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騎馬戦  作者: kyomukan
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2

声をかける勇気を奪うのに、無視は一度で充分だった。


それは、小学校の高学年の時だった。

向こうからしたら、別に深い理由なんてなかっただろう。

この前の試合で、田中は何度もミスをした。

それは目立つほどだった。だからムカついた。

多分、それが理由なんだと思う。


練習が始まる前はいつも、少し早くきている友達と、一緒に遊んでいた。

その日も、何人かが先にいて、遊んでいた。

田中は、いつものように、その輪に声をかけた。

しかし、無視された。

田中は、何が起きたかわからず、悲しくなって、ただ泣いた。

後からきた、別の子に慰められたのを覚えている。


次の練習から、練習前の、その遊んでいる輪の中に、入れなくなった。

正確には、輪の中に入れて、という声をかけれなくなった。

また無視されるのではないか、と思ったからだ。


ほかに、何かあったわけではない。

絶交したわけでもない。用事があれば、話すこともできる。

だが、田中の中では、しこりが残った。


この頃からだろう。

上手いやつのことを、友達だと、はっきり言えなくなったのは。

顔を、まともに見ることができなくなったのは。

一緒に騎馬戦をやっているから、仲間だとは、思っていた。

だが、友達という言葉を使うのは、躊躇するようになっていた。


本当に、あなたたち、友達なの?

そう誰かに聞かれることを、恐れていた。

実際に聞かれたわけではない。想像して恐ろしくなるだけだ。


怖いのは、自分が向こうを友達と思うか、ということではない。

向こうは自分を友達だと思ってるのだろうか、ということだ。

俺は、友達だと認められているのか?

俺みたいな使えないやつが、友達だと思われているのか?


田中は、物心をついたときには、騎馬戦をやらされていた。

おそらく、幼稚園の年中組の時からだろう。

もちろん、その時は筋力などないから、

今から思えば、遊びみたいなものだったと思う。

しかし、やらされていた事だけは、間違いなかった。


幼稚園の時の記憶など、ほとんど無いが、

強く心に残っている場面がある。

年長組の時、みんなで順番に、将来の夢を発表していた。


田中は、自分の番で、騎馬戦の選手になりたい、と言った。


まだ、プロ化されていなかったとはいえ、

みんなそのスポーツがあることは知っている。

だから、特段おかしい事を言ったわけではなかった。


俺は、嘘をついている。


それを、はっきりと認識しながら、言っていた。

だから、今でも覚えている。

どうせ自分には無理だと、その頃には、もう知っていた。


田中の父親は、騎馬戦のコーチをやっていて、

小学生の少年団と、中学生のクラブチームで教えていた。

自宅の駐車場には、遠征で使うための、マイクロバスが置いてあった。


もちろん、お金をもらっているわけではない。

ボランティアだ。

その地域の騎馬戦をやっている人なら、

ある程度知っているぐらい有名な人だった。


父親は、運動会に来なかった。むろん、授業参観に来たこともない。

だが、週3回の騎馬戦の練習と、土日の試合には、いる。

会う頻度や時間は、むしろ普通の子供より多いし、長いだろう。

だが、そこにいるのは、父親ではなく、コーチだった。


それが自分の日常で、疑問を抱くことはなかった。


本格的に辛くなったのは、中学生の時だ。

嫌なこと、辛いこと、その一つ一つのレベルが、一段も二段も上がった。


練習中に父親がいる事は、別に気にならない。

ただ、送り迎えがコーチと一緒というのは、

小学生の時でも嫌だったのに、

中学生の時には、それは拷問と思えるほど、恥ずかしくなった。


そして、何よりも辛いのは、

周りには、上手いやつしかいない、ということだった。


田中が所属していたクラブチームは、

小学生の時から、当たり前のように、騎馬戦をやっていて、

その中でも上手いやつが、真剣なやつが、入ってくるところだった。


そんな人たちは、心構えからして、田中とは全く違う。


好きでやっている。

上手くなりたいからやっている。


学校の放課後のクラブのような、

強制参加だから仕方なくやっている人たちとは、根本的に違うのだ。


なかには、惰性で入った人もいたかもしれない。

だが、最初だけだ。

そんな人は、時間が経つと辞めていった。


だから、残っている人たちは、自分とは違う人種だった。


田中は、ただ怒られないようにだけ、やっていた。

田中は、今日が無事に過ぎる事だけを願いながら、やっていた。


だが、辞めるという選択肢は頭になかった。

辞めたら、田中家で生きていくことができないから。

生きていくことができないと、思い込んでいたから。


田中にとって、騎馬戦とは、金がもらえない仕事、そのものだった。


夏休みや冬休みには、大会や遠征があった。

前日や前々日ぐらいから、そのことしか、考えられなくなる。

そしてふと、それが終わった後のことを全く考えていない自分に気づくのだ。


大会や遠征のあとも、自分の人生が続くとは思えなかった。

終わった後は、安堵感というより、不思議な気持ちになった。

なぜか、まだ人生が続いている。

そんな気持ちだった。


だからなのか、過去の試合は、ほとんど覚えていない。

仲間が、昔の試合の思い出を話していても、ついていけない。

そんな時は、苦笑いを浮かべることしか、できなかった。


中学生の時の、試合前や練習前の、あの緊張感は、今でもたまに夢に見る。


田中は、無視という、いじめみたいなことをされても、

上手いやつのことを、嫌いになりきることは、できなかった。


いや、本当は、嫌いなのかもしれない。

だが、嫌いという感情だけでもないことは、確かだった。


どうしようもなく憧れていた。認められたかった。

ああなりたいという嫉妬もあった。

そして、もう少し弱いやつにも配慮してくれよ、

という懇願にも似た気持ちを抱いていた。


そういう気持ちの全てが、入り混じっていた。


上手いやつに対しては、誰であっても、

多かれ少なかれ、そういう感情を抱いていた。

だから、面と向かって話せないし、

話していると、常に、気後れを感じる。


上手いやつらと比べたら、自分など、脇役だ。

いや、脇役でさえ、ない。

通行人だ。

エピソードなどない。名前さえ、与えられていない。


田中の父親が、家で騎馬戦の話をする事はなかった。

家で、プレーについての駄目出しを、された事はない。

やらせているという負い目が、あったからだろう。


一見、家の中まで持ち込まないという、

そのやり方は、正しく思えるし、

田中も、ある時まではそう思っていた。


だが、高校3年になった今となっては、

そのやり方は、非常に狡く、姑息なものだということに、気づいていた。


子どもに、辛いだろうと思いながら、やらせるというのは、

「ごめんね」と言いながら、首を絞めるようなものだ。


いっそのこと、ひと思いに首を絞めるべきだ。

そうすれば、こっちも必死で抵抗できる。

嫌だ、やりたくないと、はっきり反抗できる。


「ごめんね」と言われながら、首を絞められている子どもは、

どこに、怒りをぶつければいい?

誰に、辛さを訴えればいい?


反抗されることが、怖かっただけじゃねえか。

反抗される覚悟がねえのに、やらせんじゃねえよ。


この構造に気づいた時、そう言ってやろうかと思った。

だが、今更それを言い募っても、しょうがなかった。

すでに時が経ち過ぎている。

言っても、不毛な争いが、生まれるだけだ。


だから、田中は何も言わない。

代わりに、自分の中に、

冷たく、空虚な風が吹いているのを、感じるようになった。


時という、大事なものを奪われた。

そしてそれは、二度と手に入らない。



田中は、騎馬戦を憎んでいた。

だが、これしかやってこなかった。


田中は、騎馬戦が得意ではない。

でも、自分はこれしか知らない。

人と繋がるすべを、これしか知らない。


だから、高校でも騎馬戦の部活に入った。

もう、親に強制されたわけではない。

だが、やってきた事が無駄になるのが、怖かった。


田中の、その選択は、惰性以外の何ものでもなかった。

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