ふたりのであい
目の前の女性は表情を変えず笑っていたが、クマは白けた目で見ていた。端から見れば重そうな目蓋が眠そうに見える。
「やあ、君が今度所属する隊の隊長を務めているレイセだよ。よろしく!ハハッ」
レイセ…その名前はうわさで聞いたことがあった。
王国最強のマソウ、またの名を、王国最悪の昼マトウ!
なるほど、異常者のワタシにはちょうどいいのかもしれない。
「…クマ」
ワタシは一言だけであいさつを済ませ、さっさとその場を去ろうと決めた。必要以上に仲良くする必要はないからだ。
だが、それは許されなかった。
「おっと、まだ彼女の紹介をしてないよ」
そう言って、レイセはワタシの後ろに視線をやった。ワタシは慌てて振り返る。
いつの間にワタシの後ろに立っていたのか。その人物はワタシを見下ろして、
「クキョだ。よろしくな」
ワタシの頭の方へ手を伸ばしてくる。とっさに後ろへと下がり、その手を避ける。
避けられた彼女は、ワタシが何で避けたのか分かってないようだった。
「君は我が隊3人目だ。歓迎するよ」
は?3人?それしかいないの?
思わず檻の中のワタシが叫んでいた。
「つまり、オマエはアタシの部下だ!」
え?それっておかしくない?
新しく入ってきた人間が即部下なら、次入ってきた人はワタシの部下になる。まっすぐ一本筋な縦社会ができてしまう。
あれ?ひょっとしてワタシが間違ってるのか?
クキョのおかしな言動のせいで檻の中のワタシが壁をガンガン蹴って暴れている。このままでは危険だ。
今度こそワタシはこの場を去る。そう決めた。少しでも早く。
しかしまたもそれは阻止された。クキョがワタシの肩を掴んでいたからだ。
ワタシは振り返り、クキョを睨みつけるが、まったく気にしてないようで、
「今日はアタシのウチな!」
そう言ってワタシの手を取り、強引に引っ張っていくのだった。
クキョの家を見て驚く。両親のおかげでワタシの家もかなり広く大きいが、ここはそれ以上だった。
だが、誰か他に住んでいる気配がない。静まり返った家は生活感を感じさせない。
宿かと間違えるほど部屋数が多いが、全ての戸がその主がいないと表しているかのように開いたままだった。
「…一人なの?」
思わず聞いてしまった。
「今はな。他にも部下ができた時はソイツも住ませるさ。部屋はどこでも好きなとこ使ってくれ。あ、いや、そこがいいな。なかなかいい部屋だぞ」
そういえばクキョのうわさも聞いたことがあった。というか、なぜあの筋肉を見て思い出さないのか。該当者は一人しかいないというのに。
彼女もワタシと同じ異常者だ。ただ、ワタシとは違う理由で親と離れているようだ。
「さ、オマエの話を聞かせてもらおうか。何でもいいぞ。あ、何でもっていっても難しい話は簡便な!」
一体何がどうしてどうなってこうなった?
ワタシは用意された部屋でもう寝るはずだった。
部屋の鍵はかけていた。だが、クキョは力業でそれを開けたのだ。
そして、入ってくるなりこうだ。意味が分からない。
ワタシは睡眠を妨害されたことへの怒りを態度で表し、鋭く睨みつけた。
(何人たりともワタシの眠りを妨げるのは許さん)
しかしクキョは私の態度を歯牙にもかけず、話を進める。
「オマエ、親がケンマなんだってな?」
ワタシは無視して床に入る。どうせコイツも周りの奴らと同じ。
ワタシを異常者としてしか見ない。…ワタシを見ない。
「それなのに、オマエ、マグなんだろ?すげーよな!やっぱアレか?他のヤツが出来ないこと出来んだろ?見せてくれよ!」
クキョは違った。ワタシを見ている。
檻の中から必死に手を伸ばしているワタシがいる。けど、ワタシはそれを無理やり中に押し込んだ…。
「…もう、寝るから」
布を頭からかぶり視界を遮断する。
違う、そうじゃない。そうじゃないでしょ?
必死に叫ぶワタシをワタシが見ていなかった…。そのことにワタシは気づいていなかった…。
「そうか?じゃ、また明日な!」
彼女はワタシの態度に腹を立てた様子もなく、明るい声を発し去っていく。
遠く離れていく足音を聞きながら、睡魔を呼び込もうとぎゅっと目を閉じる。
しかし、いくら待っても訪れない眠気は、ワタシをやきもきとさせた。
その日、ワタシはなかなか眠れなかった…。




