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騎馬戦  作者: kyomukan
8/12

8

「こわーい」

「やだー」


前方から、女子たちの緊張感のない声が聞こえる。

黒組の3騎が、向かってきていた。

その勢いは鋭く、見る間に近づいてくる。


先頭の女子がぶつかった。

組み合う。


近くにいた女子が囲もうとしたが、

その動きは緩慢で、

囲みきる前に、組み合っていた女子が首を獲られた。


鈴木は、自分の味方にも関わらず、

帽子を獲られ、悔しがる女子を見て、

射精する前の、湧き上がってくる感じにも似た、

えも言えぬ快感に、襲われた。


鈴木は、興奮しながらも、冷静に現状を分析していた。


今出てきている3騎は、確かに強い。

だが、互いに連携しているわけではなく、

がむしゃらに、目の前の女子の首を獲ろうとしているだけだ。


体力には底がある。

動きは、必ず鈍くなるはずだ。


その後も、首を獲られたが、

次第に、3騎の動きは重くなっていった。

女子たちが、ゆっくりと囲んでいく。


そして、相手の首を獲った。

3騎倒すのに、9騎、失っている。


こっちの残りは、16騎だ。



囲んでいる間も、黒組の大将、清水を含めた3騎は、

前に2騎、後ろに清水という形のまま、動く気配が無かった。

孤立している3騎を、助けに行くそぶりさえ、見せなかった。


こちらの、女子たちの海の、綻びを見極めているのか。

どこから突っ込むか、考えているのか。


この3騎が、異常な強さだった。

練習の様子は、今でも目に焼きついている。


大学生との練習で、十数騎に囲まれていた。

そういう場面を、想定しているのだろう。

開始の合図と同時に、囲みを瞬時に断ち割り、次々と首を刈っていった。

文字通り、縦横無尽の動き。


それは、一頭の獣のようだった。


その獣が、ついに動き出した。

猛然と向かってくる。


しかし、女子の海に突っ込む、まさにその時、

獣の頭がもげた。

大将の清水だけ、止まったのだ。


鈴木は舌打ちをした。

「勘のいいヤツだ」


黒組の残った2騎は、そのまま女子の海に突っ込み、飲み込まれた。


帽子を持つ手が、二つ、ほぼ同時に上がった。

その色は、黒だ。


囲みから、2騎、出てきた。

ギャル系の美人と、清楚系の美人。


二人の女子が、黒の帽子を、高らかに掲げている。



応援席がざわついている。


黒組の2騎が、首を獲られた。

しかも、相手の騎馬を一騎も倒すことなく、あっさりと。


囲まれていたから、応援している人には、

はっきりとは見えなかったはずだが、

なにが起きたかは明白だった。


八百長。


鈴木は、規則を隅々まで読み込み、

八百長が禁じられていないことを確認していた。


ルールで禁止されていないのなら、

問題なのは、自分の倫理観と罪悪感だけだが、

そんなものは、鈴木には無い。


勝てばいい。


一応、囲んでいる形にして、見せないようにしたのは、

八百長を目の当たりにした傍観者たちが、

馬鹿げた正義感に駆られ、ルールを無視し、

試合を妨害するかもしれない、と思ったからだ。


鈴木は、黒組の練習を見た瞬間に、正攻法で勝つことを諦めた。

あの獣は、数で押し込んでどうにかなる相手ではない。


方法はすぐに思いついた。

色仕掛けだ。

負けてくれれば、デートができると思わせた。


向こうの男たちは、

自分の好きな子が、誘ってきてくれたと思っていただろうが、

仕掛けは、男たちを好きにさせるところから、始まっていた。




男には、好意をよせられてると思うと、好きになってしまう性質がある。

自分に、気があるのかもしれないと思うと、好きになってしまう性質がある。


美人に何度か微笑まれ、ボディタッチを少し受ければ、

勝手に舞い上がり、好きになってしまう。

男とは、そういう哀しい生き物であることを、鈴木はよく知っていた。


頭では、自分と釣り合うはずがない、と思っても、

そのプログラムにはあらがえないのだ。


頭の中は、デートのことでいっぱいだろう。

その男も、それを仕掛けた女子もだ。


だが、女子が妄想しているのは、白井とのデートだった。


鈴木は鼻で笑った。

これで、大将の清水だけだ。


こんなものか。

やろうと思えば、失格にもできた。

試合直前に、腹が痛い、熱が出たなど、適当な理由で抜けさせればいい。

そうすれば、規定人数に満たず、こっちの不戦勝になる。


だから、感謝して欲しいくらいだ。

試合をやってあげてるんだから。


上を見上げ、少し振り向きながら、白井に言った。

「仕上げだ」


「はいよー」

そう言って、白井は、片手を上げた。


惨めに負けていけ。

鈴木は、自分でも気づかぬうちに、にやけていた。











黄組の太鼓が鳴った。

後ろから、小さい声が聞こえた。

「悪いな」


その瞬間、地が崩れ、足が、空を掴んだ。

何が起きたかわからず、

清水は、夢中で、前にある背中にしがみついた。


後ろの馬の二人が、いなくなった。


清水は、呆然としていた。

悪い夢でも見ているのか。

今の状況が信じられなかった。

いや、信じたくなかった。


最初から、妙な気持ち悪さがあった。

初めに3騎を突っ込ませ、

その動きを見ている最中でも、それが消えることはなかった。

むしろ、違和感は大きくなっていった。

泥沼に引きずりこまれていくような、気味の悪さを感じていた。


それでも、陣とさえ呼べない、あの女子たちの群れの、

弱そうなところを見定め、突っ込んだ。

だが、違和感がどうしようもなく大きくなり、

気づいたら、止まっていた。


いつもなら、前の2騎も、同時に止まる。

しかし、奴らはそのまま飲まれていった。


そしたら、あの茶番だ。

あんなことが許されていいのか。

憤慨とも呼べる苛立ちが、清水を襲った。

一騎でも倒してやる。そう思った。


でも今は、一騎ですらない。

ただ、おぶさっているだけだ。



相手が襲ってくる気配はない。

見せ物に、されているのか。

もうどうでもいい。

早く、殺してくれ。


不意に、目線が下がった。

馬が、しゃがんだようだ。


もう降りろ、ということか。

当たり前か。

勝てるわけがない。


清水は、馬から降りようとした。

「いたっ!」

馬が、肩にのせていた清水の手を掴んだ。

爪が食い込んでいる。


馬は、前を見ていた。

彼は、前だけを見ていた。


清水の心に何かが灯った。


このまま終わるのか。

何もしないまま、諦めるのか。


腹から力が湧いてくる。


どうせ、負けるかもしれない。

無駄なあがきだ。


だからどうした。

力の限り闘うのが、男ではないのか。


清水は、落ちないように気をつけながら、

彼の肩に、脚をかけた。


彼は、清水の膝をしっかりと掴み、立ち上がった。


ただの肩車だ。


押されれば、ぐらつくだろう。

もちろん、練習などしたことがない。

しかも相手は、10騎以上残っている。


だが、清水は、かつてないほど、高揚していた。


「行くぞ」

短く声をかけた。

彼は、力強く頷いた。


清水は、雄叫びを上げた。

駆け出す。


女子の群れに飛び込んだ。


体が、どう動けばいいか、はっきりわかる。

遮るものだけ、弾き飛ばした。


いた。

白井の騎馬が見えた。

最後尾にいる。


白井をはっきりと捉えた。


ぶつかる。

その瞬間、白井の馬のメガネが、つぶやく声が聞こえた。

「木を隠すなら森の中」


殺気が肌を打った。

横から、風に襲われた。













鈴木は、応援席で、ぼんやりと腰を下ろしていた。


なんとか、勝った。

念のため用意していた保険が活きた。


白井は弱い。

というより、勝つ気がなかった。

面白ければいい、という感じなのだ。

だから、何かの時のために、護衛を2騎、用意していた。


白井のおこぼれに預かりたい男は、俺だけじゃない。


その中から、8人選抜し、護衛にあてた。

騙せる身長だが、屈強で俊敏なやつ。

メイクをし、すねの毛も剃って、カツラを被せた。

そして、白井のすぐ近くに配置した。


それにしても。

鈴木は身震いした。

清水の、鬼人の如き形相。

今思い出しても、肌に粟がたつ。


女子が、触れれば飛ぶ。


騎馬として残っていたら、負けていただろう。

ギリギリのタイミングで、両側から挟みこみ、押しつぶした。

本当は、さっきの試合で使いたくなかった。

次の試合の組み立て方を、変える必要があるかもしれない。


しかし、頭が上手く回らない。

高揚感と虚脱感が入り混じっている。

とりあえず今は、なにも考えたくなかった。


鈴木は、赤組と青組の試合を、ぼんやりと眺めていた。

もう決着がつきそうだった。


伊藤が、青組の大将の首を獲るのが見えた。

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