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魔理  作者: 新戸kan
さんぶ

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302/302

宿命のケンカ   と

 マレンとマケンの因縁は何代遡れば語れようか。とある書には初代マレンは荒っぽくてよく揉め事を起こしていて、それを止めていたのがマケンだったとある。現代に語り継がれる不幸の正体とは、単なるじゃれ合いを不幸とするほど平和だったのか、別の事件でもあったのか、その真相は記録からは失われた。



(ああそっか。あんただったのね、れぶん)


 魔力に優れた人間は様々な部分でその恩恵を受ける。知見や見識にも、状況の把握は突貫で、クマとの協力も急ごしらえながら、兵士であった姉を送り出せた。ひめこの場合、こちらの世にもあったか、女の勘が働いた。


「お兄ちゃんだと思っていないだって?先に起きたのはボクだろ」

「同じじゃない。あきやさくらに起こされて。いつもそう」

「いつもじゃないんだよ!最初はボクが先だ!上だ!お兄ちゃんなんだ!」


 クマの瞳が真ん中から右、戻っても再度右と行ったり来たりを慌ただしく繰り返している。会話能力が低かったものだから、説明はできても普通の会話には介入できない。これは止めていいのかどうか、手があわあわしている。単なる言い争いではないのか、マグの戦術的見地での見極めも難しく、幼稚なケンカの渦中に放り込まれた並の兵士みたいだ。


「で。おれさまはどうしたのよ。おれさまは」

「何だよ。何が言いたいんだよ。言えよ。いつもみたいにさあ」

「ふーん。そう。いきなりだったもんね。あの男の人?」

「いつもそうだ。いつもそうやって。ボクを分かったような」

「いつも、ねえ。服をどこかにやってまで。あれ替えが一つなの知ってるの?せんたくしている間どうするのよ?はだかでいるの?見せたがるよねあんたは?武器がついてるから強いって」


 対立することは多々あった。子供らしい可愛い理由でだ。それが武装してのケンカに発展する。縁は腐っている。長い時間をかけても押し付けられる。うんざりだ。


(おねーちゃんには。おねーちゃんなのにウソを言ったおねーちゃんには)


 この男の子がマレンだから忘れようとした運命を受け入れるのか。わんぱくなれぶんだから相手を選ぶ、それは姉の役目でもマケンでも、このケンカはあたしのもの。


「いい?あの武器を壊せば」


 ここにもいた。やさしいおねーちゃんが。こんな人たちばかりだったらあたしたち、会えなかったね?


「カマっていうのよ、あれ」

「え?」

「あたしがひとりでやる。ケンカなんだから」


 戦いは魔力の奪い合い、最後にはみんなといっしょになる。マモノとも、いなくなった人たちとも。あの二人も。


「でも」

「でもじゃない!ジャマなの!おとなはしないでしょ!」


 そんないっしょはいらないから。これが最後だから。最後にするから許してよ。

 それに泣いてたらケンカできないよ。


「別にその人と一緒でもいいんだよ?同じことは二回も通じない。戦えなくなった、戦うことだけが。あの時の屈辱返させてもらうからさ」

「あんたこそなに言ってんの?意味わかんない。ぼくが喋ってよ?ぼ、く」


 子供同士のケンカは些細なことで突然始まるが、二人も唐突であった。始めの掛け声でもあったように、同時に魔堰を開けた。流れ出る魔力に押され両者激突する。最初のひめこの番。お互いの速さのためにれぶんは近づきすぎた。防御に変えたのだ。


「な」


 クマの目汁が止まり口があんぐり。いきなり始まったこともそうだが、妹が隠れて兵士の教育でもしていたのか、打ち合わせでもしたかのように攻防が完成している。瞬きでもしていたら二人の開いた距離が短距離転送でもしたかのようにとるだろう。


「やるじゃない?終わったと思ったのに」

「造作も。ヒメコ!ぼくは勝つんだよ!今日は!」


 れぶんの体を使わせるか。ひめこの拳が言葉を塞ぐ。キョジンが操っているといっても、本体はれぶんの魔力だ。受けるのはキョジンの鎌だ。


(これでいいのよね?いなくなった人じゃなくておねーちゃんが言ってよ)


 ケンカの正しいやり方というものはあるだろうか。双子の王女様のお話だって一人の男をってだけだし、正しいやり方があるならケンカがダメというのもおかしな話。姉が口うるさく止めていなかったら、始まっていたのだろうかケンカは。

 戦いがどうのって言ってたけど、戦いは両親に捨てられた時が初めて。何もできなかったし、覚えていないだけかもしれないし。今も戦えと言われても多分。マモノは怖いから。

 姉がどうして兵士であることを隠していたとかもそうだけど、世の中分からないことだらけ。大人が思うほど魔力は凄くない。だから教わるの。ここに来る途中でいいことを教えてもらった。素直になっていいこともあるってこと。


「魔力のままに。ううん、あたしのままに!」


 蹴り出しからの横っ飛び。一歩でかなり長い距離を移動する。音まで凄い、脚力もそんじょそこらの兵士よりある。


「同じことして!ぼくを!通じないと言ったぞ小娘ェ!」


 偉人とされた過去の人は何故鎌のような歪をマコウの一つとして選んだのか。野草刈りを効率的に、この形は本来そうあるべきだ。刃の曲線がかっこいいからという理由ならそいつはとんだ病だ。


「え、え。なんで?」


 子供用にとの注文を受けたシジカではあったが、キョジンの体には相応の魔力が溜められており、どうしても大きくせざるを得なかった部分がある。それが首をいくつ連ねても切り落とせる刃だ。魔力の壁は新たに加わった修復力が目立っているが、魔力抵抗も従来のものよりも固くなっている。それを易々、音なく切り裂いた刃は巨大さだけが取り柄ではないだろう。


「また」


 クマは顔を手で覆いたくなる。新しい壁の強固さはマグが一番把握している。ひめこが切れ味鋭い刃に殴りかかっていたのだ。それも執拗なまでに、刈りかかってくる恐怖を勇猛と殴っているのだ。拳と刃が賑わす戦場はまた、悲鳴漏れる客席でもあった。


「れぶんは楽しい?このケンカ」

「タノシイ?勝ってこそのタノシイよ!勝ち負けの過程なぞ、ぼくは!勝つんだ!」

「あたしもよ」


 それはマケンにもいえる。自分の手を汚すのは間接的に、そのために武器を取ったのに、どうして拳をマコウの一つにしたのか。


「何故切れぬ?何故切れない?!な、ぅしてだぁ!」


 理由が知りたいか?それは始めた人に聞いてくれ。

 今のも足で蹴れば体に届いていた。足は補助マグのようなもの、ひめこは手を握って拳を作りそれをぶつけるだけ、マケンの戦い方を行使しているだけだ。マケンの装着が彼女を真に目覚めさせた。


「やめてって!」

「え?」

「二回はないって言ったろ!」

「え」


 魔力と身体能力は密接、マコウともなれば顕著。そういうものがマコウたり得るのである。クマの袋に手が伸びた落ち着きをマレンが見逃すはずがない。


「言ったでしょ、ジャマしないでって!これはまけんとまれん、いえ、姉弟げんかなんだから!次はそっちだからね!」

「ぐぅぅぅぅ!今、ボクを下にしたよな?下にしたよなあ!ボクがお兄ちゃんなんだ!お兄ちゃんは強いんだよぉ!」


 すぐさまひめことの激闘に戻る。マグで調べた結果レブンの方が上であった。自分は完全に除外されているものとして、あとで何と言われようがクマは手助けする準備をしていた。ひめこがれぶんを横から殴らなければ最後の準備となっていた。


(ナタカ、ごめんね。ワタシ)


 ケンカというから演習や大会での低い次元の戦いになるのか、マコウなのだからそこまではいかずとも、レイセやクキョ、シムほどではないと侮っていた部分はある。子供の頃から演習に参加していたクマだからこそ、大人と子供の差を身近なものとして軽視していたのである。


(見ているだけしかできない。この子たちは)


 まだまだ準備段階だったのか。眉が額に新たな皺を作り出すほど上がりっぱなしだ。シムの精錬もクキョの荒削りの良さもないのに圧倒。荒っぽいは荒っぽく、何が出色なのかも、武を極めようとする人間には落第点、見習い期間などなかった子供であっても、魔を冠する者たちの戦いはクマにその言葉を刻んだ。

 しかしながらクマもいっぱしの兵士だ。


(あの時もそうだった。アティスが間に入ってくれなかったらワタシは。ごめん、ごめん)


 マコウに勝った戦争から現在までの期間、多少の障害はあれど家族のおかげで充実した日々であったといえる。それはケンマの娘としてでマグ、兵士としてはどうだろうか。勝利に満足し切磋を怠っていたのではないか、ムダだったとはいえないだけに、袋からそっと出たクマの手はマケンのような形になっていた。


「おまえに勝って!お姉ちゃんをボクが!」


 自分が年上にそれを抱いていたのに、その逆はないと決めつけて。自分のものと宣言したそれをナタカは告白とはとれない。それがもどかしい。悲しい。この感情の終わりはどこにあるのか。檻が何重にも自作で頑丈になる。


「あんたに守られるほど、おねーちゃんは弱くない!」


 おねーちゃんはすごい。そうよ。おねーちゃんはすごいんだから。

 実質をクマが教えたのではない。魔力の直感でも女の勘でもない。一緒にいたから分かるのだ。姉の偉大さを。


「「おねえちゃんは!!」」

「ボクが!」


 ずっと一緒にいたい。強くなれば、兵士になればお城でも一緒にいられる。いつかは隣で、守ってあげられる。ボクは兵士になる。コ・ネコのお話みたいに、お店も兵士も両方。お兄ちゃんのボクがやる。


「あたしが!」


 別に、おねーちゃんみたいになりたいと思ったのは、れぶんがおねーちゃんおねーちゃん言うからじゃないんだから。うぬぼれないでよね。あたしはあたしよ。


「おねーちゃんには!」


 姉がすごいと褒められて嬉しかった。でも生まれた感情は他にもあって、それが逆なものだとは、ひめこにはまだ早かった。

 衝突する魔力が星々のように煌く。生まれては消えてを繰り返す。キレイは儚さを道連れに誕生し虚無だけをおいて立ち去る。これはケンカか?戦いか?姉との約束、暗闇に瞬くセイマコウ鑑賞日か?


「もう寝ろよ!」

「もう起きる時間よ!」


 睡眠不足は悪影響にはなれず昂揚の材料となったのは、怒られることをしてしまったことへの、幼さ特有のときめきであったからだろうか。この子達はまだ子供なのだ。


「あきが言い始めたことにして。ずるいわよ」

「何のことだ?ずるい?ずるいのはヒメコだろ!なんでだよ!なんでそんなに!」

「かわいい?けどれぶんもかわいいよ?あたしよりは、んーだけどね」

「かわいい、かわいいって。そうやってボクを見下してるんじゃないよ!かわいいからなんだっていうんだよ!かわいいってなんだよ。なんなんだよ」

「そう。あんたはそうだったのね」


 自分がそうだから相手もそうだ、これは成り立たないらしい。家族でも、元が他人とかも関係ないだろう。原因はひめこにもあったのだ。


「れぶん、あんた自分が上だって思ってるでしょ。今日はあたしが上ってとこ、見せてあげる!そうすればかわいいが分かるわよ!」


 引くな。れぶんだってあきに散々なことをしてきた。あきは言えないから受け入れていたんだ。れぶんだってあきに当然を押し付けていた。


「なんだよ、なんなんだよ!ヒメコは!そうやってボクより先に行こうとして!ボクを置いていくんだ、みんな!」


 そんなことはない。ひめことれぶん、どちらかが先に行こうとしても最後には三人で手を繋いで横並びだった。走るのは別、コ・ネコがやっているようなものだ。そう考えたら。


「それはあたしがさいっこーにかわいいからよ!」


 記憶に残っている。あたしがあたしでなかった時、おねーちゃんは言ってくれた。


『ない。この子綺麗にしてたらすごく可愛いのに』


 大事にしているからひめこは貫く。大人になっても年をとっても、かわいいおばあちゃんになる。


「わかんね。かわいいかわいい、ひめこはそればっかりだ!かっこいいだろ!お前はかっこいいんだ!かっこよすぎるんだ!なんでそんなにかっこいいんだよおお!」


 世が違えば逆にもなる価値観だけれども。コ・ネコ屋で会ったあの人みたいな、大の男の背中の大きさがひめこに垣間見える。自分がそうなりたい、将来への希望を同じくらいの女の子が既にしている。こんなことでもなければひめこが聞くことのなかったそれは、男が捨てない意地そのものだ。


「はあ?かっこいいとか、それよりかわいいよ!かわいいは強いのよ!かわいいがあればみんないいのよ!」


 ひめこも譲れない。あの言葉が支えになっている。自分を自分と至らしめる。譲ってしまったらこの鎌を殴れなくなる。このケンカは戦いなんていう大人の都合とかじゃないからどっか行っちゃえ。これは子供の主張のぶつけ合いなのだ。


「なに、これ?」


 れぶんの声にキョジンの魔力が合わさって聞こえたこともあった。それがなくなってしまえば、これぞ口でするケンカ、客観的に見ればショトとのアレもコレ。二人の戦闘を見守っているから当惑のみが際立っているが、恥ずかしさも歴史に存在した。


「なにがかわいいだよ。お店の人も、シスさんも、お姉ちゃんも」


 余計なことは後にしてだ。一つ言えることがある。ナタカもアティスもいない今、この子を救えるのだとしたら、それは彼女だ。ホントの意味を彼女に託した。


「みんな隠してばっかだ!ウソをつくんだ!みんなみんな!」


 みんなというのはれぶんがこれまでに出会った人たちだ。見かけただけの人やキナムトも含まれている。マレンゆえの感受性の高さがキョジンによって捻じ曲げられ、内心どう思っているかを、歪んだ受け取り方で過去を視認させている。間違った表として。これが不幸とやらの始まりだったかもしれない。


「今回は譲らないわよ。あんたをそんな人間にはさせない。みんなを泣かせる人にしない!あんたは悪くない!」


 ひめこが体を狙わないのはそのためだ。マケンは急所、魔力の脆い場所を見分ける力がある。ひめこにも備わっているその力は的確にれぶんの数か所を示している。腕の付け根は一撃当てれば鎌を手放す、可能性があったものまで放棄している。


「そうやってよく分からないことばかり。優れているのは自分の方だって言いたいのか!そんなにお姉ちゃんって呼ばせたいのかよ!お姉ちゃんは、お姉ちゃんは!ナタカ。ナタカお姉ちゃん一人だああ!」


 悪評は本人が聞かなければ悪評にはならない。ごく一部にしか伝承されていない事柄なら、親ですらマレンのことは一切知らないのだから、語り継がれる不幸も記憶に繋ぎ止められた曖昧なものに、左も右もない。


「あんたは知らないのよね。なんにも。だったらなおさら!」


 クマは人生で初めての困惑をした。戦闘中にも関わらずまた何か始まったからだ。

 

「いつでもお側に」

「なにを?!ヒメコ、おまえ」


 呼び掛けではないし、混乱させようとするのであれば、こちらにも損害が出ていることになる。


「いつでも会いたい」


 武器の雑音に混じって声の奇妙な高低はなんだ。いや奇妙だというならこの感情の高ぶりこそ奇妙だ。雑とした音と声が魔力を通してでなく直接心に送り込まれてくるような、戦場に似つかわしくない高ぶりを、クキョならあるのかもしれない楽しいという感情まで、クマにとっての戦場とは無縁のものが響き渡っている。これがもしかすると強敵に出会えたみたいな喜びか、そうしたとき似つかわしくないとした聞いていて感じる安らぎは。


「これも、ナタカが、教えたの?」


 戦慄ではないのだろう、これは奮い立つ。せんりつを知らないから奇妙な、内部からの振動。クマは初めて聞く歌に聞き入っていた。ひめことれぶん、二人による壮絶で異様なケンカの終了楽曲を。


「たとえ離れ離れになる時が来ても」


 鎌に罅が入る。そこから漏れ出る魔力は霧散せずれぶんの体を取り巻く。キョジンのものか、彼のものが帰りたがっているのか。


「そんな未来が来ても」


 亀裂は檻にも、ひめこのマケンにも走る。これも競争だ。負荷のはやい方が負ける。


「わたしはそこにいる」


 それでも彼女は拳を放つ。打ち砕く。


(あれここどこ?ここはおねーちゃんに連れて行ってもらった?)


 小屋から出て行かされる間、コ・ネコのを見てたことがある。暴れているのは兄妹だからいいらしい。ケンカしてもいいらしい。兄妹なら。

 姉弟がすることなら最後にするから。


「いついかなるときでもあなたのお側に」


 鎌だけを砕くつもりだったのに胸にまで届いてしまったのがひめこらしい。吹っ飛ばされたれぶんはそのまま見知らぬようで馴染み深くもある天井を見つめていた。走って負けた時の青と見比べても、手を伸ばせば簡単に届いてしまいそうだった。すぐに立てそうにないのがまた、床の冷たさまで同じということだけが彼を孤独へと追いやる。天下の往来で寝そべる人間を他に見たことがなかったのだ。

 彼女はそこへも入り込んでくる。


「わたしはいる。あなたのお側に。れぶん、あんたが一番最初に覚えた言葉よ。ことば?おねーちゃんなんて言ったかしら?さくらをいっぱい褒めてたね」

「違う。あなた様、だ。前と後ろも混ざってる。アキに聞けよ」

「あら、そうだった?あんたもウタってたでしょ?」


 ひめこも倒れ込んだ。眠る時はいつもそうだったように隣に。


「あたしが寄り道付き合ってあげるわよ。それでいいじゃない?ね、おれ様?」

「バーカ。おれが言うことだよ」

「難しい言葉覚えちゃって。れぶんはいつまでもあたしと同じじゃないんだね」


 物覚えはさくらが一番早くて、れぶんとひめこはみんなから教えてもらっていたのはもうかなり前のことになるのか。もたもたしていたら時間の経過に置いていかれそうだ。


「お姉ちゃんの生誕のときには言えたじゃないか。みんなでやらないとダメなんだなヒメコは」

「あきにも言われた」

「おかしいよな。みんなもウタってた。聞こえたんだ。混ざってたのにおかしいよ」

「れぶん?」

「アキはボクよりお兄ちゃんなんだな」


 れぶんなら絶対に口にしないであろうことだ。けどこれはれぶんなのだ。ひめこの隣にいる男の子だったのだ。


「れぶん、あんた」


 激しく上下していたひめこの胸が止まった。体を捻じり全体でれぶんの方を向けるようになれば彼はまだ倒れたままだが、身体がそう見えているだけだ。ひめこは拳を立てた。


「ヒメコ。逃げろ。おれより速かったんだ。逃げてくれ」


 足裏が床に張り付いているかのよう、れぶんが膝を曲げて足だけで体を持ち上げた。ひめこにもできない芸当だ。遅れて彼女は嫌がる足をなんとか起き上がらせた。


「治してる?修復?」


 クマは手助けできずにいた。目が離させない瞬間を見届ける、マグの向上のためならどんなに良かったか、棒だけだった鎌が元の状態に戻っていく様を、何もできずに見惚れているだけだった。負の支配する黒き魔力の魅了にかかっていた。


「たりないっていうのね。いいわよ。それでこそれぶんよ。あたしも」


 れぶんに命令されれば反感する。頼みであってもおいそれといかない時もある。けれど悲しいかな、精神から魔力が離反しかかっている。魔力が再起しない。

 クマはせめてもとひめこの脇の下に体を潜らせた。


「言ったよね!これはケンカ!」

「けど」

「まだケンカしてるの!それだけなの!おとなが!子供のケンカに入ってくるな!」


 ひめこはクマを押し退けようとする。離れた際にお互いが軽くよろけてしまったのは、ひめこの優しさではない。明白に弱っての全力だ。対して修復完了後の向こうは全開のキョジンが待ち受けているであろう。忘れさせてくれなかったこの魔力。

 修復が完了するまではれぶんは動かないようだ。半端に殴るより少しでも休めた一発でいく。静かに呼吸しているひめこの周囲が赤青緑の光に包まれると、内側からも魔力が旺盛になってくる。こんな短い時間で回復する能力はマケンでもないし、きれいに発光する魔力も知らない。あるとすればそれは後ろにいるクマだけだ。


「ちょっと!言ったよね!おとなならさ」

「まだ、始まって、ない。だから、これは、無問題」


 睨む目に迫るは親指の腹。正に目と鼻の先、中央に陣取る指紋、その奥にはきたない顔があった。


「こっちを、勝たせる、ために、何でも、するのが、マグ」


 これまでの戦いでマケンには穴がいくつも空いており、何本かの指も落ちている。クマには武器としての役割がないと決定するしかない。戦場の代理指揮官であるマグがこんな状態のまま味方を送り出せるか。マグのクマにはできたとしても、姉のクマにはできない。

 教育に悪いとクマは隠そうとしたが、ひめこには口形でなく魔力で伝わってしまった。


「おねーちゃんに言ってやるから」

「ふふふ。お姉さんだから」


 また親指。なんなのこれ。頭も魔力も理解しないのに、体があったかいのは分かる。ケンカできる。


「マケン」

「そっちもいいみたいね」


 全体を六としたなられぶんは一か二。残りの声はキョジンのものなのだろう。とてつもなく不快だ。


「どちらが優秀か決めよう」


 抵抗はなくなった。乗り移りが完了した。鎌から立ち上る魔力は天井に着いた後全面に広がっていった。それはキョジンが作り上げた刈りのための狩場のようでもあった。そうしてケンカ対刈りが始まった。


「クキョ?!違う、けど近い?」


 戦ったからそう思うのか、シムのようでもある。一度の敗北が大剣を振り回すような戦い方に変えたのだろうか。鎌のことは野草刈りでも使用したことがなく知識もさほどはなくとも、実際に首を刈られかけているクマは違いを感じ取っていたが、知識人間のため、恐らくは似通った使用感なのだろうと結着した。


「ふぅ、ふぅ、ふぅ」


 戦っているひめこは違いどうのこうの、探している余剰は全部魔力に変換していた。そうでなくとも押されているのだ。残存する部位で受け返すのがやっとだった。


「なんで逃げてくれなかった?」


 聞き間違えることがあるか、れぶんの声だ。キョジンは敵を切ることにのみ全力を傾けている。もしかしたら精神的優位に立つために放置したのかもしれない。


「おまえにいてほしいんだ。ヒメコにいてほしいんだよ。ヒメコがいなくなったら誰とケンカすればいいんだ?こういう時くらい、逃げろよ」


 ひめこにはれぶんもがんばっていると、それ以外の択が不要となる。


「逃げてどうなるの?」

「ひめこは兵士じゃないだろ?兵士になりたいんじゃないだろ?サクラたちとお店やってそれでいいだろ?それでよかったんだよ、おれも。兵士になりたいって思ったから」

「逃げないよ」


 あたしまた逃げてた。けどあんたは顔をのぞきこもうとしなかったよね。喜びも怒りもしなかったよね。近くにいてくれたよね。


「あたしはもう逃げない!」


 この時を待っていた。こっちが緩めてやると、れぶんも力を抜く、その瞬間を。


『さあて!ジャマはいなくなったし、あたしも料理手伝うわよ!』


 拳を解き振りかかる刃を両手で掴みかかる。元々マケンには武器は必要がなかった。己の拳という武器を守るためとして生まれた。それが鍛冶職人らのちんけな誇りや受け継ぐべき拘りなんかで今の姿になった。


「やめろヒメコ!やめ、いいだろう受けて立つ!まずはその指切り落とす!手、腕、順に切り離してやる!最後にその首貰い受ける!」


 鎌から放出される鋭利な魔力が髪を舞い上がらせ、防御魔力から外れてしまった毛が切れる。頑張って伸ばしてきた髪とちりぢりの別れだ。

 けどひめこは手を離さない。離すのは家に着く直前なのだ。


「あき、ただいまって言うよ。さくらさつきしのぶ、今日はたくさん食べるよ。あとそこの、ええと。新しくできたおねーちゃん!」

「はい?ワタシ?」


 ひめこは顔を親指の代わりとしてクマに見せた。もう振り向かない。一人となったキョジンに、二人がかりのひめこが刈れようか。後ろにもまだまだ控えている。お城まで長かった距離があっても空より近い。星よりも輝いている。


「ボク、ぼくこそおれが、私こそ!主の最高傑作!」

「あたしは!あたしは」


 いろいろできないことが多いはずなのにやろうとする。お話もたくさんしてくれる。妹たちを笑わせられる。そんな人がすぐそこにいる。

 それはこわいこと?マモノと戦うよりも。

 それはすごいこと?すごいの!誰よりも、女王様よりもすごいの!

 喜んでいるところも、怒っているところだって、がんばっているおねーちゃんはさいっこうにかわいい。


「あんたは言えたよね。でもあたしの前で言ってほしくなかったな。しゃべっちゃったらシスさんが泣くから」

「ヒメ、コ?」


 マケンだからじゃないよね。同じ女だから。別に取られたくない男の子がいるからじゃないんだから。

 でもね?ぜったいに。


「あたしは負けない!このケンカはかわいくないのよ!」


 鎌が砕け、マケンも勝手に外れて落ちた。先程と異なり棒まで、形を保てなくなったのだろう、それは勝利を祝う光となった。マレン対マケン、現代での終止符である。

 だが二人の夜更かしはまだ続く。


「あたしはおねーちゃんに怒られることが決まってるのよ。あんたまで怒られることはないわ」

「うるせぇ。おまえはすぐどっか行きたがるだろうが。寄り道?こっちが付き合ってやってるんだろ」

「強い言い方しちゃって。それがれぶんなの?」

「かわいいって言うんならおれにかわいいって言わせてみろよ、ヒメコ」


 れぶんは見様見真似、ひめこは殴り方を教えているかのように殴り合っていた。

 キョジンの魔力はもうない。追突音はしても破れることもなく、当てているだけといった感が強い。決着がつくまでクマは今度こそ手出ししないことを決めた。このケンカは短いだろうから。

 マレンとマケン、両方が誕生した大昔。子供はこういうものであり、大人もそうであったのかもしれない。時代は良き方向に変わったのか、悪い方向なのか。この二人の結末は微塵も影響はないであろうが。


「これで今日もあたしの勝ち」

「おれは負けねぇ、よ」


 れぶんは前から、ひめこは体が半回転して背中から、ほぼ同時に倒れ込んだ。うつ伏せの右手の上に仰向けの右手が重なる。甲の骨がこつんと鳴り合わさった。ひめこの勝ちと判定したのは、彼女の手が裏返ったからだろう。


「ヒメコ、次は」


 ひめこは隠してもウソはつかない。少なくともれぶんの前では。多分。恐らく。


「そうね。次ねれぶん」


 だからの、ナタカが教えていれば指を切っていた。口のみで交わされたのだとしても、それは伝わったということだ。ひめこは漸く目を閉じることができた。



「終わった?」


 無責任な観客は終わり、クマは最速で寄った。止血のマグを取り出しながらだ。


「ホント、すごい、子たち」


 最後の殴り合いによるケガが大きなケガみたいだ。相互に庇い合っていたということだろう、たいしたことはない。治療に入る前に大きな息を吐いた。

 ナタカはどうだろうか?この子たちはマグで隠すとして急がないと。ナタカはスゴイけど、一人だと変なことすることもある。キョジンの時とか。アティスもそう長くは持たないかもしれない。


「起きた?寝てて、どうしたの?」


 れぶんは意識を失って顔面を床に突っ伏したままだ。肩は平時より荒いが呼吸できているようだ。苦しかろうからごろんと転がしてやろうとした時だ。ひめこが目を開けているではないか。


「ねえ?そこにいるよね?れぶん、いるよね?」


 夜眠りに就く。朝が来れば目を開ける。次の夜が来るまで何をしようか?料理でもしようか?出かけようか?今日もかわいい一日が始まる。


「いる。ダイジョウブ。寝ている、だけ」


 けれど朝は来ていなかった。



「ないよ。もったいない。そうだよね、おねーちゃ」

「ヤダ。ヤダ。ワタシおねえさん。おねえさんは、おねえさんは」


 最後に聞いたその人の声はおねーちゃんと同じかもっと。

 ああ、こんな人たちばかりだったら。

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