すくうもの
眩い光が徐々に収まり、私は目を開けた。
ここは…。皇帝と戦った…。
ひびの入った壁、肌に触れる空気が覚えのあるものだった。
「よく戻ってきたのぉ。ナタカよ」
少女みたいな声に、それに合わないこの話し方は?!
この場にいるはずない人物の声が聞こえ、慌ててそちらを振り向いた。
「女王さま?何故ここに?!」
その姿は確かにお城で見た女王様のもののはずなのだが、どこか違和感を覚えた。姿は同じでも雰囲気が違うというか…別人ではないかと疑ってしまうほどに。
「ナタカ!!」
戸惑っている私の後方から聞きなれた声が耳に入る。三つの声音が重なっていても私には聞き取れた。
その声に反応し後ろを振り返った瞬間、鳩尾に誰かの頭が突っ込んできた…。
「ぐほっ?!」
今女の子がしてはいけない顔をしてしまったと思う。それほどの痛みが私を襲う。
気づけばイェカとクマさんが心配そうな顔で私を見ていた。
もう一人――表情の変わらないあの人を見て何故か穏やかな気持ちになる。
私は患部を押さえながら何とか立ち上がった。そして、
「み、みんな…。私、帰ってきたよ」
みんなに抱き着かれた。それで私はつい涙を流してしまった。
…クキョさん。これはしょうがないよね?
「感動の再会はそこまでじゃ」
心なしか女王様の機嫌が悪い。顔をしかめて、足を踏み鳴らしている。そのせいか石片が飛び散り、床に穴が開いている。
私は原因の人物を見てハッとなった。そして慌ててイェカから離れた。彼は何のことかさっぱり分かっていないようだったが。
「何故呼ばれたか分かるかの?」
私は無言でうなずいた。そして彼女の後ろの人物を見遣った。
その存在には戻ってきたときから気づいていた。そうしないのが無理なほどであった。
だが彼は負の感情に支配されながらも何とか人の姿を保っているように見えた。
だけど、皇帝と同じ…、いやそれ以上の――――
「はヤク…」
「これ以上はフウマがもたんか。ナタカ!」
私は刀を抜き、構えた。
大丈夫…。皇帝の時と同じ。
私には見えている。彼の姿が。その魔力が!
ただ皇帝の時とは違い、体全体が黒い影で覆われている。
しかし一部だけ黒が濃い。皇帝と同じ左胸だ。
そこに木が根付き生えているように見える闇が、取り込もうとして彼の体を包んでいる。
その根元を断てばいいのだ。
一歩踏み込み、刀を振った。
「はぁあああああ!!」
――――クキョさん。
「あああアアアッアアア、ガアアア!!」
「なんじゃと?!」
…え?
今確かに流し切りが完全に入ったのに…。
「憎イ…憎イ憎イニクいニクイィイイイ!!」
手ごたえはあった。そう確信している。
皇帝の時と同じように、彼の左胸からは煙のように勢いよく黒い影が溢れ出ている。しかしそれが体に行き渡り再び包み込もうとしていた。
私はあり得ないと自失してしまった。
「…ニク……だ、だめダ……はぁ、ハァ…うぐ」
フウマは体を押さえ、溢れ出るものを必死に抑えつけようとしていた。だが完全には抑えきれず、それは再び異形の姿をとろうとしてるようだった。
ナディはすぐさま再封印をかけようとするが、
「ぐぅ…?!魔力が抜けておるのか?!」
先程までの魔力は出せていなかった。おそらく体が限界を迎えようとしていたのだ。
フウマに向けた手が小刻みに震えていた。
しかし、彼女は機転を利かす。
「クマ!アレを!」
クマはナディのもとに駆け付け、袋の中から魔具を取り出した。そしてそれを、フウマの周りに投げた。対皇帝用の魔力を吸収する魔具だ。
ナディはそれに向け魔力を送った。
フウマの体から魔力が光を放ちながら溢れ、魔具が放つ光に共鳴するかのように同調し、分散してそれらに吸われていく。
「が、アアアアああああ!!……ハヤく…」
「何をしておる、ナタカ!もう一度じゃ!」
その一言でナタカは正気に戻る。
(そうだ。私が何とかしないと!――――私にしか出来ないことを!)
気を引き締め、構えなおす。だが――
会いたい…。クキョさんに早く……。約束したから。一番に教えるって……。
その時の私は気づいていなかった。心の中を占めていたものに…。
今一度と、一歩踏み込んだ時。
「違う!そうじゃないだろ!」
声が響いた。私はその声の方を反射的に向いた。
その声の主はフィニルだった。彼もまた同じ教えを受けた者。
ナタカを見て気づいたのだ。自分と同じということに。
だから彼は気づいたのだ。彼女の心に…。
だからもう一度…。優しく…。
「そうじゃない。だろう?」
あにさま…?
彼の姿にあにさまの姿が重なる。あの時の大好きなあにさまの姿が…。
『もっと素直に見た方が良いよ』
『目に見えるものが真実とは限らない、だろ?』
…そうだ。まず向き合わなければならないのは…。
――自分の心!
私は胸に手を当て深呼吸をした。そして彼に向かって力強く頷いた。
彼もまた口角を上げ頷き返した。
おじいさんと同じ白い髪をしたフウマが闇の中でもがき苦しんでいる。
救いを求めるように外に向け手を伸ばしている。
――――見える。さっきまでとは違う。
本当の彼が見える。これなら…!
「参ります!」
私は力強く一歩踏み出した。
「心・流し斬り!!」
振り下ろされた刃がフウマの左胸から闇を斬り離す。
残った根が繋ぎ止めんと黒い手を伸ばすが形を保てず霧散していく。同じように体を覆っていた影も消えていった。
それが途切れた後、彼はその場に倒れこんだ。
ナディが一番に彼の元へ駆けつける。
「感謝、します…。陛下……」
彼女はフウマの頬を自らの指で拭う。流れていたものと一緒に。
そして、書を取り出しその中のある頁を破り捨てた。
「…最後の仕事。頼めるかの?」
彼は無言で頷くと、彼女に向け手をかざした。すると色のない球体が現れ、その口を開く。
徐々にではあるがナディの体から魔力が抜けていく。それを吸収している玉が金色に光り始めた。
彼女を満たしていた初代女王の魔力が地へと還るのだ。
だが、そうはならなかった。彼女から抜けた魔力は巨大な塊となり、中空に漂っていた。
――そして、眩い光を放ち、辺りがそれに包まれた。




