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進 展  (2)

今年の更新はこれが最後になります。

来年もよろしくお願いします。

よいお年を。

「やめるんだ。おい、幸奈!!」


 私達の目の前で先輩はすっと地面に降り立ち、まっすぐ前を向いて歩き始めた。

 シロが先輩の肩の上に転移して頭にへばりついても、まるで無視して前方を見ている。


「あの男?」


 私も先輩のすぐ横に転移して、彼女が見つめる先に男がいるのを見つけた。

 もう少ししたら店が営業を始める時間だけど、まだ通りを行く人の姿はまばらだ。

 遮る人のいないまっすぐな通りの先に、スマホで話をしている若者がいた。


 見た目は、今風の大学生って感じだわ。

 毛先を遊ばせるヘアスタイリングで、ダウンジャケットにジーンズ姿だ。

 彼が殺人犯のひとりだというの?

 そのへんにいくらでもいる普通の青年よ。むしろちょっとイケているかもしれないわ。


「えー、まさかー」


 静かな通りに、彼の笑い声が響いた。


「笑って……なんで……私……死んで……あいつは……」

「先輩?」

「なんであいつは楽しそうにしていられるの?」


 急にはっきりとした口調で言い切り、先輩の体が宙に浮きあがった。

 風が吹いても揺れない髪や服の裾が、黒い(もや)に下から煽られているようにふわりと広がっている。


「だめ!!」


 これ以上は悪霊になっちゃう!

 慌てて飛びつくように抱き着いたら、私を支えられなかった先輩がよろめいて、ふたりして地面に倒れ込んでしまった。

 でも大丈夫。地面に顔面から落ちても痛くないし怪我もしないのが幽霊よ。

 先輩にへばりついていたシロだけは、すたっと身軽に地面に着地していた。さすが猫。

 

「離せ」

「先輩! 私の話を聞いて!」

「離せ!」


 自宅にでも帰るところなのか、横を何も気付かずに会社員が通り過ぎていくのがなんとも複雑な気分だけど、今はそれどころじゃない。

 ふたりでもみ合っていたら、先輩の手が勢いよく私の顔にぶつかった。


「……あ」


 こんな状態でも、素に戻って動きを止めるんだから、先輩は本当にいい子だ。

 でもこれで話を聞いてもらえそう。


「何をした」

「え?」

「今、梨沙に何をした」


 待って待って待って!!

 幽霊だから、手が顔に当たったってなんてことないって。

 地面にふたりで倒れ込んだ時の方が、むしろ悲惨だったって。

 それに今のは事故でしょう。故意に殴っていないでしょう?

 なのになんでアッシュがそんな怒った様子で、私と先輩の間に割り込んでくるの?!


「手……手が……」


 先輩の周囲の黒い靄が少し弱くなっている。

 あきらかに先輩が怯えちゃっているじゃない。

 苦手な男性が突然目の前に現れただけでもパニックになりそうなのに、もしかして今のアッシュって、瞳が真っ赤になっているんじゃないの?


「他の幽霊に危害を加え……」

「アッシュ、これは事故よ!」


 先輩が地獄に連れていかれるのは絶対に嫌。

 私は地面に倒れ込んでいて腕で上体を支えていたから、同じく地面に座り込んでいた先輩と私の間にアッシュが立つと、目の前にアッシュの足があるのよ。

 ちょっと上を向けばお尻もあるのよ。

 彼を止めたくて、本当に止めたくてよ? 彼の足に縋りついた。ありがとうございます。


「うわ、何をする!」

「やめて。先輩は悪くないの」

「変なところを触るな」

「誤解を生むこと言わないで。膝のちょっと上を両手で抱えているだけ」

「そこは太腿だろうが!」


 男の人の太腿を触るのなんて何年振りかしら。

 滅多にさわる機会なんてないわよね。

 感覚がないのが非常に残念だわ。

 でもせっかくだし、どさくさに紛れて額も擦り付けてしまったりして。


「このっ! 離せ! 痴女かおまえは!」

「先輩よりアッシュのほうが扱いが乱暴なんだけど」

「……おまえら、なにやってるんだ」


 いつの間にか先輩の周りの黒い靄は消えて、シロとふたりで、ドン引きしながら私達を見ていた。

 悪霊退散にはエロがいいというのは聞いたことがあるけど、たぶん笑いとか、あほらし過ぎて引くこととかも効果あるんじゃないかな。

 笑いを取るためにやったんじゃなくて、アッシュを本気で止めたかったんだけどね。


「あ」


 バタバタしているうちに若者は話を終えたらしくて、スマホをポケットにしまいながら歩き出していた。


「逃がさない」


 ようやく見つけたんだから、ここで逃してなるものか。

 彼の背後に転移して、そのままおんぶお化けのように伸し掛かったら、べりっとアッシュにはがされた。


「何をするの?」

「取りつこうとすんな」

「違うわよ。逃がしたくないから、おんぶしてついて行こうかと」

「男を見ると触るのか?」

「それじゃ変態でしょ」


 言い争いをしたばかりなのに、私を守ろうとしてくれたのは嬉しい。

 でも私の評価と扱いがひどくない?


「今度は何をする気だ?」

「……梨沙」


 シロと先輩もやってきた。

 ふたりの私を見る目も心配そうなのは何?

 

「尾行するんです。探偵ですよ」

「探偵!」


 一瞬先輩は嬉しそうな顔をしたのに、前を歩く青年を見てすぐに暗い表情になってしまった

 

「いいですか、ここで呪い殺しちゃ駄目です。どうにかして警察に捕まえてもらわないと」

「無茶を言うやつだな」


 地面にいると会話に入りにくいからか、シロはアッシュの肩に飛び乗った。

 白い猫に懐かれている男の人って素敵じゃない? 

 大きな手で猫を撫でていると、なおさら萌え。


「でもそうしないと、先輩の体は、まだ見つけられていないんですよね」

「……うん」

「あ、そうか。そうだったな」


 悲しそうに俯く先輩の肩を叩いてから、青年との距離が離れすぎないように転移する。

 私が移動するとふたりと一匹がすかさずついてきた。


「まずはあの男の住処を見つけましょう。そうすれば四六時中張り付いてなくても逃げられずに済みます」

「おいアッシュ、こいつまともなことを言っているぞ」

「ちゃんと考えていたのか」


 この死神達の態度はどうなの?

 私をアホの子だと思っていたの?


「ねえ、先輩。今まで、家族のことをあまり話したくない様子だったから聞かなかったんですけど、大事なことなので教えてくれませんか? 家族と仲が悪かったんですか?」


 悪霊になる危険は、これから何度もあるだろう。

 だから、先輩の生前の事情はちゃんと把握しておきたい。


「ううん……好き」

「え? 仲良かったんですか?」

「うん」


 ありゃ、じゃあなんで家に帰らないの?

 家族に会いたいでしょう?


「私……攫われ……男の人に……襲われ……て……」

「うん」

「迷惑」

「へ?」

「きっと……迷惑……」


 いやいやいや。


「そんなことあるわけないでしょう! 先輩は何も悪くないんですよ!」

「でも……」


 なんでさ、なにも先輩が引け目に感じなくちゃいけないことなんてないじゃない。

 先輩には落ち度なんてないわよ。

 ……あれ?


「あの、私達は幽霊なんで、家に帰っても家族は気付かないですよ。だから気にすることもないし」

「妹……見える……」

「……え?」

「小さい……頃か……ら……見える」

「幽霊が見える人?!」


 マジか。

 そんな人が本当にいるのか。

 てことは、家族と話が出来るんじゃない。


「本当に? 見えるんですか?」

「……あまり……信じてなくて……でも……嘘だと……悲しい」


 だよなあ。

 半信半疑でも、家族としては信じたいわよね。

 それが幽霊になって会いに行ったら見えていなかったって、つらいわ。


「あ、あそこを曲がったわ」


 尾行を開始して十分くらいは歩いているんじゃないかな。

 もう周りは住宅ばかりよ。


「でも本当なら話が出来るんですよ」

「……」

「先輩が男に拉致されたことは、防犯カメラに映っていたんで知っているはずです。でも家族なら、もしかしたら生きていてくれるかもしれないって期待しますよ。今でも帰りを待っているんだと思うんです。私の意見なんで絶対とは言えないですけど、先輩の家族はきっと、何があったのかちゃんと知りたいんじゃないでしょうか」

「……」

「このままだと、何年もずっと先輩を待ち続けてしまいます」


 うちの家族も悲しんではいたけど、夢の中で会話出来て、それで区切りになったんじゃないかな。

 私が元気に幽霊やっているとわかって、安心もしていたし。

 本当に妹さんが幽霊が見えるのだとしたら、家族に通訳してもらって、話が出来るかもしれないんでしょ?

 だったらちゃんと会って話しようよ。

 そんなこと出来る幽霊なんて他にいないよ?


「私……どう……見える?」

「どう?」

「だから、普通に可愛い大学生に見えるって言っているじゃないか」

「シロ……慰める……嘘かも」


 どう見えるって……あ……亡くなった時の姿じゃないかと心配しているのかも。

 それは家族に見せたくないよね。


「先輩に初めて会った時、生きている人かと思ったんですよ?」

「……」

「髪はサラサラだし、お化粧して綺麗だし、洋服も素敵だなって」

「ほんと?」

「はい。先輩は堂々と家に帰って大丈夫です」

「…………うん」


 まずはあの男の家を突き止めて、そして先輩の家に行こう。

 これは大きな第一歩よ。

 前進しているわよ。


「だけど幸奈は家を覚えてないぞ」

「……うん」


 この猫型死神。あんた知っているでしょう?

 教えてくれてもいいじゃない。


「近くまでは行けるので、思い出すかも」

「……不安」


 本当にね。

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