やべーやつとおはなし
「あれ、おかしいな。誰もいない」
私も一緒になってきょろきょろとあたりを見回す。するとたくさんの本が納められた棚が目に入ってきた。
本がいっぱいある。図書館、かな。
ここは図書館のように壁側には窓を隠さないよう低い棚が、それ以外は人の背丈以上の棚が置かれている。
興味を惹かれた私はおもむろに一冊取り出す。上は手を伸ばしても届かないので目線の高さにある本を適当に選んだ。そして本を開いてみるが――
「あれ?」
そこには何も書かれおらず、パラパラと捲ってみても終わりまで白紙が続いていた。
それを妙に感じた私はその本を戻し別の本を手に取ってみる。が、その本も全部白紙でしかなかった。
まさかここにある本すべて白紙?でも、一体なぜ…?
次の本を手に取った時、聞いたことのない声が真後ろから聞こえてきた。
「その書はぁ、アナタには刺激が強いと思うわよお?」
「うひい?!」
突如耳元で聞こえた艶めかしい声に驚く。慌てて振り向くとピンクの髪の女性がにこやかな笑顔で立っていた。
えっ…?この人の恰好…。服を着崩して胸を強調しまくってる。これ同じ服着てるんだよね?
「む、いたのか」
探している人物だったのだろう、レイセさんが彼女に気付き戻ってきた。
二人が並んで立つと、同じ服を着てるとは思えない。それくらい彼女の着崩し方が独特なものだった…。
「紹介しよう、彼女は…」
見た目の恰好とは裏腹に、優雅にお辞儀をする。だが、その優雅さに気付く男性は果たして何人いるだろうか?
これは…見えそうで見えない胸が気になる。これがチラリズムか…。
「マショのショトよ」
「マショショトさん?」
苗字と名前ってことかな?
聞きなれない言葉に全身疑問符まみれである。その姿はまさにアホっ子ぽかった!
「フフ、マショっていうのはねぇ――」
「ちょっと待て」
レイセさんが話に割り込み私の事情を説明する。
その間暇だったので、試しに他の本も見てみたがやっぱり白紙だった。
仮に何か書いてあっても、入り口のとこと同じ文字なら読めないけど…。
「へぇ…、記憶がねぇ」
一通り話を聞いた彼女が、こちらを見てその目をギラりと輝かせた。その眼光に圧され、少しだけたじろいでしまう。
「実に興味深いわあ。ここの書には一切記されていない症例だもの」
ショトさんは私の手を取り瞳を見つめてきた。その髪と同色系の瞳は優し気な目つきが与える印象とは違い、彼女の本性を表しているように怪しく光っていた。
本能が何かを感じ取っている。これは…!
「ワタシが手取り足取りいろいろ教えてあげるわ。だ・か・ら、アナタのことも、ね?」
大丈夫だろうか、私。いろんな意味で身の危険を感じる。
――あっ、さっき感じたのはこれっだったのか…。…あれはきっとエモノを狙うケモノの目だ…!
「まずはさっきのマショね、マショは…。」
【魔書】
魔書院を管理する一族の総称であり職である。魔書は魔力で書かれており、著者が設定した魔力量(著者自身の魔力量をこえての設定はできない)を持たないと読むことはできない。しかし、彼女らの一族はそれを無視して読むことができる能力を持っている。ただし歴代女王が記した書だけは読むことができない。
魔力なんてものが本当に存在するんだ…。それとも私の記憶が無いから、覚えてないだけとか…?
「さて、私は失礼するよ」
レイセさんがこの場から去ろうとする。正直二人っきりにはしないでほしい。
「あら、アナタは聞いていかないの?」
残念そうに腰をくねらせてる。いやその動き必要でしょうか?
「君の話は長い。聞いていたら報告やら任務やら何もできなくなってしまうからね。ハハッ」
もっともなことを言っているつもりでしょうが、逃げる気満々なのが雰囲気で分かりますよ、レイセさん…。
試しに私も行かないでオーラを出す。私の想い、届いて!
「そう、残念ねぇ」
レイセさんはホントにいつもこの調子なんだなぁと、ショトさんの反応を見て改めてそう思うのだった。
――って、レイセさんホントに行っちゃった。届かなかった…、私の想ひ…。
「さぁて、邪魔者もいなくなったし!」
邪魔者とか言っちゃったよ、この人。
逃げる準備をしようかと思っていたが、彼女の表情がこれまでの色香を感じるものから別のものに変わっているのに気づく。
「何からお話ししましょうか」
真顔で私を見つめる彼女。その深刻な表情に思わず喉が鳴った。
「子供向けのお話にしましょうか!」
えぇ…。
さっきの真剣な表情はどこへやら、ショトさんはうきうきしながら近くの椅子に腰掛けた。
「むかしむかし…」
はるか昔のことである。この地に住まう人々は魔力を持っていなかった。今とは違う文明が栄えていたらしい。そこで争うことなく平穏に暮らしていたという。
そんなある日のことだった。突如魔力を持った異形のもの『マモノ』が現れた。一方的に襲ってくるマモノに対して人々は抵抗をしたが、当時作られた武器では魔力を帯びた体に傷一つつけられなかった。
なすすべもなく、ただただマモノに蹂躙される人々たち。しかし人々は諦めなかった。神に祈りを捧げ続け、その祈りは神々の奇跡をよんだ。
ある時強大な魔力を持つ赤子が生まれたのだ。成長した少女は仲間とともに戦いマモノを追い払った。そしてその戦いののち少女は人々に魔力を分け与えた。
この人はなんでいちいち腰をくねらせたり色っぽい声を出すのだろうか?気になって話に集中できない。…なんとか頑張って話は聞いたけども…。
「この話は子供向けだけど実話っていう人もいるわ。ちなみに英雄とされる少女は女王様の祖先って説ね」
魔力を持っていなかった人…。私と何か関係があるのだろうか?
「聞いた覚えはあるかしら?」
私が首を横に振ると、それじゃ次の話ね、と別の話を始めた。
初めて双子の王女様が誕生し国民は歓喜に沸いた。しかし子らが大きくなるにつれケンカが増えていった。そしてそれは起こった。
双子は自身の魔力を開放してケンカを始めたのだ。その戦いは王国崩壊の危機を招いたという。幸い双子ゆえに魔力が分散、拮抗していたため両者痛み分けという結果に終わったらしい。
これがきっかけとなり王女は生まれてすぐその魔力を封印されるようになった。
「だからぁ、ケンカはやめましょうね、って話よお」
子供に対する教訓の話だろうか。初めて聞いたような反応をすると――
「この二つの話はこの地住む人なら大抵の人が知っているお話なんだけど…」
昔話やオトギ話といったところかな?全然覚えがないから、海外のお話かな…。
「…覚えてないだけかもしれませんけど……いえ、やっぱり初めて聞いたと思います」
子供に聞かせるお話はたくさんある。そして覚えているものも。でもケンカをするなというお話は他に覚えはあっても、この話には全くピンと来なかった。
「…そう、それはそれは……」
彼女は肩にかかった髪の毛先をくるくると指でいじりながら、何かを考えている素振りを見せる。先程からよく見かけるので、そうやって髪をいじるのは癖なのだろう。
「あなたの初めて…一つもらっちゃったわね!」
この人は何言ってるんでしょうか?考えてたのはそういうことですか?
ここで一つ気になることを聞いてみた。私から聞かないと話が変な方向に向かうからだ。
「あの、魔力って人間だけが持っているものなんですか?」
他にもあったが、とりあえずでこれにした。質問をしすぎると、興味を持たれてると思われるかもしれないからだ。…いろんな意味で…。
「いいえ?生きているものはもちろん、命なきものも魔力を帯びているわぁ。あなたが今着ている服とかにも、ね」
この服にも?触って確かめてみるが、私には分からなかった。
その後も世界のことをお話し形式でいろいろ話してくれたが、記憶を取り戻す手掛かりはつかめなかった。