ぬくもり
翌日。この隊での初の演習が行われた。
といっても、隊長であるレイセは何故かいないので、ワタシとクキョの二人だけだが。
二人だけで演習はさすがにおかしい。この隊は目を付けられているのか。疑問は尽きない。
しかし、ワタシはワタシの仕事をやるだけと決めている。文句は言わない。勝って相手を黙らせる、ただそれだけ。
相手はこちらよりはるかに人数が多い。クキョ一人ではワタシへの攻撃は防げないだろう。それに今日は城の裏手にある森の中だ。自分の死角なども気を付けなければ。
初めはそう思っていた。だが演習が開始されるとその考えは間違いだったと気づかされた。
「おらおらおらおらおらぁー!!どんどんかかってこいやー!!」
クキョが大剣を片手でブンブンと振り回し、片っ端から蹴散らしていたのだ。
彼女一人だけ動きが違う。クキョは実戦用の身を守る箇所の少ない防具を使っていた。
それで身軽だったとしても、マグで強化された相手よりも速いのは、マグとして納得がいかない。
その強さに呆気にとられ、もうアイツ一人でいいんじゃないか、とさえ思った。
正直やることがない――彼女の姿で頭の中が埋め尽くされ、呆然としていた。
しかし、その隙を相手は見逃さなかった。気づいたときには後ろに迫っていたのだ。
ワタシはすぐさまマグを取り出し、魔力の壁を発動しようとするが、いかんせん間合いが詰まりすぎていた。
間に合わない。そう思った。
腕で受けようとするが、とっさのことで防具で守られていない内側を相手に向けてしまう。
演習用武器は刃が潰されているので切断されることは無いが、最低でも骨が折れはするだろう。
その痛みを想像してしまいギュッと目を瞑る。
だが、ワタシが攻撃を受けることはなかった。
クキョが間に割って入り、その大剣で受けていたからだ。
余裕で受けきったクキョはすぐさま足で蹴り、相手を吹っ飛ばした。
「大丈夫か?」
クキョは振り返りワタシを見る。
「大丈夫?」
ワタシもそう返す。
クキョの背後には魔力の壁ができていた。
彼女の一瞬の隙をついたのだろう。だが相手の攻撃がその壁によって阻まれる。
それに気づいたクキョはその筋力で、その壁ごと相手の武器を叩き壊した。それを見て相手は戦意喪失したようで、腰を抜かし立ち上がれなかった。
どうやら彼女が最後の一人だったようで演習はクマたちの勝利で終わった。
演習後、クキョはワタシの傍により、頭に手を伸ばした。
ワタシは…、今度は避けなかった。檻の中のワタシが手を伸ばし、クキョの手を掴んでいたから。
ワタシの頭にクキョの手が置かれる。そしてゆっくりと撫でていた。
初めてだった。少なくとも、ワタシがワタシになってからは。両親にも撫でられたことはない。
…頬を熱い何かが伝っていた。涙を流していたことに気が付かなかった。
クキョはそんなワタシを見て、
「泣け!泣きたいときは泣けばいいんだよ!」
何言ってんだコイツとは思ったが、涙は止まらなかった。
初めて大きな声を出していた。溢れる思いに身を任せ、大きな粒を流し、わんわんと。
流れる涙の量に比例し、心が軽くなっていく気がした。
クキョは初めからずっとワタシを見てくれていた。だから、ワタシもワタシを見ようと思う。
マグとしての自分を。そしていつか、彼女に返すために…。




