6歩目
汗が頬を伝っていくのが分かる。
酸素が脳まで届いてないような感覚が体の痺れを伴って襲ってくる
膝に手を付き、肩で大きく息をしてみた。その拍子に足下に広がる景色が視界に入った。
青、白。私は今、宙にいる
それも半端な宙ではない、雲より高くて陽がいつもより大きく見えるくらいの宙。空気が、薄い
「ふぅぅ……けど、やっと着いた」
私は顔を上げ、汗を拭って眼前に広がる宙の青より壮観なこの景色を万感の思いで一望した。
ここは天空都市、天より高い階段の先に繋がる伝説の大都市。
「ほら、ラヴ。着いたよ」
私は帽子の中のラヴを叩いて起こし、この無駄に美しい景色を共有しようと帽子を持ち上げ……れない、中からラヴが抵抗しているらしい。
まぁ、良いや。私は帽子を正し、歩いていく。もう脚もパンパンなので、後で宿をとり、ゆっくり休む事を心に決め、幻想的な門をくぐって行った。
▶▶▶
ここの住人は皆、大きな翼が生えている。その翼が何なのか、何のためについているのか、彼らが何者なのかは一切解明されていないが、唯一分かっているのはヒトではないという事。
俗世から遠く切り離されている事もあり、食や民族文化といった国特有の物にとても異種的な進化が沢山見られた。
例えば、このカエルのバター。
カエルのミルクを使って造られているらしいけど、これが美味しい。
そもそもこんな天空にカエルが居るのかという話だが、現地民に聞いてみると「まぁ……ええやん」と返された。
実際美味しくて、毒じゃないなら何でも良いと思う。適当に入ったレストランで頼んだパンに塗って一口食べれば幸せな風味が口いっぱいに広がっていく。体の疲労がすっかり抜けていくようだ
さて、レストランでご飯にありついたのは良いが如何せん思ったより席が埋まっている。それも様々な種族が入り乱れての食事だ。
こういう時、優先的に席の立ち退きを願われるのは決まって種的に弱い立場にある者達……まぁ、つまりそういう事
ほら来た。
これまた大きな翼を携えた店員さんが申し訳なさげにやってきた。手にしているのは大方申し訳程度の手土産といった所だろう。
どうやら、大概の扱いは地上と大差ないらしい。
「あのぉ、大変申し訳ないのですが……」
店員さんが言い終わるより早く、私は手早く銅貨を数枚テーブルに置き席を立つ。
「あ、ちょっと。ちょっと、待ってください」
いつの間にか、別の店員に背後を取られていた。それどころか、周りの客に完全に囲われて逃げ道を失ってしまった。
懐のナイフに手をかけ、いつでも臨戦態勢に入れるよう準備する。
まぁ、この数に襲われたら一溜りもないんだけど
「あのぉ……もしかしてなんですけど」
店員は手で翼の先を弄りながら、こちらを伺っている。どうも見慣れない視線、好意でも敵意でもない……こう、もっと純粋な、そう。好奇心?
「もしかしてなんスけど、お客さん、ヒトっスか?」
好奇心だ。どうやら周りの衆人も同様らしい、見れば誰も彼もが目をキラキラ輝かせてコチラを見ている。
「あ、え……はい、そうです」
私がそう答えた。その瞬間だった
レストランの中はまるで爆発の如し歓声に包まれた。わぁぁぁ!と伝説の英雄でも目の前にしてるかのような、酒を片手にとんでもない大盛り上がりだ
「すげぇ!俺、ヒトって初めて見たっス。 これ、貰って下さい!」
渡されたのは、食料と水。正直有難いので短く礼だけ言ってそそくさと受け取った。
いつの間にか、私を中心にすっかりお祭り騒ぎが始まってしまった。
相変わらず逃げ道は無いし、急いで席を立つ必要も無さそうなので私は再び席に座り、食べかけだったパンを噛みちぎった。
結局レストランから出れた時には、宙の向こうが赤く染まりつつある夕暮れだったとさ。