すうかげつぶり ごかいめ?
「ここは…、どこでしょう?」
静かな森の中で私の呟きが漏れる。
森。どう見ても森。林さんなんて言ってた過去の自分を説教したい。いくら記憶が無かったとしても、だ。
森といっても一概に同じ景色とは限らない。
そこに生きる生物には地域ごとに特色がある。
ここは王都や帝都周辺の森とは違い、木が若い。元居た世界で普段見かけるものと大差ない。
その為陽射しが下まで届き、地面が固い。
車輪も問題なさそうだ。
その森を賑わせる生き物たちの鳴き声も聞いたことがないものだ。地を這う虫から空飛ぶ鳥まで、あちらこちらで会話をしているようだ。
遠くまで来たものですね…。
――――そんな事よりも、まさかまた迷った?
初めて孤児院を訪れた時も迷っての結果だった。
ひょっとして私は迷子技能でも持っていたのでしょうか?
思い当たる節は……、ある。
子供のころ、あにさまによく迷惑かけてた。目を離すと、あにさまはよくいなくなっていた。
そのおかげか、あにさまとはよく手をつないでお出かけしたものです。懐かしい…。
…どうも横道にそれてしまうようです。記憶が無くなる前はこんなことなかったのに。
あれ以来、私の中にもう一人の自分がいるような気がします。
私が知り得ないような知識をクキョさんたちに披露しましたし。めいどさんとか。
どこでその知識を得たのでしょうか?世界間移動時に記憶の入れ替えが起こったとかでしょうか?――――そんなことが出来るものでしょうか?
周りの人たちが話しているのを覚えていた、とかでしょうか。
とにかくあの時の自分は別の人間だったと思います。
レイセさんはああ言ってくれましたが、私はなかなか受け入れられませんでした。
それでも癖のように時々出てきます。
みんなと話しててもそれが出ているようで、時々変な顔で見られていました。今の話し方―――つまりは本当の私に違和感を感じてるようです。
でもみんなあっという間に慣れたようで今ではそんなことないのですが…。この世界の人は順応力が高いのでしょうか?
そ・ん・な・こ・と・よ・り・も!
この状況ですよ!何とかしないと…。
まずどうしてこんなことになったのか一つずつ思い出していきましょう!
あれはそう、こっちの世界に戻ってきて…、あの戦いが終わった後――――
トスファ王国城門――――その城壁は煉瓦のように成形された石を積み上げ作られた。外敵の侵入を阻むその壁は、作られた当初は防壁として十分すぎる高さを誇っていた。
人や物が通るための出入り口は正面の門しかなく、同様の高さがある。それゆえに重く、開閉にはそれなりの人員がいるため、完成した当初から開かれたままという王家に伝わる内輪話もある。
戦争中も国民に不安を与えないため、いざという時の避難所にするために開いたままだった。
当然、警備する者は常にいる。そこまで不用心な真似はしない。
その城門前で突如発生した魔力の玉は、眩い光を放ち門番たちの目を眩ませる。
彼女らは突然の出来事に声を発せず、その眩しさが収まるまで待つしかなかった。
目が開けられるまでに視力が回復すると、目を守るためにかざしていた手に武器を握らせ構えた。
彼女らの前に魔力の玉はすでになく、そこに立っていたのは黒い服に身を纏った少女だった。
この国では着ている者のいない恰好ではあったが、彼女らは見聞きして知っていた。
「お前は…!?」
驚愕している兵士の言葉に何も答えず、少女はそのまま倒れ込んだ。
慌てて昼魔灯を呼ぶ声が辺りを警らしていた兵士たちをざわめかせた。
少女が目を覚ましたのはベッドの上だった。
彼女は視界に入った天井に安堵していた。この世界で2度目に経験した目覚めの景色だったからだ。
しかし彼女は慌てて掛けたあった布の中を覗き込む。
(…ほっ。良かった)
自分の恰好を確認し安堵して、掛け布を元に戻す。あれは彼女にとって忘れられない出来事の一つだった。
(戻ってきた…。私は帰って来たよ…クキョさん)
彼女の頭に思い浮かぶのは約束を交わした親友の顔だった。
控えめに扉を叩く音が聞こえる。
誰かさんのような木が壊れそうな音ではなく、中の人を気遣うような優しい音だ。
「失礼するよ」
入ってきたのは昼魔灯と陰で呼ばれている女性だ。
彼女を見た少女は花笑みを見せた。
「レイセさん!私、帰ってきました!」
慌てて体を起こし、その場で立ち上がる。
それ見たレイセと呼ばれた女性は見上げながらハハッと無表情で笑う。
「久しぶりだね。…数か月ぶり、かな?ナタカは元気そうだね」
「……え?」
ナタカと呼ばれた少女はベッドの上で体を硬直させた。
レイセさんは椅子の背もたれに右肘を乗せ、足を組んでいる。
私は椅子代わりにべっどの縁に腰掛け、彼女の話を聞いていた。
「…そうなんですね。数か月……」
私があの光に包まれた戦いから数か月経っていた。
衝撃だった。
けど、あっちに戻った時も15年過ぎていたのだから、そう考えるとそれだけで済んで良かったと思えた。
「クキョさん…クキョさんは?!」
すぐに頭を巡ったのは彼女のことだ。数か月もあれば何か変化があったのかもしれない。
だけどレイセさんは顔を伏せた。彼女は変わらず雰囲気だけで語っていた。
「――――そうですか。でも望みがないわけではないんですよね?」
これも彼女の雰囲気から分かったことだ。ここでの生活で彼女のことは大体分かるようになっていた。
「今、ショトがマショインに籠って書を漁っている。クマも、マホウ…と言ったか?それで治すと言っている。アイツの面倒は私が見ているといったところだよ」
「二人が…頑張っているんですね、クキョさんのために。数か月…諦めてないんだ」
自分のためにしてくれているように嬉しかった。自然と顔が笑顔になる。
「君が帰ってくるまでにあったことを話しておこうか。色々大変だったからね。ハハッ」
自分的にはあまり時間が経っていないのだけど、彼女のいつもの笑いがなんだか懐かしく感じた。
私は状況を整理するために静かに話を聞いた。
「帝国とは元通りになってね。今も互いを行き来している人たちで賑わっているよ。皇帝やドール様の代理もいるようだ。上がいないって点では我が国と一緒かな」
今引っかかる点があった。思わずそれについて聞き返していた。
「あの、えっと…。どういうことですか?何が、一緒なんですか?」
「イェカは覚えているだろう?彼はね、あの戦いの後、やりたいことがあると言って姿を消したんだ。それを追ってね、女王様も出て行っちゃったんだよ」
良い話と悪い話を同時に聞いてしまった。
直接会って、イェカが現れるまではそんな人じゃないと思っていたのに…。
「ああ、大丈夫だよ。いろいろと事後処理は済ませてから旅立たれたから。お偉いさんたちは大変だろうけどね。街のみんなにも説明して応援されていたよ」
私が心配していたのはそこじゃないんですけど…。それに国民の皆さんはそれで良いんでしょうか。
帰ってきて早々、頭を抱えることになるとは思わなかった。
私が口を出せる話ではないけれど、クキョさんが回復した時にどう思うか…。
いや、彼女のことだから――――
『なんかおもしれぇことになってんな?これは臣下として女王様を探す旅に…いや護衛に行かないといけないな?』
言い訳にして世界放浪に出そうだ…。
上半身を後ろにそらし顔も一緒にそらす。私は目に入る白い天井をぼうっと眺めていた。
その後、私はクキョさんのいる部屋を訪ね、約束を果たした。
彼女がおかえりなさいっと言った。私はそう思ったが、そのまま伝えて希望を持たせるのは良くないと考えた。彼女が確実に良くなったと言えるまでは、このことは言わないでおこうと決めた。
しばらくクキョさんの傍にいた。傍にいて彼女を見ているだけの時間。
彼女は何も変わっていなかった。努力の証である筋肉も。
私は決めた。必ず治してみせると。
何が出来るか分からないけど、少しでも彼女のために。
私は改めてこの地に骨を埋める決意を固めた。
そう決めた私は彼女の下を訪ねようと考えていた。




