ときのながれをみずからであゆむべし
こうしてただ流れていくだけの時間が、貴重なものとなりました。
充足してくると時間の流れが早くなるのは贅沢な悩みでしょうか?
一日の流れは以下のようになります。
本日限定の出来事と合わせてどうぞ。
朝の目覚めは明るくなるとともに。
走ったり、稽古だったりで早く起きる習慣がついていたからです。
…ある程度明るくなるまで布団から出ませんでしたけどね。冬とか特に。
今日は静かに眠るクマさん親子の目覚めを待って、一緒に食堂へ。
食事の後、バンさんから食事を受け取る。
「おう!昨日は大変だったな!お前さん、大丈夫か?」
昨日は結構な騒ぎになったようで、バンさんもご存じのようです。
その話の中でバンさんは後頭部をトントンと指で叩いていました。
え、何の話?と何も聞かされていない私は戸惑うばかり。
詳しく聞けば、えぇ…と顔に出る。
毛根の無事を確かめようと、知らぬ間に両手が後頭部を押さえていた。
私を運ぶ最適な人が目の前にいるじゃないですか…。
「あの野草なんですけど、私初めて食べました」
「お、お前さんはあれが食えるか。実はな、苦手なやつが多いんだ。この辺じゃ貴重なものなんだがな」
あの爽やかさ……歯磨き的な感じでしょうか?
この世界では木を歯で解した歯ぶらしを使用するだけだったはずですが…。
「もったいないですね。貴重なものとなれば特に…」
「いやいやこの辺では、って話だ。向こうの王……今は帝国か。あっちじゃ普通に取れる」
特産品みたいなものですか。
そういうのがあるから物流等で二国が繋がるのでしょうね。
あの姉妹のように留学?派遣業?であったり、元の関係に戻っている証ですね。
他の方々の通勤に巻き込まれないよう食事は早めに、バンさんとの話もそこそこに、クキョさんのお世話に向かう。
向こうとは広さも規模も違いますがうっかり衝突してしまってはいけませんからね。
曲がり角でぶつかるのは定番です。
昨日の反省を生かし、窓の外を見て戸締りも確認し、初日と同じように『介護行為』を行う。
初仕事よりも大幅に時間が短縮できた。
やっぱり睡眠は大事ですね!
レイセさんが来るまでクキョさんにこんなことがありましたねと思い出話を聞かせていた。
恨み節が混じるのは仕方のないことですよ?
仕事を終えた後は洗濯物を届けて、再度食堂へ。
クマさん親子との昼食。
ここの賑やかさにも慣れ、私も周囲に負けじと幼子が学校でこんなことがあったよと話すように、成し遂げ話をクマさんに語った。
それにしても…朝もそうだが、食事の量が一向に減らないのは何故なのか。
昼からは魔研でお手伝い。
といっても、私は全くお役に立てず。
精々前準備をするくらいなものです。
初めて会った帝国のお二人は良くも悪くも普通の方々でした。
あの姉妹が濃いので、言うなれば特徴が無いのが特徴でしょうか?
ひどい言い方にも見えますが、これは誉め言葉です!
没個性はむしろ個性です!
その顔ぶれで、街の人に小休止開始の合図とされている轟音を今日も響かせた。
夜はいつも通りで略です。
そうして二日目が終わりました。
三日目の朝、食堂にて。
「バンさん、あのですね…」
「ん?食事で何かあったか?これまでこういうのは作ったこと無かったからな、お前さんの意見は参考になる」
「えっと……あ、いえ。やっぱりいいです」
「…?そうか?」
「…………」
その様子を入り口の影からねっとりと絡みつく視線で見ている者がいた。
人の少ない時間のため、クマ親子の姿もすぐ見つけることが出来る。
彼女は久方ぶりの朝食を諦め仕事場へと戻って行った。
「早いですね?!何かあったんですか?」
昨日よりも更に時間短縮し、部屋の掃除でも出来ないかと思案していた時だった。
この時間に来るはずのない彼女は眠そうな雰囲気も出していない。
表情を変えずに欠伸をするという芸風も見られない。
「…この生活に慣れてしまったようだ。二日で不足が解消されたよ」
戸惑ってるような感じも出してますが、良いことではないでしょうか。
昼魔灯の名も挽回できますからね!
(あーでも…)
『後は見るなり寝るなり自由にすると良いよ。時と魔力は使い道ってね』
ちょっと意味が分からないです。
いや何となくは分かりますけど、そのまま捉えるのが正解です?それとも捻っているのですか?
向こうでは自力で寝返り出来ない方のために必要なことですが、こちらではその必要が無いそうです。何それって聞かれました。
また魔力ですね。はいはい、魔力魔力。
つまり終わってしまえば良くも悪くも暇なのです。
レイセさんの場合は絶対に寝ています。
ということでここで寝るために早く来た可能性も、レイセさんならありまぁす!
二日という短い期間ですが部下の二人が言っていたことが朧気ながらではありますが分かってきた気がします。
そのための昼魔灯だったのですね。
まぁ爪がある鷹さんですから、上の方もあまり言えないのでしょうね。
それも一撃で獲物を捕らえてしまうほどの。
そういえば、レイセさんの強さを実際に目で見たことがない。
武の者として一度見てみたいですね。
「あーうん、私が見ているから君は他のことに使ってくれていいよ?」
私のレイセさんと手合わせしてみたい視線に気づいたのでしょうか。
面倒臭いから絶対に嫌だという強い意志を感じる。
追い出しにかかっているのが証拠です!
「…どうして指を突き付けているんだい?その先に何かあるのかな?」
惚けられてしまいましたね。
…いえ、そうでしたね。
クキョさんが帰ってからの話でしたね。
おそらくレイセさんもその気のはず!
私は二番手ですね!
(なんか面倒くさいことになりそうだね…。押し付け案件がこれ以上増える前に彼女には治ってもらわないと…)
以心伝心とは心の内で思っていることが、声に出さなくても互いに理解しあえること。
この場合は一方通行なので、以魔伝魔(いまでんま・ネーア作)となる。
これじゃ伝わらないね。魔力が無いからね。
「ちょっと魔書院まで行ってくれるかな?何か進展がないか聞いてくれないかい?」
レイセさんが直接…とも思いましたが、
「分かりました。私も気になることがあるので」
ショトさんにもやらねばならぬことがあるのに、勉強を教えてしまった。
知識欲の強い彼女のことだ。両方頑張ってまた寝不足になっているかもしれない。
「それでは、また後で」
「ああ、いや。何もなければ、明日で良いよ」
何もないことが分かっているようなレイセさんの素っ気ない返しに私は素直に頷いた。
普段であれば絶対に断っていたであろう、魔書院行き。
行く理由はあったが、言い訳は出来た。
にも拘らず、それをしなかった理由をこの時は気付いていなかった。
「待ってたわあ!!」
手の甲が触れただけで目の前の扉が開き、中からショトさんが飛び込んできた。
「あぅ?!」
しかし私は慌てることなく、掌をショトさんにぶつけることで彼女を制した。
つれないわねぇと額を赤くし拗ねた顔をする彼女を余所目に自分の手に目を向ける。
(今なんか自然に…?)
「…まぁいいわぁ。入って入ってぇ」
自分の世界に入っていたかのように視線が手に集中していた私は彼女の呼びかけに応じて中に入った。
机を見ると私が平仮名を書いた紙が置かれている。
「勉強してたんですか?……寝れてますか?」
まずは私の目的を話す。
探るように聞いたのは心配を匂わせないため。
「それは置いてるだけよぉ。心配しなくても夜は寝てるわぁ」
顔にも出してないはずですが、前向きに取ったということでしょう。
そう都合の良いように取られないよう明らかな愛想笑いを向け、文字を教えた時と同じく相対して座った。
妙な空気が流れている。
腹の探り合いをしている、という風に感じるのはいつもと違う先程の反応のせいでしょうか。
そうですね。今までなら身を引くことはあっても前に進むという手段はショトさんに対しては選ばないでしょう。
「イイことでもあったのかしらぁ?なにか余裕を感じるわぁ」
「…私の仕事ができたからですよ。やるべきことができたんです」
「それは良かったわぁ。あともう一つ、会いに来てくれたこともねぇ」
「聞きたいことがありましたからね。なんとなく疑問に思っていた私的な事で、ですが」
「…奇遇ねぇ。ワタシもよお」
少しずつ、鍾乳石の成長並(誇張)に本当に少しずつではあるが、私はようやく変わっていく自分を認知するようになる。




