつってなんだよ。幽霊をどうするやつなんだよ」

「あとの問題は……」

「おい、聞いているのか」

「さっき私は天井に触ったのに、あなたに引っ張り上げられた時は通り抜けたわ。どうやって使い分ければいいの?」

「触りたいのかすり抜けたいのか、はっきりと考えれば使い分けられるようになる」

「人間にはさわれないのよね?」

「こっちの世界に引きずり込みたいという強い思いがあればさわれるようだが、悪霊になるぞ」


 悪意がある時だけ触れられるって、ずいぶんと皮肉な話よね。


「触れられたら、もっとこっちの世界に思いが残って成仏出来ないだろう」

「移動は徒歩?」

「行きたい場所を念じれば移動出来る……が、生きているうちに行ったことがない場所にはいけないはずだ」


 なるほど。霊魂だけだから思うことが重要で、生きている時の行動範囲しか移動出来ないのね。

 私の行動範囲広いわよ。旅行好きだったし、ロケで地方に行くこともあったし。

 日本どころか海外にも行っているんだけど。

 でも、そんな遠くに行こうと思うほどの気力がないのよね。


「ありがと。じゃあまた」


 ひらひらと死神に手を振って、建物の端まで移動した。

 胸の高さほどの手摺を通り抜けて縁に立ち、眺めた夜景が美しくてむなしかった。

 この光の中には、昨日と変わらない今日を過ごしているたくさんの人がいるのに、私はこちら側に来てしまってもう戻れないんだ。


「今度は自殺か?」

「死んでいるのだから、高所恐怖症じゃなくなるのかなと思って」

「へえ」

「押したら許さないわよ」

「死神を脅す幽霊にも初めて会った。変わってるな」


 珍獣を見るような顔はやめてほしいものだわ。

 幽霊になりたての私に、幽霊らしさを求められても困るわよ。


「こわいような、こわくないような」


 この高さは十階くらいかしら。いつもの内臓が冷えるような恐怖は感じないわね。

 ただ、こわいものなんだという今までの経験のせいで、飛び降りるのは遠慮したいと思うだけ。

 幽霊って、こうして徐々にいろんな感情が薄れていって、うつろになって消えていくのかな。


「どこに行こうかな」


 家族がまだ東京にいるのに実家に行っても仕方ないし、事故現場にはまだ戻りたくない。

 今何時なんだろう。

 部屋で事故った時からどれくらい経っているんだろう。

 今は……人がたくさんいるところがいいな。

 いつも飲みに行っていた店のある繁華街に行こう。


 そう心で思った途端に、ドラマで場面が変わるように風景が変わって、気付いたら歩道の真ん中に立っていた。


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