おせわかいし!
※実際のそれとは違います。真似をしないでください。
彼女は特別な訓練を受けています。
「ん。おはよ――――?!」
「…おはよう、ございます……」
クマさんが目覚めぱっちり、驚いた顔で私を見ている。
正確には目の下の隈に注目している。
言い直したのは彼女を思い出すからです…。
「どうしたの?寝れなかった?」
その通りでございます。
真っ暗なのが気にならないくらい、不安や緊張で眠れませんでした。
暗闇が怖くないのは初めてではないでしょうか…。
あ、いえ。あの時がありましたね…。
うっ、思い出したくないことを…。
「?!」
私が自分の頬を叩いたので、クマさんがぎょっとしている。
「…大丈夫?今日は、やめる?」
「大丈夫でしゅ!問題ありましぇん!」
「…………」
「問題ありません!」
私は止まれませんから!
「おう!今日からだな!どうだ、やれそうか?」
いつものようにクマさん親子と食堂へ。
バンさんからクキョさんの分を受け取る。
「はい!大丈夫です!大船に乗ったつもりでいてください!」
「…言ってることは分からんが、その調子なら大丈夫か。もし食事のことでなんかあったら遠慮せず言ってくれや!オレにはそれくらいしかできんからな!」
「分かりました!矢でも鉄砲でも持ってこいですね!」
「……お、おう!そうだな…?」
どうしてでしょうか?
バンさんの顔が引きつっていますよ?
「それでは行ってきます!また後で!」
クマさんまで同じ顔をしていました。
何か変でしょうか?
ふんすーふんすーと鼻で呼吸しながらクキョさんの部屋に向かった。
「失礼します!覚悟は良いですか!」
両手が塞がっていたのでお尻で扉を開けた。
それに返す者はいない。
窓が開いている。
まだ早い時間に誰かが開けに来たようだ。
朝の風は気持ちいい。
昼間のものとは違い、涼し気で気持ちを落ち着けてくれる。
いつかのショトさんのようでしたね…。
(よし!今日から頑張りますか!)
昨日のレイセさんを思い返す。
「まずは食事ですね」
だが、クキョさんは横になったままだ。
『先に体を起こすんだった。寝たまま食事はないね。やっぱり疲れでも溜まってるのかな?ハハッ』
彼女と同じ様に椀を椅子の上に置く。
(行き過ぎたりすることもあったし、実はおっちょこちょいなところもあるのかな?)
体を起こすために肩辺りと背中に手を差し込む。
(お、お、重い…)
寝ているのかは分からないが、どちらにせよ意識が無い状態には違いないので、重さがそのまま腕に伝わる。
(ですが…)
ふっと力を入れてクキョさんの上半身を起こした。
普通の女の子では無理かもしれませんが、私も道場の跡継ぎとして体は鍛えているのです。
クキョさんには勝てませんけどね…。
上体を前方に傾けなくても、支え無しの状態でクキョさんが後ろに倒れることは無かった。
次は食事ですね。
最初にキモチを細かくする。噛ませることが出来ないためですね。
匙に一口分掬って、と。
『背中を支えてあげて、口に押し込む!』
何という力業でしょうか。
この世界ではこのようなこと(介護)をすることはほぼないとは聞きましたが。
いえ郷に入っては、ですね。
正しいやり方ではないのは分かりますが、これもこの世界の流儀。
クキョさんの背に手を当てる。
ここに来るまでの間に冷めているので、そのまま照準を合わせる。
「キモチ、行きまーす!」
匙の先が口で阻まれた。
(……あれ?おかしいですね?)
押し込もうとしても、匙が進まない。
腕がプルプルと震えている。
(どうして…?昨日はだって…)
『力はいらない。スルッと入っていくはずだよ。その後はこう顎を上げて…。流し込む!』
何という力業。(二回目)
レイセさんは顎と頭を掴んでいた。
『あとはこの繰り返しだよ』
レイセさんは何も変わった動きをしたわけではない。
私もそっくりそのまま真似をしたはず。
「あっ…」
再び試すも、焦るあまり零してしまう。
いけない、しみになる。
体を拭く用の布で拭き取る。
静かだから余計に聞こえる。
その音が私を惑わす。
『これでダメな時はもう口移ししかないね』
えぇ?!それって二人はもう…?!
『今までそんなこと無かったから大丈夫だと思うけど…』
『え、でも、そんなまさか…。仕方がないこととはいえ、女性同士で…』
頭の中で二人が重なる映像が流れる。
そのせいでレイセさんの言葉が入ってこない。
『今までそんなこと無かったから大丈夫だと思うけど…』
『えっ!』
2回言ってくれたのは助かりました…。
――って言ってたじゃないですかー?!
え?え?
これはもうそれしかないってこと?!
でもどうして?!レイセさんが嘘を…?!
いやそんなことする必要は全くないし?!
もしもの場合を教えてくれていただけですよ!?
あー、食事をさせることが出来ないと、レイセさんが朝から来た方が良いってなる!?
私いらない子!?
カチャカチャと掻き混ぜていた手を止め、匙で再び掬う。
それを眼前に持ってくると、喉が鳴った。
私初めて…。
いやいやいやいやいやいやいや。
これは数に入らない!
そう!数には入らない!
思い切って口に含んだ。
「い、いきまふお」
ああ、心臓の音が聞こえる。
その度に体が震えてるような。
少しずつクキョさんの唇に近づく。
これは数には入らない!!
―――めて…。
これは数には入らない…!
――じめて…!
これは数に入らない…。
初めて!!
また喉が鳴った。
「あっ…」
美味しい。
クキョさんが嫌いだっていう野草の風味が口に広がって、後味を爽やかにしてくれて…。
ちっがーーーーーーう!!!
自分で食べてどうするの!?
また掬おうとするが―――
次も失敗してまた次って繰り返してたらクキョさんの分が無くなってしまう…。
どうしたらいいかと、匙で掻き回しながら考える。
その間も治まることは無かった。
そうだ、これが悪い!
これが私をかき乱す!
左胸に手を当て深呼吸をする。
いつもよりも長く、深く――――
落ち着きました。
こうなった私は無敵です!
ニッと笑って、そのまま口に匙を入れた。
「いきまふお!」
躊躇しないようガッとクキョさんの唇に迫るが――――
近づくにつれてその勢いが削がれる。
ギュッと目を瞑る。
これは介護行為!!
これは介護行為!
これは…、介護……こうい?!
抑圧された反動か、お祭りのように心臓が騒ぎ出す。
好意とかそんな?!
「あっ…」
美味しい。
うーん、どうして嫌いなんだろう?口が爽やかになるのが駄目なのかな…?
「あっ…」
もしかして…?
野草を避けて、匙に盛る。
それを口に持っていく。
「いきますよ?」
レイセさんのように押し込む。
力は入れてないのに、先が口の中に消えていった。
「は、入った…!」
すかさず、顎をくいっと上げる。
レイセさんのように力業ではせず、優しく軽く持ち上げるだけにして。
「た、食べた…!クキョさん、食べました!」
嬉しくて、もう一口と続けた。
「クキョさん、それほど嫌いなんですね…」
一口食べさせるのにかなり苦戦したこともあって、勝手にため息が出た。
でも昨日は食べてたのにどうしてでしょう?
もしかして私だからですか?人で選んでますか?
「クキョさん、実は起きてます?」
なんて、そんなことは無いですよね。
ぐぅ。
違う返事が返ってきた。
「…ふふ。催促はしてくるんですね?」
こんな状態でも体は生きようとしている…。
何も変わっていないなんてことは無かった。
なら、私はそれを手助けする。
しかし――――
「お腹が空いているなら残さず食べないといけませんねぇ?」
ああ、まただ。
顔が悪くなっている。
分かっていても止められない。
次の一杯には嫌いな野草がこんもりと盛られていた。
「言いましたよね?手加減しないって?」
私とクキョさんの戦いは始まったばかり。




