たがためのみち
何かが近づいてきていた。クマさんは覚えがあるようで必死に体の震えを押さえていた。
「こんな、近くまで、気づかない?まさか…、マグの、応用?」
そして木陰から現れたのが…。
「二人か…。まぁ、いいだろう」
脚を隠すほど裾の長い儀礼服とでも言えばいいのだろうか、漆黒のそれを羽織った男。その顔も青天によって晒された。
ロディ皇帝!?王様がわざわざ追ってきたの?!でも、どうして…?
皇帝は私を見つめ、手を差し出してきた。だがその所作からは人のぬくもりを感じなかった。
「我とともに来い」
一瞬皇帝が何を言っているのか理解できなかった。理解が追いついたときには驚きと疑問で満たされていた。
そんな私を守るようにクマさんが前に出る。
「ナタカは、私が、守る!」
彼女の体は震えていた。それでも私を守ろうと魔具の入った袋に手を伸ばすが、そこで動きが止まる。
皇帝が鋭く、冷たい目を彼女に向けていたのだ。その目を見ただけで彼女の体は動かなくなっていた。
「黙れ、愚民が!」
そう言い放った瞬間、会場の時のような空気が辺りを包んだ。荒ぶる感情を隠すことなく、その目を赤く光らせていた。
クマさんは立っていることが出来ず、地面に吸い込まれるようにその場に倒れこむ。
「んぐ…お、重い…?!」
「愚民は這いつくばっていろ」
「クマさん?!どうしたの?!」
「…やはりか」
皇帝は立ったままの私を横目でチラリと見て、何か納得しているようだった。
そして改めて私を正面から見据え、先程と同じように手のひらを下に向けを差し伸ばす。
「我とともに来い。魔力のないキサマがこの世界でどう生きる?この世は魔がすべて。キサマにこの世で生きる術はない。我が手を取れ」
確かにそうだ。クキョさんたちの助けが無ければ、今ここにはいなかったかもしれない…。
でも、私は…。
下を向き、揃えている前髪が垂れ、目元が隠れる。溢れる感情を抑えようと歯を食いしばっていた。
「…ダメ」
クマさんが何とか声を絞り出しそれだけを言う。震わせながら何とか顔を上げこちらを見ている彼女は、自分は大丈夫と言わんばかりに平静を装っていた。
「まだ喋れるか。愚民にしてはなかなかやる」
皇帝は立ち上がろうとあがいていた彼女に手のひらを向けた。次の瞬間、ドンっという音とともに衝撃が走り、彼女を中心に円形状に地面が窪んでいく。
彼女はまるで強い重力に押しつぶされているかのような状態だった。
「…んん、が…、ぁあっ?!」
「クマさん?!」
クマさんに近寄り起こそうと試みるが、何かで張り付けられているかのように彼女の体が動かない。
ダメ!私の力じゃ…。これも魔力なの?!
「その愚民を助けたければ、我と来い。我がキサマに生きる術を与えてやろう」
また私は誰かに歩かされるのか…。
それを決めるのは確かに私の意志。けど、その後は?自分の意志で歩いてるの?
分からない。私には分からないよ!
この間もクマさんは苦しみの声を上げていた。その声が不可抗力的に背中を押した。
私はゆっくりと立ち上がり、無意識に皇帝に向け手を伸ばしていた。クマさんを、友達を見捨てることはできないという思いから…。
(……クキョさん…)
私は皇帝の手を取ろうとしたが、何故か彼の動きが止まっていた。青い目を見開き、何かに驚いているようだった。
しかし、それも一瞬の出来事。その赤目は冷たい輝きを取り戻し、彼の左後方を鋭く睨みつける。そして、彼は剣を抜き、睨みつけていた方へ投げつけた。
そこから飛んできた何かが皇帝の頬を切り裂いていたのだ。
「いまだ!」
えっ…、今の声は…。
クマさんはその一瞬の隙を突き、倒れこんだ時に設置していた魔具に魔力を注いだ。
そして、私とクマさんの体が光に包まれた。
私はこの感覚を知っていた――――
あとに残された皇帝は剣の刺さった木にゆっくりと近づいていく。
彼を襲った者の気配はすでに消えていた。
剣を抜き鞘に納める皇帝の目は鋭さを増していた。目には表れているものの、他の部分からは怒りは見られない。
邪魔した片方が誰か分かっているようで、彼はじっと一点を見つめていた。そちらの方には帝都があった。




