おかえり (3)
電話番号がわかってからは話が早かった。
生前先輩から妹は幽霊が見えるって聞いていたそうで、こちらから話題にする前に、美紀ちゃんのほうから先輩が現れたのかと聞いてきたのよ。
「そうなのね。……私も会えたらいいのにな」
紗理奈ちゃんの話を聞いてしんみりした口調になってはいたけど、でもまだ現実のこととして受け止められていないのか、冷静な様子だ。
「田所くん? うん、知ってるよ。イケメンでね、いいなと思っていたんだけど相手にされなかったわ」
スピーカーにしているよと断ったのに、先輩の両親に聞かれていてもまったく気にした様子がない。
紗理奈さんと思い出話に花を咲かせて、なかなか本題に入れなかった。
でも彼女と紗理奈さんの会話で、いろいろとわかったことがある。
おしゃれに気を配っていたようだから、生前の先輩は社交的だったのに、襲われた衝撃と幽霊になってしまったことが原因で、今のような無口なタイプになってしまったと思っていたのよ。
でもどうやら、もともと人見知りする人だったらしい。
女性のオタクや腐女子は擬態することを忘れていたわ。
「いいよ。聞いてみる。お姉さんから言われたって言えばいいのね」
「すみません。たぶんわかってくれると思うんですけど……」
「いいのいいの。就活するようになってゼミには全然行けていないから、田所くんに電話する口実が出来ただけでもラッキーよ。むしろありがとう」
樹って、そんなにモテるの?
整った顔はしている方だとは思っていたけど……。
なんで似ている私はモテなかったの?
美人女優って言われていたはずなのに。
「田所くん、すぐにわかってくれたよ!」
五分ほどして電話してきた美紀ちゃんは、かなりテンションが高かった。
楽しく会話出来たんだろう。
「それでね、会ったこともない男に電話番号を教えるのはまずいだろうって言われてね、田所くんの携帯と家電の番号を教えるから、紗理奈ちゃんからかけてくれるかな」
「まあ、しっかりした人なのね」
「……うむ」
紗理奈さんの両親の好感度急上昇。
あいつ、そんな気配りの人だったっけ?
「モテるとしつこい子がいるのよ。電話番号の扱いには慎重になるんじゃないかな」
はあ?! そこまでモテるの?!
なんだその姉弟格差は。
今は女子の方が積極的だから、そのせいよね。きっとそうよ。
「じゃあ、こちらからかけます」
娘の会話を聞いて、お父さんが無言で家の電話をテーブルに運んできた。
電話線が伸び切っちゃっている。
「これならスピーカーに出来るからな」
娘のスマホからはかけさせたくないのね。
わかるわかる。
礼儀正しいからって、すぐに信用しちゃ駄目よ。
緊張した面持ちで全員が電話機に注目する中、スピーカーから相手を呼び出している音が響く。
「はい。田所です」
あれ? お父さんだ。
「あ、あの、宮川といいます。私は宮川幸奈の妹の紗理奈です」
「親父、ちょっと黙ってて。あ、すみません。田所理沙の弟の樹です。はじめまして」
「は、はじめまして。突然お電話してすみません」
紗理奈ちゃんは慌てちゃっているのに、樹は落ち着いているなあ。
「すみませんけど、スピーカーを使用してうちの両親も通話を聞いています。大丈夫ですか?」
「はい。うちもそうです。梨沙さんもここにいます」
「…………はい?」
「あー、あの」
「紗理奈は霊能力者なんです」
紗理奈さんがおたおたしてしまっているので、お母さんが助け舟を出してくれた。
「幽霊が見えるんですよ。うちに今、娘の幸奈と一緒に梨沙さんがいらしているそうなんです」
「霊能力者!」
「まあ!」
うちの両親の声も聞こえてきた。
私が先輩の家を探しているのは知っていても、なんで電話がかかって来たのか不思議だったんだろう。
「そうだったんですね。姉が宮川幸奈さんと一緒に行動しているのは聞いていましたけど、まさか御家族から連絡が来るとは思っていなくて驚きました」
「あの、梨沙さんは家族全員の夢枕に立ったって」
「そうなんですよ。やること乱暴でしょう? もう二か月近く前の話です」
二か月?!
そんなに時間が経っていたの?
……アッシュが心配するはずだわ。
時間感覚がすっかり狂ってきているのね。
「あの……その時の話を聞かせてもらえませんか? 姉の話も何か聞いていたら教えてください」
「いいですよ」
ちょっと樹には申し訳なかった。
ご遺族に娘の最期の様子を伝えるって、嫌な役目よね。
とはいっても、私も詳しく知っているわけではないから、三人組に拉致されて山奥に連れていかれて、襲われて殺されて放置された以上のことは知らない。
連れていかれた場所は不明で、一車線道路をずっと走ったことと、周りには建物も何もなかったことしか覚えていなかったのよ。
田舎の山沿いには、そんな道はいくつもあるわ。
山道は同じような景色ばかりで、目印になるものもないだろう。
「そ……うですか」
冷静でいようと努力はしていても、さすがに先輩のご両親には酷な話で、ふたりともとてもつらそうだ。
「まったく、なんて話だ。私も娘を亡くしたからわかります。いや、うちの娘の場合は自業自得だから諦めもつく。そちらは娘さんにはなにひとつ落ち度はないのですから、もっとおつらいでしょう」
うちのお父さんまで涙声になっているわ。
「姉はまだそこにいますか?」
「はい」
「犯人のほうは何かわかったんでしょうか」
「犯人も捜してくれているんですか?!」
ものすごい勢いで紗理奈さんがこちらを振り返ったので、その場にいる全員が、なぜか先輩までこっちに顔を向けた。
「ひとりは見つけたわ」
「誰なんですか!」
「赤の他人なんで知らないと思う」
「教えてください。どこの誰なんですか!」
「駄目。紗理奈さん、あなた知ったら顔を確認したいと思うでしょう? どんな奴か調べたくなるでしょう? 相手は殺人犯よ。もしあなたにまで何かあったらどうするの」
「……」
「紗理奈。……犯人がわかったのか?」
聞いてきたのはお父さんだ。
「ひとりわかったって。でも教えてくれないの。調べたり顔を確かめようとしたら危険だからって」
「だが、私達には知る権利がある! せめて……せめて娘の体がどこにあるのか……」
それも知りたいから、先輩が呪いそうになったのを止めたのよ。
あいつらは警察に捕まえてもらわないと駄目なの。
「犯人は私が先輩と協力して見つけます。あいつらも幽霊には手を出せませんから。そうして捕まえてからが大変ですよ。裁判があるし、マスコミも騒ぐでしょう。その時に戦えるように準備しておいてください」
「そこまで言って平気なのか?」
私の言葉を紗理奈さんが伝えてくれたあと、電話の向こうから心配そうな樹の声がした。
どこまでやれるかわからないけどさ、何かしらは結果を残したいじゃない。
「今はまだ警察に知らせるには証拠がないのよ」
先輩が生きていれば証言出来たけど、幽霊の証言じゃ警察は動いてくれないもの。
せめて証拠だけでも手に入れたい。
「あんまり無茶して死神さんに迷惑かけないでね」
お母さん、なんでそんなにアッシュびいきなの?
私が何をしたというのさ。
「こんなことがあるんですね」
「私もまさか、宮川さんから電話がかかって来るとは思いませんでしたよ。娘はまだそこにいるんですね」
「うちの娘は、梨沙さんのおかげで家に帰れたそうです。ありがとうございます」
お父さん同士でしんみりと話して、いつか会って酒でも飲みましょうなんて会話になっている。
先輩もここにいるんだってことを、信じてもらえたのならよかった。
電話が終わった後、先輩は自分の部屋にいたいというので、私だけお暇することにした。
泊まっていけばと言われたけど、家族だけで話したいこともあるでしょう?
でも特に行く当てもないから、来る途中で見かけた近くの公園で時間を潰すことにした。
今は夜の八時くらいかな。公園を利用する時間帯ではないわね。
幽霊仲間でもいないかなと探してみたけど、この辺りにはいないみたいだったので、ベンチに座って空を見上げた。
冬は星が綺麗に見えるのよね。
「もう用事は終わったのか」
不意に視界いっぱいにアッシュの顔がにゅっと出てきたから驚いた。
生きている時だったら、悲鳴をあげていたところよ。
「そっちこそ、仕事は終わったの?」
「とっくに」
隣に座って、長い足が邪魔くさそうに足を組む姿が決まっている。
髪がさらさらしているから触りたくなるんだけど、感触がわからないのよね。すごく残念。
「うちの弟がモテるという事実に驚いているところよ」
「ほお?」
「似ているはずなのに、なんで私はモテないと思う?」
「性格の問題じゃないか?」
「こんなにいい性格なのに?!」
そこで呆れた様子で横眼で見ないでよ。
流し目みたいでちょっと色っぽいわ。
「ひとまず幸奈が家に帰れてよかったじゃないか」
「そうね。もう犯人捜しはやめて、このまま自分の部屋にいるって言うかもね」
「それはないな。殺された時の恐怖は尋常じゃない。忘れたくても忘れられないはずだ。彼女はあまり表に出さないが、犯人への憎しみも恨みも相当なものだぞ」
「そう? ……そうか。そうよね」
「だからお前の方が早く消える。もう時間の間隔が狂っているだろう?」
「みたいね」
毎日、駅で日付をチェックしていたつもりだったのに、いつの間に狂ったんだろう。
そういえば、この街に来たのって何日だったっけ。
やばいな。感覚が希薄で不安を感じられないから、気を引き締めることも出来ない。
「会話している時も反応が遅れることがあるのは気付いているか?」
「それは、考えて答えているからじゃなくて?」
「……頭が残念だったのか」
「おい」
「仕方ない。手伝っても問題のない部分は手を貸そう」
え? なんで急に?
反対していたんじゃないの?
「これで万が一犯人を警察に突き出せたら奇跡だ。徳を積み上げて、上手くいけば神にもなれるかもしれないぞ」
「人間が神になるの?」
「神社には何人も神として祭られているやつがいるだろう」
それは人間側が神だって言っているだけでしょう?
本当に神になっているかどうかわからないじゃない。
「でもなれるのは下っ端だぞ?」
「そういえば死神も神なの?」
「なんだと思っていたんだよ」
うわ。私は今、神と話しているのか。
一神教の人達はどうするんだろう。全員天使扱い?
そういえば天使にも階級はあるのよね。
「刀が神になるご時世だもんね。私が神になることもあるのね」
「ただし消えそうになった時には、どんなタイミングであろうと無理矢理にでも連れていく」
「わかった。よろしくお願いします」
私だって消えたくはないわよ。
アッシュが見ていてくれるなら安心だわ。
「神にはなりたいとは思わないけど、やれるところまでは頑張るわ。何度も言っているけど、アッシュが私の死神でよかった、私きっとあの世に行ってもあなたを忘れないわ。階層があがれば、あの世に行ってからも会えるのかな」
「……どうせすぐ忘れる」
「え? 今なんて?」
「いや、会えるかどうかは前例がないからわからない」
「そうかあ」
神になるより、アッシュに会える方がいいな。
今度ポイントが余ったら、お願いしてみよう。




