閑話 その頃死神は
本日投稿二話めです。
幸奈の家から出て、すぐ近くの家の屋根に移動した。
雨戸がない台所の窓から明かりが零れているのが見える。
死神は生者の家に長居してはいけない。
姿が見えなくても、感覚の鋭い者は嫌な感じがすることもあるようだ。
生きている人間にとって、死神は忌み嫌う存在だ。
幽霊になってからも嫌う者は大勢いる。
だから本来の姿ではなく、死者が望む姿で会いに行くのだ。
格好いいだの好みの顔だのというアホな感想を抱くやつは、あいつぐらいのものだ。
「なんだよ。仕事に行ったんじゃないのかよ」
「おまえも来たのか」
傍に人間も幽霊もいないというのに、シロは猫の仕草のまま俺の足元で伸びをした。
「ようやく家族と会えたんだ。死神はいらないだろう。梨沙のおかげだな。まさか本当に家に帰れる日が来るとは思わなかった」
「ずいぶんと入れ込んでいるな」
「おまえほどじゃないさ」
「俺は入れ込んでなんかいない」
「ほぼ毎日、彼女に会いに行っているのに?」
「……変わり者だから注意するように言われている」
幽霊になってから善行を積み、成仏した後に行く階層が変わったなんて話は初めてだ。
今度は幸奈の実家を探し当て、犯人まで見つけてしまった。
あの行動力と根性はなんなんだ。幽霊はほとんど感情がないはずなのに。
「僕もそうさ。幸奈はいつ悪霊になってもおかしくないからな。見張るのは仕事なんだよ。……でももしかしたら、ちゃんと成仏出来るかもしれない。絶対に無理だと諦めていたのに」
「期待しない方がいい。ここまでは運が良かっただけだ」
「運がいい幽霊なんてすごいじゃないか」
「馬鹿を言うな。俺としては一刻も早く梨沙を成仏させたいんだ」
まだほんの僅かだし頻度も少ないが、会話している途中で梨沙の反応が遅れるようになった。
思考が鈍くなったか、時間の感覚が曖昧になっているのか。
梨沙が毎日、駅や店で日付や時間を確認しているのは、自分でも感覚が鈍っていることをわかっているのかもしれない。
「だとしても、まだ半年くらいは平気だろう?」
「梨沙にはもうこの世に残る未練がない。今は幸奈に対する友情だけで残っているんだ。消えるのも早いかもしれない」
「過保護だな。まだ平気だよ。もしかしたら犯人を全員見つけられるかもしれないんだ。もう少しいいだろう」
「あいつの目的は見つけることじゃない。警察に捕まえさせたいんだ」
「は? どうやって」
「知るか」
きっと、今後二度とあんな奴には出会えない。
だから、さっさと成仏してほしい。
残されるのは俺のほうだ。
あいつがいなくなってから、思い出すのなんて御免だ。
「なあ、アッシュ。あいつ、成仏した後に行く階級が変わったんだよな」
「……」
「今回はどうなるんだ?」
「今回?」
「幸奈を家族に会わせてやったんだ。霊能力のある子がいる家だぞ? 家族としては娘の様子がわかって、少しは安心するんじゃないか?」
「幽霊なのに?」
「どんな形であれ娘が帰ってきたんだ。しかも会話が出来るんだぞ」
もしかして、また階層が変わるなんて話になるのか?
嘘だろう?
二回も階層が変更になるなんてありえるのか?
「これで犯人が捕まったりしたら、すごいぞ。殺人事件の被害者で成仏出来る人は少ない。遺骨まで見つけたら更にポイントアップだ。あの守護霊も犯人が捕まれば、娘の心配がなくなって喜ぶだろう? 小さいけれど、それもポイントにはなる」
「……やばくないか?」
「階層が高くなれば、いろいろと今後の生活を選べる。もしかして、今後も会えるかも」
「べつに会う必要などない」
「またまたまた」
「あいつも、会いたいなんて思っていない」
「それはないな。おまえを口説きまくっているじゃないか。おまえだって悪い気はしないんだろう?」
「踏むぞ」
「動物虐待反対」
シロはそう言いながら、その場でくるりと器用に一回転して、十歳くらいの子供の姿になって座り込んだ。
「次はその姿の仕事か」
「そうなんだよね。ひさしぶりの人間だからさ、いつもの癖でぺろぺろと手を舐めてしまいそうだ」
俺達の仕事は、早ければ五分とかからず終わる仕事だ。
毎回、同じような台詞を繰り返し、死者をあの世に送り届ける。
死んだばかりの幽霊は精神が不安定で、泣かれたり文句を言われたり、なじられることもある。
一緒にいて楽しい幽霊なんて、もういないだろうな。
「死神って恋出来るのか?」
「くだらないこと言っているんじゃない」
「幽霊は?」
「あいつらに感情はない」
「そうかなあ。でもだとしたらさ、梨沙に感情が戻ったら楽しそうだな」
その時には成仏していて、俺達とは会えない場所にいるさ。




