夢枕に立つというより家族会議 (2)
「まだ成仏しなくても大丈夫なのか?」
「あなた、そんな別れを急かさないで」
「でも、地縛霊とか浮遊霊とか、テレビの心霊特集で言っているだろう。梨沙がああなっては困るだろ」
「でも死神さんがいるし……」
「他の幽霊にも死神さんはいるんだよな」
いつの間にか、お父さんまで死神さんて呼んでるよ。
「まだ大丈夫よ。あのね、幽霊の友達が出来たの。その子は殺人事件の被害者なのよ。それで犯人を見つけたいの」
「危険じゃないの?! ……あ、幽霊だったわね」
あまり長く会話しているのもよくないかもしれない。
私が死んでいるんだって実感が薄れちゃうかも。
「殺人事件ってどんな?」
「あんたと同じ大学の生徒なのよ。白いワゴン車に無理やり連れ込まれて、山で乱暴されて殺されたんですって」
「あ、聞いたことある。二年くらい前の事件だよな」
「マジ? 知っているの?!」
私と違って樹はずっと地元にいるから、事件を知っているのは当然か。
同じ大学の生徒だったんだから、きっと友人と話題にしただろう。私より詳しいかも。
「私も知っているわよ。確か犯人がまだ捕まっていないんでしょう? 当時は女性や子供は注意してくれって警官が見回りしていたし、聞き込みにも来たわよ」
「防犯カメラに車に押し込まれるところが映っていたんだったな。でも遠すぎて、犯人の顔や車のナンバーまではわからなかったんじゃなかったか?」
両親も知っているとなると、この辺りではかなりの騒ぎになったのね。
「樹は被害者の名前や住所は知ってるの?」
「被害者が幽霊仲間なんだろ? 本人に聞けばいいじゃないか」
「それが……彼女はずっと犯人を見つけるためにひとりでいたせいで、最初は会話もおぼつかなかったの。人間も誰とも話さないと声が出にくくなったりするでしょ? 幽霊は魂だけの状態だから不安定なのよ」
感情がないとか、記憶するのが難しいなんて話したら、また両親に心配かけそうだもんね。
説明が難しいわ。
「そうなのか」
「二年もひとりで? 御家族には会っていないの?」
「死神は見守ってくれていたから、ずっとひとりってわけではないかな」
「死神さんはありがたいな」
「姉貴、死神が急激にイメージアップしているけど大丈夫かこれ」
「それで安心してくれるならいいわ」
今まで会った死神は、三人ともいい死神だったしね。
仕事はちゃんとやる人達なのよ。
「二年も前の話だから、事件のことは調べないとよく覚えていないよ」
「そうかー。連れ去られた場所くらいなら、その頃のネットニュースでも見ればすぐにわかるんだろうけど、スマホ持ってないのよね」
「……俺達が目を覚ましたらどうなるんだ?」
「どうなるって?」
「姉貴はまだこの家にいるのか?」
そりゃいるわよ。
でも見えなくなるし、話も出来ないわ。
「起きたらすぐ、この場に集まって夢の内容を三人で話し合えと伝えろ」
なんで命令形なの?
優しいし世話焼きだと知っているからいいけど、その話し方だと偉そうだしぶっきらぼうだし、嫌われるわよ。
「夢だから内容をすぐに忘れる危険がある。三人で話し合って、同じ夢を見たと確認すれば印象に残って忘れない」
「なるほど! わかったわ」
さっそく家族に伝えると、三人ともすぐに納得してくれて、起きたらここに集合して話をすることになった。
「その時に姉貴もここにいてくれないか」
「いいけど?」
「そしたらスマホで事件について調べて、俺が読めばいいんだろう? 聞こえるんだよな」
「そっか。すごい! ナイスアイデアよ! さすが我が弟!!」
「……本当に死んでるのか」
「あんたまでそれを言うか」
「服がさ、日本の幽霊は白い着物かワンピースのイメージがあるから」
それってホラー映画やゲームの演出でしょ?
なんで本物の幽霊の私が、映画に合わせなくちゃいけないのよ。
「そろそろ時間だ」
「え? もう?」
姿が見えなくても声が聞こえなくても、私の返事と表情で、家族もこの時間が終わることに気付いたみたい。
話しているうちは明るい雰囲気になっていたのが、一気に深刻な表情に変わってしまった。
「もう行かなくちゃいけないの? まだあまり話せてないわ」
「行かないわよ。傍にはいるの。樹に事件について調べてもらうしね。……ただ話せないし、お母さんたちに私は見えないけど」
「落ち着いて。きみがそんなんじゃ、梨沙が天国に行けなくなるよ」
泣いている母の体を抱き寄せて、父が優しく背中を撫でた。
母は何度も頷くけど、涙が止まらないみたいで、顔をあげられずに父の肩に顔を押し付けている。
……悲しみをぶり返させてしまっただけだったのかな。
家族の心を少しは楽に出来るかもなんて言い訳で、私が会いたかっただけだ。
親不孝をした罪悪感を軽くしたかったせいで、余計につらい思いをさせちゃったかも。
「姉貴、夢から覚めたらすぐに起きるのか? 起きたら明日の朝?」
今は樹の薄情なまでに冷静な態度がありがたい。
でもお姉ちゃんは、実はひとりになったら、隠れて泣くやつだって知ってるよ。
「明日の朝、ご飯を食べる頃にうろうろしているから、そこで調べてくれればちゃんと聞ける」
「昼でも平気なんだな」
「吸血鬼じゃないから」
昼間だって幽霊は、普通にその辺を歩いているよ。
間違って見かけちゃっても、人間だと勘違いして誰も気にしないだけだよ。
「朝日が昇るぞー」
「本日の営業終了でーす」
って、ねぐらに帰る幽霊なんておかしいでしょ。
「梨沙、無茶しないでね。ちゃんと天国に行くのよ」
「死神さんに迷惑かけちゃ駄目だぞ」
「うん。うん、大丈夫」
「何十年後かわからないけど、私達がそっちに行く時はちゃんと迎えに来てね」
「うん。まかせて!」
「時間だ」
アッシュの声と同時に光が消え、家族の姿が見えなくなった。
幽霊にも死神にも、光は必要ないもんね。
誰もいなくなったダイニングは、しんと静まり返っている。
遠くから車の走り去る音が聞こえた。
「嘘つきだな」
「地獄行き?」
「まさか」
かすかに笑う声に救われた気がした。
よかった。アッシュがいてくれて。
「もう私も夢から覚めてるの?」
「幽霊は夢を見ない」
「え?」
振り返ると、思っていたよりすぐ近くに彼は立っていた。
心配そうに私の様子を窺っているみたいだ。
明日になってみないと、ううん、もっと時間が経ってみないと、家族にこうして会ってよかったのか悪かったのか、答えはわからないと思うけど、私は会えて嬉しかった……と思う。
少なくても後悔はしていないわ。
「家族の夢が私の現実なの?」
「さあ、どうだろうな」
「えーーー、教えてくれてもいいじゃない」
体がぶつかりそうなほどすぐ目の前まで歩み寄って、アッシュの顔を見上げる。
身長差があるから、けっこう顔を上に向けないといけないのよ。
「ちょっと落ち込みそうだった心に、いい男の笑顔が染み渡るわ」
「はあ?」
「嫌そうな顔もまたいい」
「生きている時から変わり者だったのか?」
女優やるなんて変わり者に決まっているでしょう。
自己顕示欲が旺盛で自意識過剰なのよ。それか演じることが何より好きな人ね。
そのうえで周囲に可愛くないだのへたくそだのと言われても、メンタルやられないくらいに強くなくちゃやっていられないの。
「生きている時に本気で好きになれる男性に出会えなかった理由がわかったわ。私の好みのタイプは死神だったのね」
「死神にもいろんなやつがいるぞ」
「確かに。私の好みのタイプはアッシュだからね。これは運命の出会いだわ」
「死んでるけどな」
「成仏したらお別れだけどね」
家族が起きてくるまで、あとどれくらい時間がかかるんだろう。
ひとりでここで待つのはしんどいな。
「みんなが起きるまで一緒にいてくれる?」
「最後まで見届ける気だが?」
ううう……。私は家族にも死神にも恵まれているな。
幸せ者だわ。
「大変なのはこれからだぞ。犯人を見つけてどうするつもりだ」
「警察に引き渡したい」
「どうやって?」
「んーーー」
「何も考えてないな」
考えたって答えが出るわけないじゃない。
ケースバイケース。成り行き任せ。
為せば成るの精神よ。