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騎馬戦  作者: kyomukan
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5

「楽勝だったな、聖人」

同級生に声をかけられた。

「ああ」

伊藤は、顔を上げ、短く応えた。


伊藤はそう返したが、実はきわどいところだったと思っていた。

最初のぶつかり合いは、おや、と思うほど、強かったのだ。

気力が充実しているものの、それだった。


今は、休憩中だ。

伊藤は、赤組の応援席で、みんなと一緒に腰を下ろしている。


白組との試合の、最後の場面を思い出した。

突っ込んだ時、田中の焦った顔が見えた。

それで、首を獲れると思った。

騎馬戦では、先に冷静でなくなった方が負ける。


万能の聖人。

そう呼ばれている。

高校生にもなれば、それがどれだけイタイことかは、わかっていた。

伊藤にとって、そう呼ばれることは、ただただ、恥ずかしいことだった。


伊藤は、自分が完璧ではないことを、よく知っている。

だから、理想に近づけるためにはどうすればいいかを、常に考えていた。


昨日全くできなかったことが、

今日突然できるようになる、なんてことはない。


全くできないことを、少しできないくらいにする。

少しできたことを、もう少しできるようにする。

その日全力で頑張ったとしても、

1日で得られる成果は、薄皮一枚程度の進歩でしかない。


だが、そういう薄皮一枚を積み重ねることが、

その積み重ねこそが、努力だと、思っていた。


伊藤は、その努力を怠ったことはなかった。


おにぎりを食べながら、伊藤はさっきの試合を思い返した。

想定していたより、白組の力が強かった。

だから、試合前に思い描いていたものは、全て捨てた。


そうすると、こうした方がいいな、というのが、なんとなく浮かんでくる。

それをもとに、戦略を組み立て直した。

結果的には、それが上手くハマった。

だが、何かが少しでも違ったら、どうなっていたか、わからない。


田中の指揮は、どこか自信が無さそうだった。どこか臆病だった。

だから、判断が少し遅かった。そこに上手くつけ込めた。

あえて勝因をあげるとすれば、そんなところだろう。


でも、こういう分析は、実はあまり意味がなかった。

すでに自分でわかっていることを、言葉にしているだけだからだ。

言葉にする事で、それに引っ張られ、

動きが硬くなってしまうことは、よくある。

 

成功や失敗の原因を、一般化することに、あまり意味はない。


分析も、役に立たないわけではない。

シュミレーションも、無駄ではない。

だが、実戦で、その時その場で感じることの方が、はるかに重要だ。


だから、伊藤は、突き詰め過ぎないようにしていた。


試合中は、何も考えない。

いや、全く考えていないわけではない。

強いて言えば、身体で考えている。

頭で振り返るのは、終わってからだった。


伊藤は、さっきの試合中、なんとなく怖さを感じていた。

長引いたらどうなるかわからない。

そんな匂いを感じていた。

だから、あそこで決着をつけてしまいたかった。


開き直られるのが、怖かったのか。


負けを負けだと思わない。失敗したことを認めない。

才能やセンスがあっても、自分を省みることが出来ない人間は、

どこかで必ず、頭打ちになる。成長が止まる。

伊藤は、そういう人間を、何人も見てきた。


だから、本当に怖いのは、才能やセンスがある人間なんかではなく、

自分は駄目だと思っている人間だった。

そういう人間が、覚悟を決めると、怖い。


田中があの時、覚悟を決めれたか、開き直れたかは、わからない。

だが、なにか嫌な予感がしたのは確かだった。


もう勝ったのだ。

伊藤は、まだかすかに残っていたその予感を、頭から追い払った。


おにぎりを頬張りながら、空いてる方の手で、スマホを持った。

体育祭の日程やプログラムは、PDFで見ることができ、

その中には、トーナメント表がある。

伊藤は、その簡素な表を開いた。


挿絵(By みてみん)


次に戦うのは、青組だった。

シードになっているのは、強いからというわけではなく、

単にくじ引きで、そう決まっただけだった。

順当に行けば、勝てると言われている。

放課後の練習を見たことはあったが、

伊藤の琴線に触れるものは、何もなかった。



黒組は、清水が大将だった。

清水は、騎馬戦のプロチームの、下部組織に所属していて、

トップチームに昇格する事が、すでに内定している。

また、U−18の日本代表にも選ばれていた。

つまり、超高校級の化け物だ。


黒組が、放課後に練習しているのを見たことがある。

それは、見ているこっちが、手に汗を握るほど、激しいものだった。

練習に音を上げて脱落者が出た、という話も、あの様子を見たら、頷けた。


黄組の大将は、あの『狂人』、白井だった。

昔、白井が騎馬戦を習っていたという話は、聞いたことがある。

だが、大将をやると聞いた時、伊藤はとても驚いた。

白井と直接話したことはないが、噂はよく耳にする。

だから、どんな人間か、頭にはあった。

伊藤の想像の中での白井は、大将というものから、最も遠い存在だ。

仲間をまとめている姿が、想像できない。


だから、どんな練習をしているか、とても気になったが、

それを知ることは叶わなかった。

放課後は、練習していない。

黄組の友達に聞いてみたが、何も教えてくれない。

緘口令が敷かれていて、それが遵守されている。

出場するチームの中で、最も不気味な存在だった。


トーナメント表に教師が入っているが、それは数合わせのためだった。

試合数を少しでも公平にするため、というのがその理由らしい。

教師のチームの中に、今年この高校に異動してきて、

新しく騎馬戦の顧問になった先生がいる。

その先生は、恐ろしく強くて上手い。

もし、当たることになれば、警戒しなければならないだろう。


伊藤は、おにぎりの残りを、口に放り込んだ。

相手が誰でも、俺は、できることをやるだけだ。


グラウンドに目を向けた。

もうすぐ、黒組対黄組の、試合が始まる。

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