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夢枕に立つというより家族会議 (3)

 日が昇るまで、私とアッシュはリビングのソファーに座って待っていた。

 今日ばかりはひとりはつらくて、隣に座るアッシュの肩に頭を預けても、嫌がらないで好きにさせておいてくれるのが優しい。

 見た目が最高なのに、性格までいいなんて。

 もっと違う出会い方をさせてほしかったわ。


 ダイニングを出て廊下を挟んだ向こうに和室があって、そこに仏壇が置かれている。

 昼間に帰宅した時にちらっと一度見ただけで、それからは近付いていない。

 自分の姿が黒い縁の写真になっているのって、あまり見たいものじゃないわよ。

 でも写真自体はマネージャーが用意してくれたらしくて、女優のオーディション用にプロに撮ってもらった物だから、見た目はかなりいい。


「綺麗に撮れているじゃないか」


 家の中をうろうろと見て回っていたアッシュが、写真を見て呟くくらいには盛れている。


「元がいいからね」

「そうだな」


 そこは突っ込みが欲しかった。

 同意してくれるのは嬉しいけど、会話が続かなくなるじゃない。

 たぶん慰めてくれているつもりなんだろうな。


「そうか。アッシュを推しにすればいいんだ」

「はあ?」


 ときめきも萌えも感じられない幽霊だけど、多少は残っている感情は何かと考えたら、推しに対する思いが一番近いかもしれない。

 二次元だって住む世界が違う相手で、でも素敵だと思うし相手が幸せだったら嬉しいのよ。

 アッシュだってそうよ。

 幽霊に恋愛感情なんてなくて、もしあっても悲恋一直線の相手だけど、推しだと思えばこんなに理想的な相手はいないわ。


「ファンサすごいしね」

「何を言っているか理解出来ない」

「複雑な乙女心だからね」


 なんてくだらないことを考えているうちに、徐々に外が明るくなってきた。

 もう少ししたら、家族が起き出してくる時間だ。

 夢の中とは違い、もう家族に私は見えない。

 そもそもあの夢をちゃんと話し合ってくれるのかもわからない。

 部屋に朝の陽ざしが差し込んでくるのに合わせて、膝の上で組んでいた手に力が籠ってしまう。


 バタン!!

 ドタドタドタ……。


 まだ普段家族が起き出す時間までにはだいぶ早いというのに、突然家の中に大きな音が響き渡った。

 勢いよく階段を駆け下りてきたのは樹だ。

 手にスマホとタブレットを持っている。


「姉貴、いるか?! ……って、答えてくれても、俺には聞こえないのか」


 思わず勢い良く立ち上がって、なんとかいることを知らせたくて樹に駆け寄る。

 触るのは無理。

 話しかけても無反応。

 ラップ音は? 椅子を動かせないかな。


「ともかくいるものとして話すぞ」


 いつもの席に樹が座ったので、私も自分の席に腰を降ろす。


「え? 今、椅子が少し動いた気が……」


 マジっすか?! 私、ポルターガイストやれたの?


「気のせいか」


 違う。気のせいじゃないよ。私はここにいるよ。


「早いな」

「もう起きたの?」


 私が存在を知らせたくてバタバタしている間に、両親も起きてきた。


「「「…………」」」


 ふたりもいつもの席に座って顔を見合わせて、互いに誰かが先に話し始めてくれるのを待っている感じがもどかしい。

 でも母が樹の持っているタブレットに気付いて、ちらっと私の席に視線を向けてから、背筋を伸ばして口を開いた。


「私ね、夕べここで梨沙に会う夢を見たのよ」

「俺も!」

「私もだ」

「そう……本当にあの子、来てくれたのね」


 うわあ。お母さんてば泣かないで。

 

「おふくろ、姉貴はまだここにいるんだぞ。泣いたら心配する」

「そうだ。調べ物があるんだったな」

「これは嬉しくて泣いたのよ。悲しいんじゃないの。だから心配しないでね」


 いたわりあう家族を、ただ見ているしか出来ないのがもどかしい。

 本当は私も会話に混ざりたい。笑い合いたい。

 俯きそうになっていたら、背後からアッシュに頭をこつんと叩かれたらしい。感覚ないからね、頭が前に揺れたからたぶんそうなんだろう。

 この死神、私の心の動きがわかるんじゃないだろうか。


「私、朝ご飯を作るわね」

「梨沙の分も作ってくれないか?」

「そ……うしましょう」

「私はコーヒーを淹れよう」


 お父さんも涙声になっている。

 それを隠したいのか慌てて立ち上がって、コーヒーカップを棚から取り出し始めた。


「いい家族だな」

「でしょ?」


 生きているうちにもっと会っておけばよかった。話をすればよかった。

 いるのが当たり前で、いつでも会えると思っていた。

 後悔先に立たずって、まさしく今の私のための言葉よね。


「俺は事件について調べるよ。読み上げるから、ちゃんと聞いておいてくれよ」


 そうだ。そのためにここで待っていたんだった。

 しっかりしろ、自分。

 新しいことを覚えるのは、幽霊には難しいんだぞ。


「二千十八年十月二十三日から行方不明になっていた宮川幸奈さんが、ふたりの男に無理やり車に押し込まれる様子が防犯カメラに写っているのが見つかった。防犯カメラの位置は……大学の近くだな。住所言ってわかるかな」


 わからないです。

 椅子の上に正座して、テーブルに手をついて身を乗り出す。

 タブレットに地図が表示されているけど、それでもよくわからない。


「ストリートビューにしたらわかりやすいかな」


 画面が切り替わって、周囲の景色が表示された。

 なんとなく見覚えがある気がする。

 前を通ったことが何回かあるはずだわ。


「大学から駅に抜ける近道がここで、ここを右折すると駅に行くんだ。宮川さんは、大学から歩いて行ける距離にひとり住まいしている友人のアパートに行った帰りで、時刻は夜の九時過ぎ。繁華街から外れて住宅地にはいると、この通りは時間帯によってはあまり人が通らないんだ」


 あ、あそこか。

 飲み屋街と住宅地のちょうど間で、雑居ビルや駐車場があるのよね。

 でも割と広い道路よ。こんな場所で誘拐されるの? 時間だって深夜ってわけじゃないのに。

 ずいぶんと大胆な犯人だな。


「確かあの時はみんなこわがって、近所でもその話題ばかりだったわ」

「稲瀬町の方に住んでいる人だという話じゃなかったか?」

「そうそう。前から付きまとわれたりしていなかったかって、警察官が聞いて回っていたそうよ」

「取材が押し掛けていたって話していたよな」


 両親共にここまで覚えているってことは、よっぽどその時に話題になっていたのね。

 もしかして先輩の家がわかる?!

 どこ? どのへん?!


「あー、思い出した。同じ授業を取っている子が宮川さんと同じゼミで、仲良くしていたんだ」

「同級生?」

「一年先輩のはず。えーっとね、なにしろ二年前の話だから記憶が……」


 樹がポチポチとタブレットを操作して、稲瀬町の地図が大きく表示してくれた。

 

「ファミレスの横の道を通って……」

「公園がテレビで映っていたと思うわ」

「ああ、ここに公園がある。この近所だな」


 そこまで行けば先輩も何か思い出すかもしれない。

 出来れば犯人に遭遇してしまう前に家族に会ってもらいたいんだけど、二年間一度も会いに行っていないってことは、あまり会いたくないのかなあ。

 家族間のことは他人にはわからないし、話したくないかもしれないなあ。


 それでも今のままよりは、行動した方がいいと思うの。

 家族にも会えず、成仏も出来ず、ただそこに存在するだけになってしまうなんてことにはしたくない。

 すごくいい子だもん。

 幽霊になってからできた大事な友達だしね。


 手作りの朝食をしっかりいただいてから、私は家を後にした。

 どうやって食べればいいんだろうって疑問だったんだけど、私の分だよって目の前に料理が置かれたら、ちゃんと食べた気持ちになれるのよ。なんとなく味も感じる気がする。

 味覚なんて残っているわけがないから、記憶が蘇るだけなのかもしれないけど、満足出来て満たされた気持ちになれたから問題なし。

 お供えするって意味があるよ。


 家の外でアッシュと別れて、私はいつもの繁華街に向かった。

 アッシュは他のお仕事があるんだって。

 今日は誰の姿でお迎えに行くんだろう。


 もうすっかり居ついている繁華街に転移して、ふらふらと先輩を探す。

 いつもいる場所は三カ所のうちのどれかだから、すぐに見つかるわ。


「いたいたいた。よかった」


 通勤で駅に向かう人の波を避けて、歩道と車道を分ける手摺の上をひょいひょいと軽やかに歩いていたら、白猫型の死神がふわりと空中に現れた。


「シロ、おはよう」

「そんなのんびりしていないでくれ。幸奈がまずい」

「え? 何かあったの?!」

「ひさしぶりに独りぼっちになったせいか、病んでる」


 幽霊って病むんかーい!


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