まちにまったひ(かのじょが)
その日の夜。
いつもとは違い、遅い時間にクキョさんが訪ねてきた。
丁度今日は来ないのかなと残念に思っていたところだった。
帰って来たばかりでさすがの彼女も疲れているんだろうかと考えてしまったほどだ。
私にとっても楽しみなことなので歓迎なのだが――――
「ナタカ、明日は空けとけよ!朝からだから早めに寝ろよ?そんじゃな!」
勝手に扉を開けるのはいつも通りだが、勝手に予定を決めて、勝手に私の参加を決めて、勝手に去って行きました。
…いつも通りですね。
しかし慣れないもので、ぽつんと残された私はどうしていいのか分からず、しばし呆然としていた。
その手には着替えようとした寝間着が握られたままだった。
自分を取り戻すのに半刻ほどかかった。
それは明かりの木片が燃え尽きて部屋が暗くなるまでの時間だった。
大きさが計算されていて、消し忘れてもほとんどの人が寝静まる頃には勝手に消えるのだ。
ベッドに入って天井を見上げる。
夜目が利いてきて家具の配置が分かるまでになった。
それでも目蓋が重くならないせいかずっと見ていた。
何をするんだろう?どこか連れて行ってくれるのかな?
子供のように興奮して目が冴えていた。
そのせいで忘れていた。
あの時のクキョさんの顔を。
この部屋から寝息が聞こえてくるまで、もう半刻掛かった。
「おう!朝だぞ!」
勢いよく開け放たれた扉の音を消し去ってしまうくらい、大音量でクキョさんが入ってきた。
いつもなら起こされることは無いのだが、寝付きが悪かったせいでその声が目覚ましとなった。
「…ん、ぅん?あさ…ですか?」
まだ目が開かないが、体を先に起こす。
「今日も良い天気だ!早く起きろ!」
窓際からクキョさんの妙に急かす声がする。
普段ならおかしいと感じるだろうが、頭がまだ起きていないため、目蓋を擦る方を優先する。
「今日も、朝から元気です、ね…ふぅあ――――!?」
欠伸をしようと開いた口元を隠すための手が止まる。
半開きだった目が大きく開かれ、これまた止まる。
正に絶句。これしかない。
クキョさんは見て欲しいと、腰に手を当て胸を張って恥じらいもなく堂々としていた。
「く、クキョさん…?そ、そそ、それは…?」
天然の照明を背にしていたが、神々しさの欠片もない彼女の姿に、私はやっとの思いで口に出し尋ねることが出来た。
それを知ってか知らずか、彼女がニッと口角を上げる。
「そうだ!オマエが言っていたすくぅるみずぎ、というやつだ!」
そう、彼女が着ているのは学校指定水着、それも旧型。
そこでようやく、頭の中で1本の線になった。
学校の話、メイド服を作った服屋、クキョさんの顔、そして今回の水着…もしや?
顔がハッとなった。
それを見た彼女の歯がキラッと光った。
「これも作ってもらっていたんだよ!どうだ!オマエの話のまんまだろ!」
彼女の嬉しそうな顔からは嫌な予感しかしない。今まで良かった試しがない。
作ってもらっただけで終わるなら部下さん達がああはならない。
宝くじが当たるくらいの微かな希望を持ってクキョさんに尋ねた。
「あの、それで今日は何を…?」
聞かなくても分かることを聞いた。
「すいえい、というものをしに行く!オマエの分も用意してあるからな!」
デスヨネ。私の分もあるんだろうなって気はしてた。
しかしさすがの服屋さんでもプールまでは用意できないはず。
「残念ですが泳ぐ場所がないです!お風呂では泳いではいけませんし!」
無駄な抵抗だ。
頭の大半はそう考えている。
それでも女には抵抗しなければならない時がある。
…あったのだが――――
「大丈夫だ。問題ない。そこは――――」
「遅い。まだ?」
突如入ってきた彼女の姿を見て私は全てを諦めた。
「おう、悪いな。いや、ナタカがな?っとソレ、どうだ?」
「ん、問題、ない」
私的には大いに問題あるわけですが?
絶望している私とクマさんの目が合った。
自信ありげな顔で、見ろとクキョさんと同じ格好をしている。
(ああ……すごく…似合ってますね…)
目汁が出そうだった。
「ほれ、オマエの分だ。さっさと着替えろ」
意思なく手を伸ばす。
布の感触がとどめとなった。
(なんで…完全再現されているの…)
抱きしめた水着が別の用途で濡れてしまいそうだった。
体に合わせてみると、確かに大きさは丁度いいようだ。
それを確かめるような二つの視線。
「着替えるって…ここで?」
「ここでって…オマエの部屋だろ?」
「ん。時々、おかしなこと、言う」
いや、私が言いたいのはそういうことではなくて…。
「お二人の前で?」
二人が顔を見合わせている。
おかしいこと言ってるかって互いに聞いているようにも見える。
確かにお外では二人の前で着替えることもありましたけど…。
服……魔物……うっ頭が!
水着に着替えるということは全裸になるということで…。
全てを諦めるのはまだ早い。
時間をかけることで生着替えへの拒否とした。
ちょ?!なにを?!
二人がいそいそと水着を脱ぎ始めた。
それも全く隠さずに。
私は慌てて顔を手で覆うが、その隙間からじっくりと見ていた。
どきがむねむねするのはどうしてだろう?
「これでいいよな。隠し事はないからオマエも脱げ!」
いや、アナタがそれ言いますか?
今までさんざん隠しておいてそれですか?
クキョさんは私と目が合うと同時に顔を横に向けた。
「そ、それはそれ。これはこれだ!」
私は突き刺すようにクキョさんに視線を浴びせ続けた。
その外から私の胸を射抜く者がいた。
「自信…ないの?」
クマさんが口角を上げ下卑た顔を見せてくる。
彼女は先程と同じく胸を張って堂々としている。
次の瞬間、私は寝間着を勢いよく脱ぎ捨てていた。
「…あ」
冷静になってすぐに隠すも、彼女らの脳にモザイク画のような映像が間違いなく流れていた。
負けず嫌いですぐカッとなるところもあるのでしょうか?と直前の自分に投げかける。
もちろん、答えは返ってこない。記憶が無いのだから。
「…なんだ、いいもん持ってんじゃねぇか」
「ん、ごりっぱ」
一体何の話ですか?!
クキョさんに言われても悲しくなるだけです…。
「いやぁ、引き締まったいい体してんな。さすがだな」
「ん、いろいろ、もったいない」
熱かった顔の体温がさらに上昇する。
頭から湯気まで出るんじゃないかってほどだ。
「…そっちですか」
「そっちってなんだ?」
「よく、おかしなこと、言う」
時々が『よく』になってしまった。
悪いのは私ですか?
「クキョさんだっていいもの持ってるじゃないですか」
私は胸部に視線を注いでいたのだが、
「そうだろ、そうだろ!」
そう言って腹筋を盛り上げている。
それをぺちぺちと叩くクマさん。
そっちですかとはもう口には出さなかった。
ここまで3人全裸での会話。
じっと見ていたのに、頭から抜けていたのは何故なのか。
と思うが早いか、私は水着を着ていた。
この旅で身に付いてしまった早着替えだ。
してやったぜと、二人ももう一度着る。
「よし!それじゃ行くか!」
「ちょおおおおっと待ってください!」
そのままの恰好で部屋を出ていこうとする二人を止める。
「どこに、行くんですか?」
絶対に確認しておかなければいけないことだ。
「どこって…」
「外」
顔を見合わせるまでもなく、二人の声が重なった。
やっぱりと頭を抱える。
ため息をつきながら衣服入れを開けた。
「これ!着てください!」
「え、なんでだよ?」
「上、から?趣味?」
「いいから!はい!」
無理やりにでも手渡す。
初めて見たクキョさんの恰好は水着と変わらないものだったから、彼女にしてみれば問題ない恰好なのだろう。
私に髪を隠せって言ったの忘れてるんじゃないのかな…?
「ぶかぶか…」
「きついし短いな…」
クキョさんの顔を見れば、それは否定されなかった。




