ふつうの かぞく?
『みーやーもーとーさーん!』
私と同じ学校の制服を着た子が近づいてきているようだが、いまいち距離感が分からない。
そのせいか、顔がよく見えない。
『宮本さん!あの件、考えてくれた?』
『あの…ごめんなさい。私は…』
断られると分かっていたようで、彼女は被せるように食い下がる。
『先輩たち、最後だから…。良い人たちですごいお世話になったの!だから…』
「ん、んぐぐ?!」
『でも私は…』
『お願い!!』
手を合わせて頭を下げている。
他者から見れば、断った方が悪い雰囲気を出している。
本人にその気はないのだろうが。
『…今回だけで、良かったら…』
『うん!それでいい!ありがとうね!』
その手の感覚を私は覚えていない。
私の手を取ってきた彼女の顔も黒塗りされたように覚えていなかった。
「は、な、せ…。おば、おば、おば…」
『え?おば……?!』
目の前の彼女の姿が歪んで消えていった。
カッと目を大きく見開いた。
初めて見る寝起きの風景。他の部屋とは違う煉瓦模様の壁。
明るい時に見るのも初めてで、ここがどこだか分かるのに少々時間が掛かった。
そうでした…。結局、魔研で…。寝ることにしたんだ…?
何故か記憶が定かではない。
が、それよりも気になる感覚が私の意識をそちらに引っ張る。
あれ…?なんか…あったかい…。
何かに抱き着いている。まるで抱き枕のように。
「く、くる、は、はな…。おばさ…ん……」
苦しそうな声。
そして突如放たれる暴言。
頭が完全に覚醒した。
「あ?!クマさん?!私、クマさんに?!」
慌てて彼女を開放すると、ぐったりしたような寝息が聞こえてきた。
あれで起きないんだ…。さすがクマさん。
体を起こして確かめるように見回す。
床の上に敷かれた布団に、用意した食事やらを置いておくであろう机。それだけあれば十分だと言っているような広さの部屋。
少しずつ昨夜のことを思い出した。
『ウチの、フトンは、いい!他で、寝れない!』
『…それ、クマさんが言うんですか…?』
この世界でも布団は布団なんですね。
なんだかんだ言っても、大きく違うのは魔力があることだけ、なのかもしれませんね。
だから、これが普通の家族…。
「む、ぐぐぐ…」
クマさんが今度はクママさんに抱き着かれている。
その彼女の背にはシヨタさんが。
みんなが冬場の猫みたいにくっついて寝ていた。
いつから一人で寝るようになったんだろう。
夜中に起きなくなってから、かな…?
こうして今の私が誰かと一緒に寝たのは学校の行事以来でしょうか…。
あの時は、そうでもなかったけど、今は――――
「おネーさん」
クマさんのほっぺを突く。
その度に伝わる弾力が年上とは思わせない。
「おば、さ…いい、かげ、んに…」
「おカーさんは嬉しいのよー。クマたーん、んー!」
「……」
「ま、ぜ、ろ…」
「…ふふ」
また、あたたかいものを感じた。
「…今日も良い天気になりそうですね」
窓から入り込む光が、目覚ましにはなりそうにない声を出させた。
「はぁ…」
朝からクマさんが椅子に座ってぐったりしている。
よく寝る方なので寝不足なのでは、ということではない。
私が窓から外を眺めている間に、クマさんの声が聞こえなくなった。
起きたのかな、と思って顔を向けたらクママさんの胸で窒息死しかけていたクマさんがいた。
娘曰く、偶にあることらしい。
それは決まって、クママさんの感情が昂った日に起きるとか。
(まさかクママさんまでついてきているとは思わなかった…)
昨夜、私の意識を奪ったのは彼女だった。
私とクマさんの後を追って来たらしい。
そして耐えられなくなってつい泣いてしまったと。
そうとも知らず私は、おば…だと思い込んで発狂して限界まで逃げ回り、ここへ戻ってからはクマさんに抱き着いて寝ていたようだ。
全く覚えていないが、クマさんに手を引かれて自分の足で戻ってきたそうだ。
その疲労と寝不足があるのかもしれませんね…。
今朝は昨日の残りを頂く。
量にクママさんの張り切り具合が出ていたからだ。
いつもは三人そろって食堂に行くらしい。
キモチは保存食にもなるということで、今日も美味しく頂きました。
「それでは、そろそろ…」
そう言って立ち上がろうとしたが、服が引っかかったような感じがした。
顔を向ければ原因が分かる。
まだ行かせないと、クマさんが手を伸ばしていた。
止められる覚えが何もない私はどうしてと、顔に浮かべるだけだった。
「何を、約束、したの?あの、おばさんと」
えっと今度は焦りが顔に出る。
「ど、どうして、それを…?」
声にも出てしまっていた。明らかに動揺している声音。
「ん」
彼女は自身の口を指差す。
その意味が分からない私は焦りが強くなる。
それを見たクマさんがフッと勝ち誇ったような笑みを見せる。
「ワタシたちの、部隊は、口の、動きで、分かるように、した。ほとんど、使わない、けど」
それは読唇術を編み出して部隊独自で使いだしたということですか?
クキョさんからもそんな話は聞いていない。
彼女の言い方だと私がこの世界に来る前から習得していたような口振りだ。
それなのに私には教えてくれなかった?
「これは、おばさんが、言い出した。悔しいけど、知識は、上。それと、これには、魔力も、必要」
さすがおネーさん。私の表情の変化をいち早く掴み取る。
「昨日、見てた。久しぶり、だけど、できた」
魔力…ということは念話というものに近いものでしょうか。
口の動きと魔力で補完する。こちらの方が近いのかな。
私はこの流れですっかり忘れていたが、クマさんは忘れなかった。
「で、何?」
クマさんはショトさんに対して対抗意識が強い。
彼女は否定するかもしれないが、その関係は一種の好敵手。
けど、それ以上に感じるものがある。
それは先程のショトさんを認めるような発言からも読み取ることが出来る。
また悪い私が出てきそうだ。
「クマおネーさんは私がショトさんに取られると思ってるの?」
姉としての余裕からの発言だったのだろうが、失言だったのではないだろうか。
昨日のお返しとばかりに顔をにやけさせる。
「ん?!」
反抗されると思っていなかったのだろう。
彼女の体温が上がっていくのが顔を見ればすぐに分かる。
「私が――ショトさんに――取られると――思ってるの?」
わざとらしく一言ごとに切って、強めて繰り返す。
言いながら、わざとらしい笑顔も近づけていった。
「な、な、な…」
な?初めて聞く型ですね…。
「なにまじになってるの!このキモチやるから帰れよ!」
唐突に帰っていいって言われてしまった。
しかも食べ終わった串を突き出されて。
眉間で止まったその先端に目が寄る。
う、まただ…。また自分を抑えられなかった。
この世界に来てからというもの、制御できない時が多々ある…。
「そこまでよー!」
悪くなりそうな空気をその一言で吹き飛ばした。
目を向けると、怒ってるぞと腕を組む二人の姿があった。
「ぷっ」
シヨタさんは椅子の上に立ってようやく、クママさんと背が並ぶ。
そして二人して同じ顔をする。姉弟のようにそっくりに頬を膨らませているのだ。
いけないとは思いつつも、我慢した結果がこれだ。
微笑ましい姿に堪えることが出来なかった。
「くすくすくす、ぷー」
クマさんも口を手で押さえているが、漏れてしまっている。
「どうして笑うのー!」
「……」
「まぁまぁ」
クママも笑顔になる。
しかしそれは宥められたからではない。
父母には二人の姿が本当の姉妹のように見えていた。
それでまた、彼女の目尻に光るものがあった。
「おカーさん、また、泣いた」
「おだまり!そもそも、あなた達がねぇ…」
あ、これはまずい。
大きく息を吸い込んだ。
「あー!そこまでです、そこまで!双子の王女様のお話、思い出してください!」
もしかして初めてかな?お話の方が役に立ったのは。
ショトさんのお話を思い出した。
喧嘩ではないが、一方的説教は似たようなものだろう。(個人の意見です)
「そうよー、それよー!」
切り替えが早い。昨日もそうだった。
今のは良いように言った。悪く言えば――――
もしかして、ちょろいというのは…?
「ちょろくない!」
しまった!今度は娘(姉)が反応した!
立ち上がって怒りのクマの構えを取っている。
「そこまでよー!」
さっきも聞きましたね?この世界は繰り返しが基本でしょうか?
今度はクママさんだけが同じ格好をしている。
シヨタさんはこっくりこっくり舟を漕ぎ始めていた。
「王女様のお話!思い出すのよー!」
「…ん」
クマさんが素直になった!
ほとんどの人が知っているって言ってたから、クマさんもそれこそ耳に胼胝ができるくらい聞かされているのかも。
二人がゆっくりと腰を下ろして、一息ついた。
お茶でもあれば、ゆったりとした時間が流れそうだ。
「それで、何ー?」
「…?」
「何?」
どうしてみんな聞いてくるの?
シヨタさん何故起きてるの?
なんなのこの親子?
これは話さないとこの親子の輪から抜け出せないようなので、極めて簡単に説明するのだった。




