せいちょう
その視線に気づいたのは子等が笑顔を咲かせてくれたからだった。
読んでそのままに指を咥えている女の子から、この輪に自分も混ざりたいといった羨望を感じたのだ。
ただそれが私の胸の痛みを増幅させていた。
「あの子は――――」
その問いかけは子供たちの喜びでかき消された。
「シスさん!お姉ちゃんが帰ってきたよ!」
奥から顔を覗かせた彼女も私を見るなり目を潤ませる。
誰かさんと同じ様に涙脆い彼女が泣き止むまで待っていたらいろいろと聞きそびれてしまった。
「ごめんなさい、シスさん。来るのが遅れました。自分のことでいっぱいいっぱいで…」
つい出てしまった言い訳を彼女は無言で首を振り理解を示してくれた。
落ち着いた彼女は居住まいを正し、逆に頭を下げる。
「貴女の事情は女王様がお話されました。忙しい身でありながら態々来てくれたことに感謝しかありません」
まただ。以前とは私との接し方が変わっているように思う。
その時は決まって出てくる女王様。
一体何を話したのですかナディ様?
だが自分のことよりも気掛かりなことがある。
「それよりも見知らぬ子がいるのですが、もしかして…」
その子の傷を掘り返してはいけないと、小声で問う。
ここは孤児院。親を失った子らが住む場所。
隠せない悲しみが声音に重なってしまっていた。
「あ、いえ、あの子はちが――――」
「今日もありがとうねぇ!」
その性格を表す溌溂とした感謝と勢いよく開かれた扉。
その声と恰幅の良さには覚えがあった。
なので驚いた顔でそちらに振り向いたのは仕方のないことです。
お城の洗濯係の田中さん(仮)?!
「おや、あんたは…」
「おかあちゃん!」
田中さんを母と呼び抱き着いた子を微笑ましくシスさんは見ていた。
私はというと、予想だにしなかった展開に頭がようやく追いつく。
「―――そういうことです」
お城での仕事中はここに預けているということでしょうか?
しかしここはよく思われていなかった場所では…。
「みんなまたね!」
「明日もよろしくねぇ!」
二人は笑顔で以て私の疑問を否定し、手を繋いで帰って行った。
私がいた時には変わらなかったこと、それが聞きたくてまた顔に出しシスさんに向けていた。
彼女が目を伏せたのを申し訳なく思いながら、話に耳を傾けた。
「貴女も知っての通りです。そんな状況ですから、毎日の食事にも困っていました。ですが援助してくださる方がいたのです」
それは当時聞かなかった話だ。
子供たちの食事は質素ではあるもののひもじい思いをさせるものではなかった。
シスさんが働いてそれで買っていると思っていた。
だが今はお金が無いのを知っている。
だから労働の対価をどうしていたんだろうか、と今なら疑問に思うだろう。
その人は顔を隠していたらしいが、言葉には優しさが溢れていたという。
善意に飢えていた彼女はそれに甘えることにしたのだそうだ。
だが、数か月前、戦争が終わる前夜から今日まで彼が現れることは無かった。
「どうしようかと悩んでいた時、この子たちが言ったんです。お店を手伝うと」
悪意を知っていた彼女は最初反対したそうです。
ですが、この子たちは強かった。
乗り越えた強い意志でシスさんに訴えたのだ。
「それで…めいど服で街の方々のお店のお手伝いをしたと?」
「…はい、これが私たちの服だとこの子たちが強く言うものですから」
それで合点がいった。
変化は街だけなく人までも。
この世界は普通を求めるが故にお洒落に興味を持つのは一部の変わった人と被服関係者のみ。
私もそうですが、着られればそれでいいのだ。
だがここに来るまでの間の人々の服装は以前とは違っていた。
ふりふりが…ふりふりがついていたんです!
お洒落に興味のなかった人々がお洒落を意識していたのです。
初めは目を丸くして二度見…いえ三度、いや何度も何度も見てしまいました。
そこで自分を納得させるために出した結論は。
めいど服を作ったあの服屋さんが世に広めるためにふりふり服を創り出したのだと。
答えは違いましたね。
この子たちが…強くなって輝いた。
それを街の人が受け入れ、逆に憧れた。
自分たちを照らす空のように眩しい笑顔に、心溶かされた。
「それで私もと、ここに通いたい子たちが増えたんです。今日はあの子だけでしたが、昨日は他にも3人来ていたんですよ」
しかしシスさんは複雑そうな顔をする。
その子たちはめいど服を着ていないらしい。
理由は簡単。
自分たちもと人々がお洒落に目覚めた結果、製造が間に合っていないからだ。
利益を求めるなら嬉しい悲鳴だが、この世界では必要ないこと。ただ仕事が増えただけだ。
「迷惑をかけてしまっているのではと。…この子たちのように強くなれれば良かったのですが、私では様子を伺いに行くことは出来ず…」
また顔を下げるシスさん。
その視線の先には子供たちがいる。
「私やこの子たちが行っても意味はないと思います。シスさんが行くべきです」
突き放すように言ったのは自分に言い聞かせているためでもある。
そうだ、私には行かなければいけないところがまだある。
「…分かりました。私も強くなります!」
私も分かりやすく顔に出していた。それを汲み取ってくれたようだ。
「では、この子たちを見ていてくれませんか?弱い自分が出てくる前に行ってきたいので…」
「…その前に一ついいですか?孤児としてここに来た子は…?広場にあるあの岩は…?」
恐る恐るといった感じで聞いた私のことをシスさんは気遣ってくれる。
優しい笑顔は以前と変わらない。
「大丈夫です。…これは失言でしたね。子を持たれている方で亡くなられた方はいません。それにあの石碑は――――」
「シスさん、あの話!」
シスさんの服を引っ張り、何やら催促する男の子。
戦災孤児ではない、そのことに安堵した私は、どっちを優先しようか迷っている彼女にあの話とやらを促した。
「実はこの子たち、名前が無いんです」
へ…と惚けた顔になった私は、まだまだこの世界には完全に馴染んでいないんだなと改めて思ったのだった。
「貴女が、ナタカさんが名前を付けてもらった話をしたでしょう?それからこの子たちも名前がほしいと言い出し始めまして」
帝都へ向かう前日の話ですね。
なんか自慢してたような気もします…。
それを羨ましく思ってしまったのでしょうね。
名前のない子たちの前でなんてことを…。
「ですから!この子たちに名前を付けてくれませんか?」
顔を両手で隠そうとしていた私を止めるように提案された話で更に頭を悩ますことになる。
しかしシスさんはお構いなしに理由を告げる。
「この世では名前は無くてもやっていけます。ですがこの子たちは自分からほしいと言ったんです。そこで私が付けようとしたんですが、貴女に付けてほしいとそれまでは名無しで良いと言ったんです」
また後悔と、じーんと押し寄せるものがあった。
この子たちがそんなにも私を慕ってくれていたなんて…。
「シスさん、変な名前しか言わないんだよなー」
「えっ」
打ち砕かれた感動と嫌な予感。
「えっと?例えばどんな…?」
聞いてはいけないと本能が警告していたが、興味がそれに抗ってしまった。
「そうですね…とん―――」
「ああいいです!やっぱりいいです!私が責任を持って付けさせていただきます!」
全く似てもいない二人が同じことを言い出すとは…。
それともこの世界では普通にある名前なのでしょうか?
「すぐ戻りますから!それと名前の件ですが、ここまで待てたんです。ですから今日でなくていいので良い名前をお願いします!」
いつもと変わらない顔で出ていくシスさんを見れば、心配はしなくていいと笑顔で見送れた。
子供たちもそうだ。
誰一人として不安は顔に出していない。
僅かな変化しか見せない子もいるが、そんな子でさえも。
「それにしても名前ですか…」
動物を飼ったことのない私はしっかりと考えた名付けをしたことは無い。
今になって思うはクキョさんの長考。
クマさんが寝てしまうほどのそれは、真剣に私のことを考えてくれた結果。
ならば私もこの子たちにいい加減な名前を付けることは出来ない。
でも私にそんなことが出来るのだろうかと不安に思うが、視線を下げれば向けてくれる顔を見れば、それは自然と消えていくのだった。
休載のお知らせ。
いつも『魔法少女!真剣子!』をご愛読いただき、ありがとうございます。
この度、作者のあいゆ梨花先生が「女の子成分が足りない!」と発狂されたため、休載とさせていただきます。
というわけで、不定期です。




