あのひのたたかい
私たちは何事もなく城へと辿り着いた。
城の前に敵兵の姿はなく、城内に入ってからも、敵兵の姿は見えなかった。不気味な静けさだけがそこにはあった。
各部屋の扉も固く閉ざされており、私たちは誘導されている感じだった。
「罠かと思ったら、正式な招待みたいだね。ハハッ」
レイセさんの言うとおりだ。奥には皇帝が待ち受けているのだろう。
「行きましょう!」
私は手にした刀をギュッと握りしめる。
魔力のない私に出来ることなどないのかもしれない。やろうとしていることもただの自己満足に過ぎないのかもしれない。けど!
私は止まることなく、前へ進むのだった。
導かれるままに通路を進んでいくと大きな広間に出た。
ここはお城の中であるにもかかわらず、豪華絢爛とは程遠い殺風景な広間。それが私にはまるで闘技場のように思えた。
なるほど、ここなら戦うには十分な広さだ。それに―――
床を見ればそれは確信に変わっていた。魔技場の舞台と同じく石畳だ。わざわざ用意したのかもしれない。
そう考えていると、奥の通路から一人の女性が出てきた。さすがに、いきなり皇帝は出てこないようだ。
その女性は私たちを一人ひとり確認していた。
「あらぁ?赤髪の女はいないのかしらあ?」
彼女は義手のような右手を押さえ、不気味に笑っていた。
赤髪の?!まさか、彼女が…。
「ワタシ、クーザって言うのお。聞いてないのかしらあ?」
両手のかぎ爪。間違いない、彼女がクキョさんを…!
レイセさんとクマさんも気づいたみたいだ。二人の雰囲気が変わっていた。
「もしかしてえ、逃げたのかしらあ?残念ねえ。陛下から賜った新しい爪を見てほしかったのにい」
右手の爪を舐めながら、私たちを挑発しているようだった。
見え透いた挑発に乗ってはいけないが、怒りを抑えられなかった。
クマさんも私と同じ様だった。レイセさんは…、と思い横目でチラリと彼女を見る。
うん…いつも通りですね。
けど、一番最初に前に出たのはレイセさんだった。
「ここは私に任せてもらおうか。部下の面倒を見るのは隊長の役目だからね。ハハッ」
左前を半身にして槍を構え、クーザを睨みつける。表情には出さないが、怒っているのは雰囲気で分かる。そこはいつも通りだ。
「さっ、君たちは先に行くんだ。正式招待とはいえ、一応私たちは囮だからね。時間を掛ければ皇帝が前線に出る可能性もある。そうなってしまえば全てが無駄になる。だからクマ。任せたよ?」
「ん!」
クマさんは頷くと、真っ先に奥の通路へ向かって走り出した。私とイェカも、すぐクマさんの後を追う。
掛ける言葉はいらない。何と言ったって、レイセさんは王国最強なのだ。必ず勝つと信じてる。
それにあの目はあの時と同じ――――私の背にも同じ汗が伝っていた。
「ワタシを無視しちゃだめよお?」
爪が石を切り裂く音とその跡を残し、クーザの姿が消える。
広間を駆け抜けようとしていた私たちに、クーザは一瞬で詰め寄り、爪を振りかぶった。
だが、その攻撃が私たちに当たることはなかった。
私たちはそのまま一気に駆け抜ける。振り返らず、前だけを見て。
クーザは体勢を立て直し、レイセと対峙する。
(アイツはあそこから動いてなかった。あの距離でワタシの爪を弾いた?)
そう、レイセは全く動いてなかったのだ。持っている槍の長さでは到底届かない場所から。
(ワタシのように素早く動いたとかじゃない。構えもそこらのヤツと同じ……アイツ強いわねえ)
「君も私を無視しないでほしいな?ハハッ」
軽口をたたくが、その雰囲気は変わってない。レイセは本気で怒っていた。
(空気が冷たい?息が白い?初めてだわ、この感じ)
初めての感覚に身を震わせる。歓喜が彼女の体を駆け巡っていた。
「アナタ強いのねえ?一応名前を聞いておこうかしらあ?」
「レイセ」
クーザはその名を聞き、ピクッと反応する。
「聞いたことあるわあ。昔は強かったのに今は腑抜けているそうねえ?」
「それは戦えば分かることだよ?おしゃべりをするために出てきたのかい?」
挑発には挑発で返す。レイセには挑発は通じなかった。
(確かにアイツの突きはかなり速い。けど、間合いに入ってしまえば槍など!)
クーザは一瞬で間合いを詰め、爪撃を繰り出す。瞬き一つする間に床につけられた多数の爪跡がクーザの速さを物語っていたが、それをレイセは事なげもなく槍の柄で受ける。だがクーザの爪撃は止まらない。目にもとまらぬ速さとはこのことだろう。
しかし、レイセはそのすべてを受けきっていた。
「おっと!やるね?」
空を裂く音、金属が激しくぶつかり合う音が辺りに響いていたが、肉を切り裂く音は聞こえなかった。
クーザは余裕をもって受けられたことに戸惑いを隠せず、後方へ飛び一旦距離を取ろうとする。
しかし、次の瞬間、レイセの槍がクーザの右腕を弾いた。
(ぐ…、速い!しかも、着地した隙を狙うなんて)
クーザには焦りが生まれていた。この短時間でそれほどまでに追い詰められていたのだ。そこへ自身の肩を槍でポンポンと叩きながら…。
「君に教えてあげるよ。私の槍は特別製でね。魔力を使って自在に伸ばせるんだよ」
自分の武器の秘密を教えるなど、絶対にありえないことだ。それも戦闘中に、だ。
それはクーザの自尊心を傷つけるには十分すぎるものだった。
「アハ…、アハハハハハハハハハハハハハ!!」
クーザの体から魔力があふれ出ていた。
彼女は怒りによって、魔力暴走を起こしかけていたからだ。しかし、ギリギリのところで暴走はしなかった。レイセに対する怒りが強すぎて、逆にそれを防いだのだ。
「殺してやるう、殺してやるわあ!!」
両手のかぎ爪が鋭く光る。クーザはかぎ爪に魔力を集中させたのだ。
(ワタシは勝たなければならないのよ。あの方の傍にいるためにはあああ)
歯をグッと食いしばり、暴走を力に変えようと自ら制御を試みる。それが成功したのかは分からないが、瞳孔がケモノのように細くなりギラリと光を灯す。
そして瞳の輝きが光となって残るほど速い速度で接近し、爪撃を繰り出した。
(かかった!!)
レイセは槍を使い左の爪をうまく上へ逸らすが、クーザの本命は右爪。威力の増した爪で槍の柄ごと切り裂く気なのだろう。
「な?!」
レイセは槍の穂の部分で受けていた。槍を短剣のように短くして。
「長くできるってことは短くも出来るんだよ?ハハッ」
動きの止まった隙をつき、クーザの体に槍を押し当てた。そして、魔力を注ぐと、槍は一気に伸びた。
「が?!」
クーザはそのまま壁に叩きつけられ、崩れ落ちた。その衝撃から壁がひび割れ窪んでいた。
刃の部分を当てていればクーザの体を貫けたのだが、レイセはそうしなかった。
「…ワタシは……ワタシはあ…………」
彼女は気絶したクーザに近づき、
「また戦ってみるといいよ。さらに強くなったクキョと、ね」
とどめを刺さず、奥の通路へと進んでいった。




