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どこだよ、アイツ。
鈴木は、廊下を歩きながら、ポケットからスマホを取り出し、
もう一度、電話をかけた。
「おかけになった」
何度も聞いたガイダンスが流れ、苛立ちながら電話を切った。
つながらない。
電源が入っていないのか。
メガネが、汗でずり落ちてきている。
鈴木は、縁の部分を片手で持ち、押し上げた。
どこにいるんだよ。
焦りが強くなってくる。
また、スマホを取り出し、今度はロック画面を見た。
試合開始の5分前だ。
鈴木は、大将の白井を探していた。
だいぶ前から、いないことには気づいていた。
応援席でじっとしている、などということが、白井に出来るはずがない。
だから、気づいても、すぐには探さなかった。
そのうち戻ってくるだろう。そう気楽に構えていた。
甘かった。
いつまで経っても戻ってこない。
鈴木は、15分前から探しているが、まだ見つけられなかった。
探す前に、やるべき事は済ましている。
騎馬戦の参加者を、グラウンドに入場する前の、待機場所に移動させ、
白井以外の人が揃っていることを確認し、最後の打ち合わせを行った。
鈴木は、白井がどこにいるのか、もう一度考えた。
さすがに、トイレではないだろう。
見なくなってから、かなり経っている。
だとしたら、どこに。
教室にはいなかった。中庭にもいない。
もしかしたら。
鈴木は、屋上に向かった。
まさかという思いと、ここしかないという気持ちが、交錯する。
馬鹿は高いところが好きだと、聞いたことがある。
屋上のドアは開いていた。
いた。
白井が、横になって寝ている。
全身の力が抜けた。
こんな時に、こんな場所で。
相変わらず、肝が太すぎるヤツだ。
「始まるぞ」
声をかけたが、起きる気配はなかった。
頭を、思いっきり叩いた。
白井が、やっと目を覚ます。
手を引っ張って、体を起こしたが、まだ、ぼんやりしている様子だ。
「始まるぞ」
鈴木は、もう一度言った。
「…ああ、そんな時間か」
白井は、物憂げな表情で、そう言うと、
ゆっくり立ち上がり、大きく伸びをした。
その動きは、今の状況を忘れさせるほど、優雅で、
背景の空の青さと相まって、絵になっていた。
白井は美男子だ。モデルのように、背も高い。
何でもない仕草でも、白井がすると、つい、目で追ってしまう。
その上、あの美声だ。
女子からの人気は絶大だった。
鈴木が好きなのは女だが、
それでも、惚れ惚れするようなルックスと、立ち居振る舞いだった。
鈴木は、ハッとした。
時間がないのだ。
急ぐぞと、白井に言ったが、焦る様子が全くない。
業を煮やした鈴木は、手を掴んで、引きずりながら、階段を駆け降りた。
走って、なんとか間に合った。
なんで試合する前から、こんな疲れなきゃいけないんだよ。
鈴木は、膝に手をつきながら、荒く息をついた。
他の色の応援席が、ざわついている。
白井がいなかったから、というわけではない。
おそらく、黄組の応援席が、半分ほど空席になっているせいだろう。
開幕の笛が鳴った。
白井が、グラウンドに入っていく。
地鳴りのような、黄色い歓声が上がった。
鈴木は、呼吸を整えながら、白井に続いて入った。
そのすぐあと、他の色の応援席から、どよめきがあがり、
それが、どんどん大きくなった。
嘲笑が混じった野次が、飛んでくる。
「女に守ってもらうのか」
「モテる男は違うなあ」
全員、グラウンドに入った。
本来は、整列する。しかし、それはできそうにもない。
黒組は、25人。
それに対して黄組は、101人いる。
そのほぼ全てが女子だった。
みんな、気怠そうにしていて、並ぶ素振りさえ、見せない。
審判の先生は、困惑していた。
先生は、その場で形だけの礼をさせ、配置につくよう指示した。
グラウンドのこっち側は、女子で埋め尽くされている。
騎馬を組み始めた。
鈴木は、大将の馬の、前のところの役割だ。
しゃがんで、後ろの馬になる二人と、それぞれ手を組んだ。
白井が上にまたがって、組んだ手に、足を乗せる。
鈴木は、後ろの二人と呼吸を合わせ、せーので、立ち上がった。
黒組は、4人1組の騎馬が、 6騎だ。
それに対してこっちは、25騎いる。
女子たちは、喋りながら、だらだらと騎馬を組んでいるので、
普通より、かなり時間がかかっていた。
その間も、野次が飛んできたが、
鈴木は全く気にしなかった。
野次など、どうでもいい。
言いたい奴には言わせておけ。
勝つためには、どんなことでもする。
鈴木は、これが最善の策であることを、疑っていなかった。
全ての騎馬が組み終わり、準備が整った。
ようやく、試合開始の笛が鳴る。