表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
騎馬戦  作者: kyomukan
4/12

4

開幕の笛が鳴る。


田中は、先陣を切って、グラウンドに入場した。

周りから拍手や野次が聞こえる。

緊張で、手が震えていた。


整列し、互いに礼をした。

『聖人』が手を出してきた。

田中は、震える手をおさえつけ、握手をした。


配置につき、騎馬を組んだ。

田中の目線が高くなる。

赤組も、こちらと同じ7組だった。


最初の陣形は、オーソドックスな形にした。

前に3組、その後ろに3組、それぞれ横に並んで、二段に構える。

そして、一番後ろに大将がいる。


赤組も同じ陣形だった。


まずは、正面からぶつかるつもりだ。

縦列にしたり、左右に分けたりは、ぶつかり合いをしてからだ。

真正面から戦える力を見せてはじめて、それが活きてくる。


試合開始の笛が鳴った。


田中は、片手を上げた。

太鼓が鳴り、一段目が、前に出る。

赤組の一段目とぶつかり合った。


もう一度、片手を上げる。

二段目も前に出した。

赤組の二段目も、それに合わせて前に出てくる。


互角だった。どこも崩れない。

合図をし、一度引かせた。



手を横に動かした。


右に4組、左に2組。

左の2組は、足が速い人を馬に選んでいた。

右の4組に対応している赤組の騎馬の、裏をとるため、

縦に並ばせ、相手の後ろに回りこませようとした。


だが向こうも、すぐにそれに対応してくる。


赤組は、こちらの左の2組を止めた上で、

今度は逆に、その2組を押し包もうと動き出してきた。

しかし、それは田中も読んでいる。


膠着状態になった。また、一度引かせる。


ここまでは互いに1組も減っていない。

田中は、少し高揚していた。

もしかしたら、勝てるかもしれない。


『聖人』が、手を上げるのが見えた。


赤組の太鼓の音が響く。

初めて、向こうが先に動き出す。


相手の空気が変わった気がした。


最初と同じ陣形で、今度は赤組から、一段目を出してきた。

こちらも、それに合わせる。


不意に、向こうの二段目の、真ん中の1組だけが、飛び出してきた。

こちらの二段目も無視し、田中の方に迫ってくる。


田中は、押し包むチャンスだと思った。

合図を出し、こちらの二段目を反転させる。

これで、田中が相手の騎馬を押さえている間に、後ろから首を獲れる。


だが、田中と当たる直前、その騎馬は向きを変え、横に駆け去った。


田中は前を見た。

赤組の二段目の残りが、

ぶつかり合ってるこちらの一段目の、裏をとっている。


しまった。

最初からこれが狙いだったのか。

急いで太鼓を鳴らし、引かせたが、1組、首を獲られた。


残り6組になった。


赤組が、6組を横一列に並べる。

田中は、とりあえず、5組を横一列に並べた。


どうする。

自分も前に出るべきか。


赤組の太鼓が鳴る。

そのままぶつかった。

向こうには、余っている1組がある。

こちらの一番左が、1対2の状況になった。


田中は、赤組の太鼓が鳴った瞬間に、

前に飛び出していたが、迷った分だけ出遅れていた。

田中の目の前で、味方の首が獲られた。


残り5組だ。

相手は1組も欠けていない。


一枚一枚、剥がされている。

最初は、ただ、こちらの力を見ていただけなのだろう。

遊ばれていた、ということなのか。


後ろで指揮をしているとよくわかる。

大将としての器がまるで違った。

判断が正確で、迷いがない。

だから、騎馬の一組一組が、持っている以上の力を出すのだろう。



田中は、噴き出してくる汗を拭った。


何も思いつかない。

田中は特に考えも無いまま、4組を二つに分け、二段に構えた。


赤組の太鼓が鳴った。


次は何をしてくるのか。

自分が何をしても、裏目に出る気がした。

俺は、どうすればいい。


相手が一斉に動き出した。

縦一列に並び、そのまま突っ込んでくる。


こちらの4組が、右と左に分断された。

そして、相手は3組と3組の二手に分かれ、

分断させたこちらの騎馬を、横に押し出していく。


田中の目の前が、空いた。

いや、空けさせられた。


『聖人』がいた。

縦列の一番後ろにいたのか。


目があった。

肌に粟が立つ。

『聖人』がもの凄い勢いで、襲いかかってくる。


高橋が、相手をかき分け、なんとか戻ろうとしているのが見えた。

だが、到底間に合いそうもない。


視線を戻した。『聖人』が、目の前にいた。


あ。


焦るあまり、田中は、前のめりになった。



そこからは、ゆっくりに、見えた。


『聖人』の姿勢は、全くぶれがない。

手が伸びてきた。

田中の頭に手が届く。


そして、首を、獲られた。


田中は、地に降りた。

整列し、礼をして、退場する。


退場したすぐのところで、

散らばらないで、みんな、なんとなく残っていた。


田中はうつむいていた。

合わせる顔がない。


振り絞るように、小さく、

「ごめん」

と言った。


責めてくるような人は、誰もいなかった。


「しょうがない、しょうがない」

「やっぱ、強かったな」

「惜しかったよ」


中には、何も言わず、肩を叩いてきた人もいた。


「おい、どうした高橋」

誰かが言って、みんな、高橋を見た。


高橋は泣いていた。


うつむいているので、顔は見えない。

しかし、肩が震えていて、涙が地に落ちている。



みんなに注目された高橋は、袖で涙を拭い、

「ごめん、ごめん」

と言って、なんでもないように装うとしたが、

すぐに、目に涙が溜まっていった。

呼吸が荒くなっている。


みんな駆け寄った。


「なに泣いてんだよ」

笑いながら声をかけるものもいた。

「どうした高橋」

と言いながら、冗談で、肩を揺さぶるものもいた。

無言で、後ろから抱きしめるものもいた。


つられて、泣き出すものも、何人かいた。


田中は、高橋の横にいき、肩を抱きながら、

「ごめん。俺のせいで負けた」

と声をかけた。


高橋は、首を横に振った。

泣きながら、何度も首を横に振った。

そして、一言一言、絞り出すように言った。


「大将、引き受けてくれて、ありがとう。

お前が、いたから、バラバラにならずに、やってこれたよ」


胸をついた。

目頭が熱くなる。


みんなが見ている。

その思いが、涙を流すことを許さなかった。

こんな時まで周りの目を気にする、自分が恨めしかった。


お前には泣く資格などないのだ。

そう自分に言い聞かせた。



田中は、みんなと別れて、体育館裏に行き、そこで腰を下ろした。


無様に負けた。

まあ、しょうがないさ。

相手は『聖人』だ。

勝てっこないよ。


別にいいさ。

公式戦でもなんでもない、

ただの、体育祭の、一つの催しものに過ぎない。


大きく息を吐いた。

長かった。

1ヶ月、いや、人を集めるところから考えれば、2ヶ月か。

終わってみれば、この2ヶ月、この事しか考えてなかった気がする。


高橋みたいに、裏表がない人間もいる。

それは新鮮な驚きだった。

それは、そう認めたというより、そう認めざるを得ないという感じだった。

あの態度は、そう考えないと説明がつかない。


高橋は、本気で悔しがり、本気で一生懸命にやっていた。


田中は、誰かに、見栄を張るためにやっている。

だから、他の人も、多かれ少なかれそうなんだと思っていた。

そのはずだと、信じていた。


高橋は、誰かに、いい格好を見せるためじゃなく、

ただ、そう思ったから、そうしている。


それが、今ならはっきりとわかった。


自分に、嘘をつかないやつもいる。

自分に、言い訳しないやつもいる。





田中は、さっきの試合を思い出した。


負けた。

それも、あまりに呆気なく。


こうしたいと思ってノートに書いていた事は、ほとんど何も出来なかった。

いや、させてもらえなかった。


しょうがない。才能がないし。

もともと騎馬戦なんて、惰性でやってるだけだ。

プロになるわけじゃないし。

趣味みたいなもんだ。

こうなることなんて、わかってたことじゃないか。


不意に、首を獲られた時の光景が、頭に浮かんできた。


前のめりになってしまった、あの時。

『聖人』の手が伸びてきた、あの時。


田中は、自分の拳を、地面に叩きつけた。

何度も何度も、拳を地面に叩きつけた。


小石がめり込み、うっすらと血が出ていたが、

構わず、拳を叩きつけた。


だが、あの時の光景が、頭から離れない。

『聖人』の顔、『聖人』の手。


叫び声を上げたくなり、手を自分の口に押し込んだ。


気づくと、涙が、頬を伝っていた。

田中は、声が漏れぬよう、手を噛みながら、泣いた。


自分の中で、何かが、のたうちまわっている。

抑えつけていた感情が、頭の中にこだました。




なにも出来なかった。

なにも、なにも、なにも、なにも!

何一つとして出来なかった。


何のために、ノートを作ったのだ。

何のために、練習したのだ。練習させたのだ。

無様に負けたくなかったんじゃないのか。

どうして、もっと冷静になれなかった。

焦らなかったら、誰かが戻ってきて体勢を立て直せたかもしれない。

いや、逆に勝てたかもしれない。

大将自らが出てきていたのだ。


確実に勝てると思われたのか。

その程度だと、値踏みをされたのか。

悔しかった。

悔しかった。悔しかった。悔しかった。


達観したと思っても、それは達観したフリでしかなかった。

その事に、田中は今更ながら気づいた。


自分に、見栄は張れない。

自分は、誤魔化せない。騙せない。


みんなあれだけ、練習に付き合ってくれたのに。

高橋も、あれだけやってくれたのに。


なぜ、最初から諦めてしまったんだ。

なぜ、途中で勝負を投げてしまったんだ。


戦う前から負けていたら、勝てるはずがない。


田中は、泣きながら、奥歯を強く噛みしめ、

もう一度、拳を叩きつけた。


だが、それでもなお、負けの味は、苦く残ったままだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ