むりょく
大昔の塔を思わせるような造りの筒状の部屋。しかしその材となった煉瓦には、苔や汚れが見られず劣化も全くないことから、そこが新設された場であることが分かる。だが上へ上がる階段が見られないことから見張り塔の意味合いはなく、がらんとしたその空間は何のためのものか分からない。あるのはこの部屋に入るための木扉一つと、中央からそれぞれの方向4か所の位置に均等に置かれた、小さな四方形の鉱石だけだった。
天井付近に作られた隙間や木窓から入る光だけがその部屋を照らしていたのだが、突如中央に現れた光がその照明を照らし返していた。
体を包んでいた光が消えると、クマさんはホッと一息ついた。
「ここ、王国の、設置地点」
なるほど、本来はここに着くはずだったんだ…、って。
「クキョさんっ!クキョさんは?!」
辺りを見回してもクキョさんの姿はどこにも見当たらなかった。
絶望に襲われ泣き崩れそうになった時、クマさんが私の手を引っ張った。
「離れて!」
クマさんは何かを感じ取ったのか、私を引っ張ってそこから離れる。
さっきまで私たちがいた場所に、光が…。これは…。
眩い光が弱まり、そこに薄っらと人影が見える。
そこから判断できるのは背格好だけだったが、私は確信していた。顔が喜びに満ちていくのが分かる。
「クキョさん…クキョさんだよね?」
外套は脱いでいたのだろう、彼女の特徴でもある赤い防具が目に入った。
間違いない、クキョさんだ。
窓から差し込む光が作った影のせいでその表情はよく見えないが、あの燃えるような赤い髪は確かに彼女のものだ。
「クキョさん!…よかった…」
クキョさんにもしものことがあったら私は…。
クマさんも顔をほころばせていたが、その目尻には光るものがあった。
私は目に涙をため、クキョさんに駆け寄る。そして、抱き着こうとしたのだが…、クキョさんは静かに、私の横をかすめるようにして倒れこんだ…。
「………クキョさん?」
何が起こったのか分からなかった。いや、その時の私は分かりたくなかったのかもしれない。
景色がぐるぐる回っている。辺りが闇に閉ざされていく。そんな感覚が私を襲い―――血の気が引いていく、何も考えられず吐き気さえ感じた。
だけど受け入れたくない現実が私の体を動かした。
私たちは慌てて近寄り、クキョさんの体を抱き起した。
「いっ…ぃやぁあああああああああああ?!」
体中に無数の傷跡があった。そして―――
彼女の腹部には鈍い光を放つ爪が刺さっていた…。
その時、転移時の魔力を察知したのであろう、レイセが兵士を引き連れ部屋に入ってきた。
「よかった、無事だった……」
レイセは泣き叫ぶナタカを見て、兵士に指示を出しながら、クキョに駆け寄った。
「ケンマを!急いでケンマを集めるんだ!早くしろ!」
「は、はい!――――ケンマを至急!部屋の用意も!」
賢魔?お医者さんじゃないの?!
震えが止まらない。彼女のいない未来が脳裏をよぎる。
「大丈夫、大丈夫…」
それは私だけに向けられた言葉ではなかった。クマさんも自身の心と戦っていた。それでも、うろたえる私の手を彼女が優しく握ってくれていた。…私は彼女の手が震えていたことにさえ気が付かなかった。
「私が頭の方を!お前たちは足を!」
クキョさんが運び込まれている間、私は何も出来なかった…。
この部屋を明るくしていた光が消え、流れるように暗闇が包んでいく。そしてパラパラと音を立て恵みが降りそそぐ。
この国に来て初めて雨が降った…。その音に気付かず、代わりに私の耳に届くのは彼女の名を呼び続ける自分の声だった。




