さきをいくもの
「というわけなんです!もうクマさんだけが頼りなんです!」
手よりも下に頭を下げ拝み倒そうとするも、返ってくるのはクマさんの刺さりそうな視線。
その塩空間を気にせず、周りはわいわいがやがやと騒がしい。
それもそのはず時刻はお昼、楽しみにするのは当然ですね。
みなさんが美味しそうに食べているのを横目で見ながら、ですよね、と再度クマさんを拝む。
「どうして、ワタシ?」
栗鼠の頬袋のように膨らませた頬を維持したまま返事は返してくれたが、別に食事をしながら喋ったわけではない。
それならば何故そんな器用な真似をしたのかというと、非常に機嫌が悪いからである。
彼女が常時ムスッとしているのは最後に回されたからではなく、原因は昨日、魔法創造が上手くいかなかったからだ。
そのせいで昨日からずっとこんな感じだ。
私が帰ってきたときにはもうこの調子で聞く耳持たず、時間を開けようと今日のお昼まで待っていたわけですが…。
今も変わらず、されど私は諦めず。
「二人を納得させるためにお知り合いさんを紹介してほしいんです!」
『ふむ、なるほどね。考えは悪くないと私は思う。けどね…』
とレイセさんからは問題点を指摘され――――
『ワタシは反対ねぇ』
とショトさんからは猛烈に反対された。
そこに私情のようなものを感じたのは気のせいだろうか?
ですが、問題点のいくつかは解消できそうなのです。
そのうちの一つがその間にあった。
『おや。昨日は娘をありがとうねぇ!』
『いえ、私もほんの少し前に到着したところで…』
洗濯係の田中さんは今日も娘を孤児院に預け、仕事に精を出している。
使用する者のいない昼間、浴場は彼女の戦場になる。
レイセさんに指摘された問題から私はその様子をじっと見ていた。
豪気な彼女でもそれは気になるようで、
『…なんだい?洗濯してほしいものでもあるのかい?』
『いえ!そうではなくて……実は私…』
魔力が無いせいで洗濯できないことを伝えた。
洗濯機が無かった頃は彼女と同じ様にしていたから魔力さえあれば自分にも出来るのにと。
『…なんだ、そんなことかい』
私にとっては大事なんですが、彼女は豪快に笑い飛ばした。
『あたしが教えてあげようかい?』
えっと一瞬顔に希望を咲かせるが、彼女の手元を見れば黒く光る金属の板があった。
『…私魔力ありませんから』
彼女の気持ちを嬉しく思い礼を言おうとしたが、『あっはっはっはっはっは!』とまたも豪快に笑い飛ばされた。
『あたしを誰だと思ってるんだい?』
洗濯が終わらなければ浴場の清掃ができない故に、洗い物の手を止めずにこちらを見た目がキラッと光る。
そういえば名前を知らない。
勝手に田中さんって呼んでた。
ボケっとしていたら、彼女はよっこいしょと立ち上がり、濡れた手をそのままに腕を組む。
その背後にドンと文字が見える…気がする。
『代々、城の洗濯を任されてきたドリー一家とはあたしの一族だよ!』
襲名制ってことですか?珍しい…。
それじゃこの世の習わしに従ってあの子も継ぐのかな…?
可憐なあの子が目の前のドリーさんに…?想像できない…。
『冷た?!』
『昔からやってきたんだよ。マグの無かったころからね』
私の肩甲骨辺りに冷たい手の跡ができる。
けど伝わるものは違う。
何も心配いらないと胸を叩くところまで、本当に田中さんそっくりです。
懐かしく感じる表情に、私もあの頃のままに教えを乞うことにしたのだった。
食事に関してもバンさんから教えてもらい、食材を切る等の下準備は手伝ってもらえばいけるはず。
後は移動手段のみなのです!
「ワタシも、忙しい。それに、一人でも、行ける」
おネーさんが頑なに拒否しています。
大好きな木の実をさり気無く寄せていっても、手の甲であしらわれる。
クキョさんとは違い、ものでは釣られないようです。
顔もこちらに向けずと拒絶を徹底していた。
「クマたん、連れて行ってあげたらー?紹介があった方がいいでしょー?」
「なら、おカーさんと、行けば、いい。今日こそ、マホウ、作る」
クママさんの助け舟!
しかし効果は今一のようだ…。
魔法少女魔具ができた時はあんなに上機嫌に踊っていたじゃないですか…。
それに失敗だってこれまで何度もしていたのに、今回はどうしてそこまで拗ねているんですか…。
深いため息と同時に匙を置く音が聞こえた。
「クマたん、行ってきなさい。気分転換にもなるわ」
低い声に震えるシヨタさん。
これはいつもの説教形態ではないだろうか?
このクママさんに逆らうことは、今日の予定の変更をせざるを得なくなるほど、精神が打ちのめされる。
「やだ、行かない」
クマさんが逆らった!?
親子の間に沈黙が漂う。
が、それとは別のバチバチしたものまで両者の間で交錯している。
ここまで自分を貫くほど、魔法創造を成し得たいということなのだろうか。
互いが牽制しながら食事を口に運ぶのを見て、私も様子を伺いながら手を進めるが、今日の昼食、骨出汁のキモチ汁を口に入れるも味が良く分からない。
この空気のせい、つまり私の……我儘になっていたと思い直す。
そうですね…クマさんも早く治ってほしいんですよね。
自分ができることをってみんなが頑張っていますもんね。
そうです、行ったことのある場所なんですし、一人でも行けます。
「ごめんなさい、クマさん。都合を押し付けちゃいましたね。一人で行ってきます。今日いいですか?」
クマさんは無言で頷くだけで、親指は見せてくれなかった。
私が謝ったことでクママさんも気を削がれたようだ。
いつもとは違う献立だったのだが、ここだけ静かに食事が進んだ。
というわけで、今日も街へと向かいます!
街案内してもらった時に行きましたからね。
ここから直で行けるはず。
えーっと、記憶を探りながら歩き始めようとしたら掠れた声が後ろから聞こえてきて引き止められた。
「待ってー。ナタカちゃん、待ってー…」
色々なものを揺らしながら私に追いついたクママさんは、施設籠りで体力が少ないのか、異常な息の整え方をしている。
視線を向ければ、誰でも歓迎と開かれた門が間近に見える。
まだ城を出たばかりですよ…?
走り方もそんな息を切らすほど全力には見えませんでしたが…?
俗にいう、女の子走りですね。
「わ、私がー、はぁはぁ…。紹介、して、はぁはぁ…。あげるわー…」
それは非常にうれしいのですが、大丈夫ですか?
結構遠いですよね?
と、息も絶え絶えなクママさんを見て思ったのですが、
「おぶっていきましょうか?私体力には自信あるので!」
ここまで追いかけて来てくれたのが嬉しかったので、背を向けて屈んでみせた。
彼女は息を整えながらじっと背を見つつ何か思案している。
周りの視線が気になる。けど親としては一度経験してみたいってところでしょうか。
娘さんだと、ね…ちょっとねと一応辺りに気を配る。
「だ、大丈夫よー。ふぅふぅ、でもちょっと、休ませてー…」
彼女が紹介してくれるなら急ぐ必要もないかな、とこの時は思ったが後に後悔することになる。
道すがら最近のクマさんの様子について尋ねてみた。
が、ここのキモチはお勧めよーとか、ここのキモチはお勧めよーとか、悉く話をはぐらかされた。
大丈夫ってことでしょうか?
あまり見ないクマさんだから心配なのですが…。
クママさんに逆らうのは相当なことですからね。
と、頭を悩ませている間に到着してしまった。
「久しぶりねー。いつもは届けてもらっているからねー」
私も案内されたとき以来でしょうか。
外観からは何のお店か分からない、というのはこの世界の常です。
帝国の宿屋さんでもそうでしたが、看板も何の目印すらもない。
初外遊であるクキョさんたちが迷わず見つけたことから、これも魔力で分かるんでしょうね?
中は相変わらず黒々としている。
彩色はしないようだから仕方のないことだとは思いますが、見栄えとしてはどうなんでしょうか?
今日、用があるのは魔工所。
ここの職人さん――賢魔さんに会いに来ました。
賢魔さんは横の繋がりが広いらしいです。
実験に使う魔鉱もここから戴いているのだとか。
ですがそれは知人であるからでして、私一人だと初めて会う人だしいきなりは会えないかもしれないしで、娘であるクマさんも知り合いということで、そんな訳で彼女にはしつこく頼んでしまいました。
「うっス!」
「おいすー」
店内を見渡していた私の顔が凍り付いた。
それでバッと物凄い勢いで顔を背けたのに、向こうも気付き声を掛けられてしまった。
獲物を見つけた姉の方は嬉しそうににやにやしている。
「おいすー」
クママさんは左手を上げて返すが、私の手は動かない。
全身まで凍り付いてしまっていた。
な、なぜここに?
まさかここでも職人見習いを…?
「ははーん。久々に会ったから嬉しすぎて漏らしちゃったんスね!」
「違うわ、理由は簡単よ。ここで働いている私たちを見て感嘆していたのよ」
小刻みに震えている私の何を勘違いしたのか、その妹に反応する姉は平常運転のようです。
おかげでここにいる理由は分かりましたが。
いけない、ここで時間を食うわけには…。
「こら!そういうのは駄目でしょ!もう、何回も言っているのに…」
姉妹の頭を小突いたのはそれはそれは、綺麗な女性だった。
「あら、お久しぶりね」
「そうねー。いつ以来かしらねー?」
二人が和気藹々と談話し始めた。
その雰囲気に割って入れず、仕方なしに姉妹にどうしてここで等と近況を聞いた。
冷静になって見れば二人は違う恰好、つまり理由はそういうことだそうだ。
――それが出来ている自分に驚いた。
「それじゃー、私は先に帰るわねー」
「はい、ありがとうございます。お気をつけて」
昔話やら最近どうとまだお昼ですよっと顔を赤くしてつっこみたくなる気持ちを抑え、待っていた四半刻。
誰もが認めるその美貌は正しく看板娘、その彼女に私を紹介したクママさんの背を見送る。
「こっちよ。あなたの話は女王様からお聞きしてたのよ」
またですよ…。
みんなそうやって言うのにその内容を話さないとこまで…情報統制でも敷かれているのですか?
また後でと今度は私が姉妹に見送られ、店の人間しか入れない奥の方へと案内された。
(ん…急に熱く……室温差がすごいですね…)
人がすれ違うのさえ困難な狭い通風路を抜けた先、一歩足を踏み入れただけでも汗が吹き出しそうな小さな小さな工房に彼女はいた。
それが――クキョさんの大剣、レイセさんの長槍等、数々の武器を創り出した稀代の変人と呼ばれる少女との出会いだった。




