あなたがくれたもの
それから、3日が経った。
私はクキョさんの傍でずっと泣いていた。といっても、涙はとうに涸れ果てていたが。
ずっと後悔していた。
私が必殺技の話をしなければ…、
帝都へ行きたいと言わなければ…、
…私が自分の意志で歩き始めなければ、クキョさんはこうはならなかったかもしれない。
私がクキョさんをこんな目に合わせたのだ。
「クキョさん…、…クキョさぁん……」
クキョさんは眠っている。答えてほしい言葉は返ってこない。
クキョさん…、私は…、どうしたらいいのかな…?
…どうしたら、クキョさんに返せるんだろう?
今まで貴女からもらってきたものを…。
だが、答えは返らない。
私の嗚咽だけが部屋に静寂をもたらさなかった。その音に耐えられなかった私は、無駄だと分かっていても、クキョさんの名前を呼び続けた。
その音が耳に入ったのか、クキョさんが目を覚まし体を起こした。
そしてクキョさんは私の顔の方を向き、意思があるかのように口を動かす。
「………あ、あ…、あ……」
…名前を呼ばれた気がした。そんなはずないのに。
私は声が届くわけがないのに、静かに話し始めた。
「…クキョさんはすごいよね…、ホントに強い…。それに比べて私は……、泣くことしかできないもん…。…ねぇ、クキョさん?私どうしたらいいのかな…?」
答えは返ってこない。そんなことは分かってる。けど、私は聞かずにはいられなかった。
私を許してほしかった。私を助けてほしかった。そんな自分勝手な理由で。
答えは返ってこない。そんなこと分かってる。分かってるよ!
登場人物にだけ照明が当たる真っ暗な舞台の上で独りぼっちの私。そんな舞台に観客なんているわけもない。
何も見えない。何も聞こえない。闇と静寂だけがその場を支配していた。
「………名前…、約束、したじゃん…。破っちゃ、…ヤダぁ……」
その時、何が起こったのか分からなかった。パーンという乾いた音が静かな部屋に響き、私の左頬には痛みだけが残っていた…。
…彼女が私の頬を叩いたからだった。
私は左頬を手で押さえ、
「……クキョさん…?」
愕然としたまま彼女を見つめた。
「…お、あ……、う…、ん……、あ、え…え、お……」
『……止まるんじゃねぇぞ。』
彼女が私にくれた最後の言葉…。
…止まることも、歩き始めるのも自分の意志…。
『ナタカ…、そうだ!ナタカだ!』
『面倒見るって言ったろ?』
『なら、一つ約束しないか?』
…そう、そうなんだよね?クキョさん。あれも大事な約束…、なんだよね?
クキョさんもつらいのに、私を導いてくれて…、ホント……。
…こんな状態になっても、情けない私のこと面倒見てくれて……。
一人で舞台に上がっていたわけじゃない。いつでもそこには誰かがいる。
分かったよ、クキョさん。泣いてばかりじゃ前に進めないもんね。
…見ててね、クキョさん!
私は涙を拭い、レイセさんを探すため、部屋を出た。
部屋に日が差し込み、クキョの顔に陰影ができる。
そのせいだろうか、彼女の口角が少し上がっているように見えた…。
「あーあ、やっぱりワタシじゃダメなのかしら?どこが良いのかしらね?あの筋肉に父性でも感じるのかしら?」
届いてなくても嫉妬は抑えられない。それは彼女も分かってやっていることだ。
彼女は知っている。この程度の試練、幼馴染には大した弊害ではないことを。
いつだってそうだった。他の人間が何を言おうと諦めず、自らを貫いていた。そこに高い壁があって登れなくても壊せばいい。周りの人間が避けて進むことさえ諦めることを彼女は真っすぐ突き進む。
きっと今だってそう。だから体を突き動かせた。
「あとでちゃんとワタシの話聞きなさいよお?時間かけた分だけ長くなるからねえ?」
壁に背を預け、くせのあるピンクの髪の毛をいじりながら楽しそうに笑う。彼女は何の心配もないようにくつろいでいた。
「…大丈夫よ。彼女も強いから。誘惑に負けないんだもの。―――ワタシの話を楽しみにして焦らず治しましょお?……必ず治してみせるから」
ショトはクキョを横たわらせ、その目を閉じさせた。そしてゆっくりと頭を撫で眠りへと誘う。
そこにあったのはかつての二人とは真逆の姿だった―――




