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騎馬戦  作者: kyomukan
3/12

3

あと2ヶ月か。

下を向きながら、ため息をついた。

田中は、下駄箱で靴に履きかえ、駐輪場に向かっていた。

その足取りは、重い。


何で、引き受けてしまったのか。

今から断れないだろうか。


大将になったのは、高橋に強く推薦されたから、

担ぎ上げられたから、だった。


高橋は、田中と同じ白組で、体育祭の実行委員だった。

リレーの選手を決めたりするなど、様々な調整をしている。

そして、田中と同じく、騎馬戦の部活に所属していた。


最初に頼まれたときは、もちろん断った。

だが、何度も何度も、頼まれた。

終いには、手を合わせながら、どうしても頼む、とお願いされた。

それで、仕方なく引き受けたのだ。

わかったやるよ、と言ってしまったのだ。


今考えれば、あんなに必要とされたことが、生まれて初めてだったので、

少し、舞い上がってしまったのだろう。

やるよと言った瞬間、後悔が襲ってきたが、後の祭りだった。


今日、実行委員が集まる会議で、正式に決まった。

田中は会議に出ていないが、

さっき廊下で、決まったよ、と高橋から笑顔で言われた。

もう後戻りは出来なかった。


高橋は、田中にとって、声がかけやすく、話しやすいやつだった。

それは、田中から見て、騎馬戦が上手くないという事を意味している。

はっきり言えば、下手だった。


高橋は、中学校から始めたので、仕方がないことでもあった。




しかし、高橋は、田中と違い、誰からも話しかけられるし、

誰にでも、話すことができるタイプだった。


それも、田中みたいに、阿るような、媚を売るような感じではなく、

相手の意見をちゃんと聞き、自分の意見もしっかりと伝える、という感じだ。


田中にとって、それは理解できないことだった。


なぜ、下手なのに、対等に話すことができるのか。

なぜ、平気な顔で、『聖人』と話せるのか。


頭ではわかる。

人は平等だ。騎馬戦の上手い下手など、人間の一面でしかない。

それと、人の価値は別だ。


そうわかっていても、何度それを自分に言い聞かせても、

田中は、面と向かえば、必ず気後れしてしまう。

好かれようとする自分、嫌われまいとする自分が出てきてしまうのだ。

その様は、迎合といっても過言ではなかった。


もし俺が、騎馬戦をやっていなかったら、

もっと普通に話せているんじゃないのか。

そんな思いを抱いたことも、一再ではなかった。


あと2ヶ月か。

帰り道、自転車を漕ぎながら、もう一度田中はため息をついた。


時間はそんなになかった。


残り1ヶ月になると、体育の時間は、

騎馬戦の参加者だけ、別に分かれて練習をする。

だから参加者は、それまでに決めないといけない。

つまり、1ヶ月で、人数を集めないといけなかった。


これが難しいことだった。

参加者には、誓約書の提出が求められているからだ。



騎馬戦は、意外と危ない競技だ。

下の騎馬の人も、騎馬同士勢いよくぶつかりあうので、もちろん危ない。


だが、騎手は、もっと危険だ。

不安定な足場で揉み合うので、落ちることもある。

頭から落ちれば、大惨事になる可能性だってあるのだ。


だから、誓約書には、生徒本人のもの以外に、親のサインも必要だった。


危険が伴う競技だからこそ、

体育祭の準備期間、つまり1ヶ月前から、

参加する生徒は、体育の時間に、騎馬戦の練習をする。

いきなり本番をするより、はるかに安全になるからだ。


そうは言っても親は不安だろう。

わが子がこんなことで怪我をしたら、たまったものでは無い。

誓約書とは、怪我しても文句は言わない、と言っているようなものだ。


馬鹿げている、たかが体育祭だろう。

なんでそんな事やらないといけないの?


父親や母親にそう言われたら、普通の子どもは二の足を踏む。

だから、ちょっとやりたいぐらいでは駄目なのだ。


そんな中で、参加者を、最低でも25人、集めないといけない。


騎馬戦は、馬の役割をする人が3人いて、前に1人、後ろに2人。

その馬の上に、騎手として1人が乗る。

つまり、騎馬1組に対して4人いる。


その騎馬を、最低でも6組、用意しなければ、失格になる決まりだった。


6組×4人で24人。

そして、フォーメーション、騎馬戦では陣形という言葉を使うが、

その陣形を変える合図を出す係として、太鼓を打つ人も必要だ。

合わせて、25人。

だから、最低でも25人、必要だった。


人数を集める事も、社会勉強の一環である。


そういう理由で、田中が高校に入る前から、

体育祭の騎馬戦について、最低人数が決まっていた。


上限人数に関しての決まりは無い。

だが、あまり多くてもしょうがなかった。

連携が取りづらくなるからだ。


全校生徒が約1000人で、体育祭では5色に分かれるから、

1色あたり、200人。

男子がその半分とすると、100人。

100人の中から25人の参加が必要だ。

すなわち、4人に1人である。


まずは、同じ部活の人たちに、声をかけるつもりだった。


白組には、田中と高橋を入れて5人いる。

彼らなら、声をかけられる。

自分と同じくらいの上手さだからだ。


田中は、それも考えた上で、大将になることを引き受けていた。

声をかけられるかどうかという、

そんなどうしようもない事を、気にしている自分に気づいたとき、

自分の器のあまりの小ささに、

情けなく、暗澹とした気持ちになったのを覚えている。


田中は、休み時間に、部活の人たちに声をかけた。

断られたらどうしよう。

そう思い、とても緊張したが、二つ返事で了承してくれた。


あと20人。

問題はここからだ。


田中は、大将に決まって何日か経った日の放課後、

高橋と顔を突き合わせながら、白組のクラスの、名簿を見ていた。



体育会系の部活に所属している人を中心に、線を引いていく。

名前を見ても、田中には顔もわからない人ばかりだ。

だが、高橋は、交友関係も広く、かなり把握している。


「じゃあ、俺、声かけてくるよ」

線を引き終わり、高橋は、そのまますぐに行こうとした。

田中は袖を引っ張って、引き止めた。

さすがに、高橋だけにやらせるわけにはいかない。


「…俺もやるよ」

一呼吸おいて、田中はそう言った。

高橋は、少し驚いた表情を浮かべたが、すぐに笑顔になって、言った。

「ありがとう。じゃあ、頼むよ」

「うん…人見知りだから、あんまり声かけれないかもしれないけど」

「全然いいよ!そしたら、誰からいくか決めようか」


それからは、気が滅入る毎日だった。


恥ずかしさを押し殺し、決まった役割だからと自分に言い聞かせ、

田中は、声をかけていった。

知らないクラス、知らない人たち。

普段通る必要がない廊下を歩いていると、

周りの人に好奇な目で見られている気がして、顔が真っ赤になる。


恥ずかしさに押しつぶされ、声をかけれなかった日は、

罪悪感に苛まれた。

高橋が、自分の何倍も声をかけている事を、知っていたから。


参加者を、提出しなければいけない期日が迫ったある日、

迷っている人がいて、その家に電話した。

親と生徒の両方と、代わる代わる話をしながら、説得を試みた。


その甲斐あってか、人数はなんとか集まった。

結局、29人集まり、7組作ることができる。


残り1ヶ月を切った。

ここから先の、練習も大変だ。


先生は、練習のやり方について、特に指示を出さない。


練習方法を考える事も、社会勉強の一環である、

というのが、やはり理由だった。

だから先生は、危なくないか、見守りはするが、

練習メニューをどうするかは、自分達で決めないといけない。


騎馬戦にはルールや、定石、戦略がある。


騎馬戦における勝利条件は二つあり、そのどちらかを達成すれば良い。

一つは、大将の首、すなわち、大将の帽子を獲ること。

もう一つは、大将を騎馬から落とすこと。


極端な話、こっちの残っている騎馬が大将の1組だけで、

相手は無傷だったとしても、

相手の大将の首を獲ってしまえば、こっちの勝ちなのだ。

しかし、現実では、そんなことはまず起きない。


だから、基本戦略は、自陣の大将を守りつつ、

1組ずつ相手の騎馬を倒していく、ということになる。


それにはまず、数的優位を作ることだった。

2対1や3対1を、いかにつくるか。

後ろをとってしまえば、相手がいくら強くても何もできない。

1組が押さえている間に、背後から首を獲ってしまえばいいのだ。


数的優位をとるために重要なのは、陣形を変化させる事だった。

一度引いて全体の体勢を立て直したり、縦列にしたり、

逆に横に広がったりと、状況に合わせて陣形を変える事が重要だ。


太鼓はそのためにあった。


大将が状況を判断し、あらかじめ決めてある手の動きで、

どう陣形を変えるかを伝え、

太鼓係が、それに合わせて太鼓を叩き、騎馬が陣形を変える。

1組でも間違った動きをすれば、そこから瓦解してしまう。

だから、連携がとても重要だった。


もし、数的優位をとれなくて、1対1になった場合は、

相手のバランスをいかに崩すかが肝だった。

特に、騎手のバランスをどう崩すか。


素人で一番多いのは、無理に獲ろうとして、前のめりになってしまうことだ。

だがそれは、意識して練習すれば、すぐに改善できる。


だから、馬が要だった。

前に出ると見せかけて、引く。引くと見せかけて、前に出る。

馬と騎手の息が合っていれば、前後左右に揺さぶって、

相手のバランスを崩すことができる。


こういう定石や戦略を、口で言うのは簡単だ。

しかし、実際に思った通りに体を動かし、

互いに意志の疎通をとるのは、すごく難しい。

何度も反復し、体に覚えさせる必要がある。


高橋と何度も話し合い、練習方法を考えた。

田中は、感じたことや反省点を、その都度ノートに書き込み見直した。

体育の時間が違う下級生には、あらかじめ練習メニューを伝えた。


練習は地味で面倒なものだ。


それを、強制力のない一般生徒がやらせるのは大変な事だった。

その上、こちらからお願いして、来てもらっている。

向こうからしたら、来てやっているのだ。

逆の立場だったら、かったるいな、と思うだろう。


案の定、練習はだらけたものになった。

特に、最初のうちは。

その度に、高橋は大声を出した。

「ちゃんとやろうぜ!!」

そしてみんな、渋々動き出す。


お前がやったほうがいいよ、大将。

俺より全然向いてるよ。

田中は、その様子を見ながら、心の中でそう思った。


『聖人』が大将をやっている赤組では、

人も苦労せず集まり、練習も楽しくやっているようだ。


俺には、人を惹きつける魅力などない。

俺が話すと、時が止まったように、場が暗くなる。


どうせお前も、『聖人』のところの方がよかったと、

外れを引いたと、そう思ってんだろ。


田中は、懸命に声を出している高橋を見ながら、

そんな冷めた気持ちを抱いていた。


厳しくされれば、当然気持ちは萎える。


田中は、やる気がなくなったやつ、ふてくされているやつに、声をかけた。


「なんでこんなことやんの。めんどくさいわあ」

「なにアイツ。何様?」

そう言った声に、

「まあ、そう言わずに頼むよ」

「うん…でも、高橋もあれで色々頑張ってるからさ」

そんな風に、なだめすかしながら、なんとか練習を続けてもらった。


なんでこんなご機嫌取りなんか、しなきゃなんねえんだよ。

俺だって、やりたくてやってるわけじゃねえのに。

でもしょうがない。

どうせ俺には、こんなことしかできないんだから。


田中は、愚痴を聞きながら、

曖昧な笑みを浮かべながら、練習を続けていった。


決められている全体練習の時間はあったが、

それだけではどうしても足りないと思い、

みんなにお願いし、何回か放課後に残って、全体練習をしたこともある。


やっていくうちに面白くなってきたのだろう。

何人かは、もっと練習がしたい、と言うようになってきた。


少しずつ、本当に少しずつ、

練習を積み重ねることで、形になってきた。

田中は、かすかな手応えみたいなものを、感じるようになった。


そして今、自分の部屋の、机の前に座っている。


陣形や練習メニュー、反省点、感じたこと。

その全てが書き込まれているノートを、

何度も見返したそのノートを、

震える指先でめくりながら、穴があくほど見つめていた。


心臓が締めつけられているように感じる。

本番は、明日に迫っていた。

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