進 展 (4)
「ご丁寧にどうも。私は田所です。あの、守護霊って普通の幽霊とは違うんですか?」
「はい。一度あの世に行って、守護霊になることを選んで戻ってきたんです」
あれ? あの世に行ったら簡単には行き来出来ないんじゃないの?
「行く階層によって違う。彼が行ったのは、そのままそこで暮らすか転生するか、守護霊になるか選べる階層にだったんだろう。だが守護霊は、守りたいと強く思う相手がいないとなれない」
私がいろいろ文句を言いたくてアッシュを見たのに気付いたらしくて、聞かなくても説明してくれた。
階層ってよくわからないけど、一番下が地獄なのかな。一番上は天界?
私はどういう階層に行けるんだろう。
「守護霊になると霊力が高くなり、生きていた時と同じような感覚でいられるんですよ」
「記憶力がよくなったり、時間の感覚があったり?」
「そうですね。それに守護している相手が病気になればわかります」
うわ、便利だわ。
でも私は守護霊にはなれないだろう。
家族は好きだけど守る対象として見たことなかったから。
「ここの男が何かしたんですか?」
「先輩を殺した犯人です」
ちょうどシャワーを浴び終えた岩淵が、ルームウェアを着てバスタオルで髪をごしごし拭きながらリビングにはいってきた。
まさかベランダに、幽霊が三人も並んで部屋を覗いているとは思うまい。
死神はふたりとも、めんどくさそうな顔で周囲の風景を眺めていた。
「なんだって?! 嫌な感じの男だと思っていたんだ。娘と顔を合わせないようにしていてよかった」
「彼のこと、何かご存知ですか?」
「いや、興味ないから見ていないな。特に目立ったことはしていなかったはずだよ」
部屋に友達を呼んで騒いだりはしていないのね。
いちおう目立つことはしないように、注意しているのかもしれない。
「今日はひとまずこんな感じでいいですかね。先輩の家に行きましょうか」
「……うん」
「おうちはこの近くなんですか?」
「……」
「記憶が曖昧になっているみたいなんです。でも近くの公園まではわかっているので、そこに行ってみます」
答えない先輩の肩を抱いて私が代わりに答えた。
幽霊歴は井上さんの方が長いので、私達の状況はわかるんだろう。気の毒そうに先輩を見て頷き、ちらっと私の背後にいる死神達に視線を向けた。
「彼らがいてくれるから大丈夫だと思うけど、御家族に会えたら、悪霊化したり消えてしまったりする前に成仏した方がいいと思いますよ」
「それは、家族に会ってから先輩が決めればいいかなと」
「僕はあなたの方が心配です」
「え?」
「彼女は成仏出来ないほどの恨みや憎しみを持っているから、あの世に行けないけれど消えもしないんです。あなたはそうじゃないでしょう? 彼女のように長く幽霊をしていられないと思いますよ」
そうなのか。
それでアッシュはうるさくあの世に行けというのかな。
「気が済んだら、成仏します」
「彼女が心配なのはわかるので止めませんよ。そうだ。娘が自分の部屋にいる間は、彼を見張っていましょう。彼氏の部屋にいる時も邪魔したくないので見張れます。うちの娘ね、もうすぐ結婚するんですよ」
「おめでとうございます。よかったですね」
「はい。父親がいない苦労をさせてしまいましたから」
にこにこと嬉しそうな幽霊って、なかなかお目にかかれないよ。
守護霊は表情も豊かだわ。
どんよりした顔で無反応の幽霊や、妙にハイになっていて一方的に話す幽霊、寂しさや恨みだけ記憶に残り、浮遊している幽霊が多いのよ。
だから、会話出来る幽霊に出会えるとホッとする。
井上さんに挨拶して、見張りは任せて公園に移動する。
もう日が落ちて暗くなってきたので、公園には誰もいなかった。
外灯はあるけど全体を照らせる光ではないので、入り口近くと中央以外はかなり暗い。夜になったら、誰か潜んでそうで足を踏み入れたくない雰囲気になりそう。ブランコを揺らしたりしたら、ホラー映画っぽくなるんじゃないかな。
周囲は住宅街で、この時間は犬の散歩をしている人や、帰宅中の人をちらほら見かける。
そろそろ夕餉の支度を始める時間帯だ。
家々の窓に明かりが灯り、街が夜の顔を見せ始める。
記憶があやふやな先輩には、余計に自宅を見つけるのが難しくなりそうだ。
「公園の周囲を回ってみます?」
「うん……」
「この公園に見覚えは?」
首を傾げないで。不安だ。
「地図を見た感じこっちだと思うんですけど」
「違う……と、思……う……あ」
駅側から歩いてきた場合にちょうど通る道に出た時、先輩ははっとした顔をして、すぐ先の角まで転移した。
そこに着くとまた次の角まで転移。どんどん先に進んでいく。
「思い出したのか?」
「毎日通った道だから、体が覚えているんじゃないかな」
「へー」
驚いてあとを追いかけるシロは半信半疑みたいだけど、休日に遊びに行く時、ふと気付いたら通勤通学の時に使用するホームに行っちゃったり、逆方向に行くはずがいつもと同じ方向に曲がっちゃうことって、誰でも経験しているんじゃない?
この辺りは昔からの住宅地のようで、高い塀の向こうに見えるのは広い庭を持つ瓦屋根の日本建築が多い。玄関が引き戸で縁側があるような家ね。
私はきょろきょろと周囲を見回していたけど、先輩は前だけを見て移動して、やがて一軒の家の門の前で足を止めた。
古くはないけど和風の家で、けっこう大きい。門から玄関までの間に、三台の車が停まっている。
母屋とは別に、同じ敷地にもう一軒家があるみたいだ。
もう雨戸が閉じられていて、中に誰かいるかどうかはわからない。
玄関の明かりだけが、敷地内で唯一の明かりだ。
「ここですか?」
じーっと家を見つめていた先輩は無言のまま小さく頷いた。
「よかった。思い出したんですね。じゃあ行きましょう」
歩き出した私の腕を、先輩ががっしりと掴んだ。
「……待って」
へにゃっと眉を下げて泣きそうな顔をしている先輩の気持ちはよくわかるよ。
私も夢枕に立てるとわかっても、なかなか決断出来なかった。
妹さんが本当に見える子だった場合、家族は先輩が亡くなっていたという事実を突きつけられてしまう。
見えなかった場合、妹さんは嘘つきだったということになる。
どっちも覚悟がいる話だ。
「無理をしなくていいですよ。今日はやめます?」
「ううん……やっと……やっと……」
「帰って来れたんですもんね」
「……うん」
ええ子や。
ほんまにええ子や。
きっと家族の人達も優しい人達なんだろう。
岩淵の野郎、絶対にムショにぶち込んでやるからな!
「まずは妹さんに会わないで、中の様子だけ見たらどうです? 自分の部屋とか」
「うん」
それなら少しは気が楽だもんね。
「部屋は二階ですか?」
門を素通りして玄関に向かう。
すーっと少し浮いた状態で進めるようになったから、幽霊らしさが増したのよ。
だからって誰に見られるわけでもないんだけどさ。
写真に写ったり、動画に声が入っていたり、ポルターガイストを起こす幽霊は、恨みや憎しみが強い場合もあるけど、頑張ってやり方をマスターした幽霊だっているのよ。誰かが教えてくれるわけじゃないんだから。
怖がるだけじゃなくて、すごいねって褒めてあげてもいいと思う。
その結果、馬鹿にするなと怒られる可能性もあるけどさ。
「玄関から入るのか?」
ずーっと背後霊のようについて来ているシロが聞いてきた。もちろんアッシュも本来の姿に戻って、一番後ろをついてくる。
こいつら、暇なのかしら。
他に成仏させないといけない新しい幽霊はいないの?
「家にはいるのは、玄関からって思わない?」
「うん……」
「そんなもんかあ?」
ただいまって帰るのなら、玄関から入りたいでしょう。
鍵も開けないし、引き戸をすり抜けちゃうんだけどさ。
「入りましょうか」
「う……うん」
まずは顔だけ扉の向こうに入れて、中の様子を観察した。
玄関は広くて黒い石が敷かれていて、左側に木製の下駄箱が設置されている。
一段高くなった廊下も板張りで、すぐ右側に二階に上る階段があった。
「誰もいないみたいです」
顔を一回引っ込めて先輩に知らせ、改めて中にお邪魔する。
先輩もおそるおそる私の後をついてきた。
「広いおうちですね。綺麗」
「……うち……だ」
うんうん。懐かしいよね。
二年ぶりだもんね。
「ここが幸奈のうちか。よかったな」
「本当に辿り着くとは。すごい根性だな」
シロはやさしいけど、アッシュのコメントはなんなのよ。
犯人だって見つけたのよ。
それに比べれば、驚くようなことじゃないわ。
「ゆきねえ?!」
大きな声で叫ばれてはっとして顔をあげたら、高校生くらいの可愛い女の子が、目玉が飛び出しそうなくらい目を見開いて、階段の上から私達を見下ろしていた。




