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魔理  作者: 新戸kan
さんぶ

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301/303

時を越えて

 マフの誕生前、その一族にはキノケッカという言葉があった。木を伐ってその地を人の住みかと知らしめる。人の領分を侵すな、マモノに対する警告でもあった。それはいつしか形を変えてマジュウへの対策に変わっていったのだが、この話の肝は歴史の裏に消えていった。



 あの人は、クキョは考えることはないだろう。筋肉と魔力の融合を成し遂げた特異なだけで、ほとんどの兵士がそうではないか。魔力に従う方が生き残れるだろうから。

 兵士ってなんだ?それじゃ普通の人間と変わらないんじゃ?

 相手の方が強い場合は複数でどうにかする、それが演習でのやり方。けど真に強い場合、数など意味を持たない。それでも兵士は戦いを強要される。

 考えないんじゃなくて考えたくないんじゃないか?魔力で負けていたら絶対に勝てないことを。あの人はどうなんだ?マフはどうだったんだ?なんでこんなこと考えるようになったんだろうな?

 私はどうして隊長に挑まないんだろうな?



『そんな。あの人が。あの人さえ現れなければ』


 子供心にこそ負は芽生えやすいのだろう。そこで悪事に走るかはその闇を照らしてくれる強烈な光に出会えるかどうか。彼女はその出会いこそが迷い道の一つに嵌まってしまった原因だったのかもしれない。


『すごい。あの人なら勝てる。ううん、あの人以外には勝てない。私はあの人に』


 いつからだろうか?初代の悲しみからだろうか?それとも間近のことだろうか?変化はどこが始まりだったのだろう?

 私にはまだ異性の魔力に引かれる感覚が分からない。

 望んだ部隊への配属が決まって、あの人と戦えるかもしれない。淡い期待、戦うだけなら別部隊で演習でできる。同じ隊に入る必要はない。何を望んだのだろう。

 戦えたとしてどんなことを考えるだろう。期待するだろう。その強さに勝つこと?負けること?圧倒的な強さに負ければしょうがなかったんだと言ってあげられる?強さって何だろう?

 最初の人にとって全くマジュウが怖くなかったから、だから家族を置いて城に行けたのか?取り巻く環境が自分だけ、特別だとは思えなかったのか?


 この力をどうしたかったの?誰のためだったの?

 

 おかーさんはどうしてあの人を選んだの?


 答えはどこにある?聞けば教えてくれるのか?眠たくなるような長い話で。




「ああああ!」

「女王様のお付きが。それしか言えないのかよ」


 さすがアイツらの毛で作った服だ。なんともない。

 と言いたいが何とか裁断されずに済んでいると言ったところか。コイツらの魔力が増している。


(抑えろ)


 ちょっとした緩みも許してくれない。訓練では複数を相手にする内容は含まれていない。糸の切れた絡繰り人形とは格が違うのだ。


「攻めないとは言ってないぜ」


 剣斧を振ってしまった、これはひどい言い訳だ。体が動いてしまった。魔力がそう命令したのか、当たったのが剣だったから良かったものの、体だったらどうなっていたか。剣と比べると弱くて脆い。


(戦いながらだ。戦いながら武器を変える、それがアタシの、アタシだけの戦い方だ)


 考えた。どうすればいいか。それこそ必死の中で考え抜いた。答えは見つけられた。


「マケンがあああ!」


 イコの剣が空を切った。軌道にあった剣部分が突如消えたからである。アティスが剣斧の形状を変化させていたのだ。


「どうした?オマエらも来ないのか?勝ちたくないのかよ!」


 彼女は両手で球を握っているだけでこの圧だ。それに負けることは許されない事情があるから三人も剣圧を上げていく。守りを捨てた攻撃力は女王に献上される品のようだ。


「やれんじゃないかよ!」


 ナタカのようには避けられないから、体で受けなければならない場合にのみ、当たりそうな箇所に魔力を集める。同じことを再現しろと言われてもできないほど集中していた。そうやって受け止めながら球を二つに分けた。


(同時にだ。片方ずつじゃない。同時じゃなきゃ意味がないんだ。サヤから取り出すように同時に)


 異なる形を想像する。平時でもかなり繊細な魔力操作だ。ここにきて精神を鍛えることの意味を知る。絶えず向かってくる剣の脅威、死への誘導、それらに左右されずに武器を成す。これが咄嗟にできるようになればそれ自体が強力な武器になる。第一歩のお披露目が敵の剣を止めた。


「初めて見るだろ?アタシもこの間が初めてだ。けど使える。ずっと見てたからな!」


 そこには右手に斧を、左手に剣を持つアティスがいた。師の想いと弟子の思い、共通の閃きにより誕生した彼女の専用武器、もう一つの形態である。それぞれをどちらに持つかは彼女の内意識が決めたことで、今後一層励むことができれば逆も可能なことだろう。


「ニトウリュウっていうんだ。一つ足りないが三人相手なら足りる」


 そうだ。アタシには剣が使える。それはきっと。


『あなた受けは上手いですよね?ほら片手で』

『いやそれより別々の武器を持った方がいいだろうって。シショ―もやってたろ?アタシの方が上だ』

『両手で満足に振れなかったものを片手で?百年早いです。生誕祭百回分です』

『そこまで言うかオマエ、シショ―は』

『最後まで言い切りましたね。悔しかったらこれまで以上に稽古に励みなさい。当面は受け専用です。半端はいつまで経っても許可しませんからね。大会でも使ってはいけません』

『そんなのいつ使うんだよ。使ってみたらできるかもしれないだろ。兵士は訓練で戦うんじゃない。実戦で戦うんだ』

『上手いこと言ったつもりです?戦いにかもを持ち込んではいけません。二刀流は許可制です許可制。技術的に難しいものだそうです。師の言うことは絶対です』


 許可してくれたってことは強くなったと認めたってことだよな。この場を凌ぐためだけのものじゃないよな。

 負が激情を盛り上げるように、正も魔力を高める。両方の魔力を合わせれば剣斧を上回るのではないか、制御の均衡が取れている。

 これにて形勢は逆転するか?否。アティスに彼女達は殺せない。街中での経験を引き摺っている。彼女が兵士として未熟だからではない。マフの魔力を引いた彼女だからだ。それでなくとも殺すことなどできようか。この三人は女王によって裁かれるべきだ。


「くあ!このぉ!言うこと聞けよ!」


 これが正解だったのか怪しくなってきた。三人を同時に相手にするから一人に集中するわけにもいかず視線が乱れる。当然受けも乱れる。にわかの二刀流、使えないと思い込んでいた剣に送る魔力が減少している。一部が崩れると、鉄壁にひびが入るようなもの。瓦解を防ぐため修復が急がれる。


(クキョさんの次にアイツに勝つのはアタシなんだ)


 クキョの剣は健在だ。ナタカもそうだろう。この三人とてレイセには敵わないのだ。


「そのアタシが負けられるか!」


 死ぬことが怖くないのか?いなくなることは怖いに決まっている。兵士も民も女王でさえも平等に与えられる恐怖のはずだ。


『すごい。あの人、どうしてあんな魔力で、あんな前に出られるんだ?私もあの人みたいに』


 初めて彼女の戦いを前にした時、目を付けたのはアティスだけではなかった。


『ほぉ。ほほぉ?オモシロい、実にオモシロい。あやつはクキョじゃな?ふぅむ』


 急死したマケン、次に選ばれるのは。三人ともがそう考えたのではないが、候補は三人の中の誰かであろうとは思っていた。魔力を認めあってのことだ。


『来たなクキョよ。お主をマケンとする。魔力、いやお主の思うがままに励め』


 別に悔しくはなかった。女王の側近も頻繁に入れ替わるのではないからマコウに値する。現状維持に努めれば家族共々安泰なのだ。

 けれど心に隙間ができた。役目に誇りを持っていたからこそ大きくは育たなかったが、言い換えれば存在してしまったということ。


『隊長戦じゃがな?特別枠を設けてはどうかと考えてるんじゃが?どうじゃヤシン?ダメか?固いのお主は』


 日に日にナディの声が高らかになる。傍にいなくても明らか。


『誰から聞いた?聞いていたなら話は早いがまあ、うむ。新しく部隊を創設することにした。レイセ、お主が隊長じゃ。断りは許さん。もう決めた。たまにはわらわのも聞け。だが他は聞いてやる。二人だけでも、増やさんでもいいということじゃ。ん?おおそうじゃった。もう一人というのは』


 異例を作ってまで持ち上げる。待遇されている、理由が欲しかった。


『イコ、ノエついてまいれ。演習を見に行くゾ。お主らも偶には外に出んとな。ここが狭いと思えるくらい、世は広いからな。わらわが行けばレイセも出よう』


 この時ばかりは選ばれし者が現れないことを忘れられていたように思えるのは他を見ても。あの女に関係する時は三官のおだても雑になる。

 マモノにも劣るのではないか?魔力は危険を教えないのにあの女の動向を留意する。戦ってみれば分かるのだろうか?けれど、もしも負けてしまったら?


『ケイすまんの。ここにずっと立っておっては退屈じゃろ?しかしここには大事なものがある。受け継いでいかなければならないものがある。お主のおかげで、何?始まる?あやつはどんどん強くなっておる。マケンに選んだのは間違いではなかった。時間のある時には見てやらねばな』


 話しかけて下さる、少しでも幸せだった。あの戦いを経験するまでは幸せでいられたのだ。


『どうして?どうして!当たらない、当たらないの!?』


 彼女はクキョの戦いを直接見たことはない。選ばれた理由には興味なかったのだ。今日もナディの部屋の前に立つ。それだけでいい。それは悪いことだったのか?悪いことだから警備を変わられたのか?


『あ、ヤシン様?いらしていたのですね。珍しいですね?ここはあなた様といえど』

『部屋の警護ご苦労様です。用はあなた、ケイさんに会っていただきたい人がいまして。その間代わりを置きますので会っていただけますか?』


 クキョのマケン決定にかなりの難色を示したヤシンは下にさん付けをするほどに変わられた。その人というのが内側から柔和に変えたのだろう。

 知ることは現在からの変化。変化は良くも悪くもなる。その場での返事は控えた。


『何を惑うことがありますか?あなたは選ばれた。女王様にですよ?ヨル様もあなたであるからお城を離れたのです。マコウを戴く以上の賛美です。否定しなさい。魔力こそ信じなさい。いいですか?あなたは選ばれた』


 迷いが、キナムトの言葉で隙間が埋まっていった。他二名も同様に隙間を突かれた。


「あの女さえいなければ。マケン、マケン、マケン」

「あ?マケンになれなかったのをクキョさんのせいにするんじゃねえよ。そんなんだからなんでか分からないんだ」


 マケンは常にこの世にいた。即ち全兵士の憧れといってもいい。その名を戴ければ誉の最高点。他のマコウがいなければ頂なのだ。彼女達の魔力ならば貰えた時代もあっただろう。それは自分にも言える。


「人のせいにすんな。自分のせいだろ。クキョさんは努力してたんだ。一緒に暮らしてアタシは知った」


 微かな魔力の乱れを感知して目が覚めた。風が強いと草木の揺れたことでたまにある。起こされたことに怒りを覚え外を見た。夜間警備の兵士以外はみんな寝ている時間だった。


「最初のマフだってそうだ。家族を守れなかったのは集落から離れた自分のせいだろ。マフとしての力を持ったせいじゃねえ。その使い方を誤ったんだ」


 最期の部分、少し前までは違う考え方だった。レイセばかり見ているアクラへの反感、反抗心から彼女を否定するだけの、子供の言い分。なんだかんだ言いながら親離れできない子供の。


「来いよ。全部受け止めてやる。その上で最後まで立っているのはアタシだ。アタシとあそこの剣だ!」


 アティスが指差した方には異常な振動があっても立ち続けるクキョの剣がある。床と垂直に、真っすぐに一本、彼女の生き方のようだ。

 有機質と無機質共に魔力は宿せども、生物の区別はつく。命令無視、三人ともが持ち主不在の剣を敵視、マジュウのように歯を剥き出しにする。ケモノと化している。


「マケンんんんン!私がいただくぅ!」

「相手まで間違うな!アタシがケイコしてやるって言ってんだよ!」


 そこからの攻撃は苛烈強烈凄烈。消耗させようとか小賢しい手段をアティスは使わない。消滅を願っているのでもなく、純粋に待ち望んだことである。


「そうだ!やればできるじゃないか!もっとだ!どんどん、どんと来い!打ち込んで来い!」


 三人には当然、アティスにも見えていないだろう。彼女と師が一つになった姿を。それは刹那のことであったから。構えが同じであれば、師と並ぶというものでもないのだ。

 剣斧の時はその長さもあって振り回すことで偶然の受けに使えた。剣と斧二つになって数が増えたように思うが、三引く二は一残るのだ。


(防ぎきれない。使い方が違うのか?シショ―の剣とは。刃が片方しかない理由がどうのって、そういうことか?)


 師の言うようには軽減されている。代わりに手数に対応しきれなくなった。武器の変更に加え、各々で繰り出されていた攻撃が今は連帯感がある。必ず一人は体に当てるよう二人が計算して動いている。そこにアティスの推測が合わさっていた。彼女は師の影響を受けすぎていた。


(抑えろ。魔力を抑えろ。コイツらに合わせるんじゃない。抑えろ)


 誓って過ちは犯してはならない。その教えに反するはきっと誰しもに備わっている能力、魔力による危機からの逃走欲求。アティスの内部で始まっているのはそれが引き起こす内部闘争。兵士の中でもマフは特に免疫が強いが完璧ではない。


「ぐ、ぐぅ」


 魔力が減っている。削られている。奪われている。こんなにも辛く苦しいことなのか。

 これをどのくらい耐え抜いた?朝から昼、昼から夜。一日?全兵士の魔力が尽きるまで?どれほどの数がいた?マコウは?数えられない数であることは間違いない。

 息は出しても声は出さない。弱い声が出る。一回出してしまったらもう止めようがない。コイツらと同じになってしまう。出してはならない。魔力の突破を待たずしてアティスは唇から出血していた。


「ああ!ああ!ああぁああぁ!ああ!」


 いつ終わるか分からないこの時間。何を考えていたのだろう?昔のこと、今のこと。これからのこと。

 楽になる。楽になるだろう。この状況に比べたらどんなことでも。そういう思いだろうか。

 初代が家族の生活を背負っていたように、アティスも背負った重さを忘れていない。


(勝つ。必ず勝つ)


 死んでいた。教えてもらわなければ。

 アタシにはこれしかできないから。こうやって耐えることしか。

 まだ生きているから考えている。

 アイツが考えることはなんだ?と。


(アイツは勝つ!)


 次に背後から狙ってきたのはノエだ。アティスも消耗からか、前面と後方、均等に魔力が行き渡っていない。前方の二人に魔力を割いていて後ろの魔力は薄くなっていた。


「アタシはあ!」


 魔力を断ち服が裂け皮を破り血と魔力が噴出する。そういう別の世もあったかもしれない。その世でもアティスは受け止め続けていただろう。魔力果てるその時まで。

 それは直接受け継がれた強い心と呪いのようでもあった想い。子は個では子になれない。


「が?!グルぁ!」


 奇怪な声よりも、いつの間にか新手が増えたのに心が和らいだのは何故だ。眼前の二人から外れてしまい向かうは己の背、そこに別の背中があるではないか。記憶に一番焼き付いている背中。ケイとイコにも偉大さが伝わり距離を取る。


「何をしている?ここでの戦闘は禁じられているはずだが?」

「アンタは?!」


 今世の彼女は一人ではなかった。この魔力、その終わり以外で忘れることがあろうか?その時が来てもきっと自身の最期の瞬間まで覚えている。


「どうやら危なかったようだな?カッコいいか。ふむ、悪くない」

「な、なんでここに?帝国にいるんじゃ」


 自分の鈍足は師やマソウやらで思い知らされた。現在の王国では、帝国にいるコ・ネコもいないのではないか。それがどうしてアクラがここにいる。戦闘中でもアティスの構えが落ちた。


「来るぞ」


 マフとはいえ一人増えただけで攻め気が失せるほど、彼女達の負は薄っぺらいものではない。向かってくるのならこちらから迎えに行ってやる、レイセとの戦いがアクラに強く影響していた。


「ま、待て!ソイツらは使われてるだけ」


 何のために耐えていたのか。魔力の髄まで兵士のアクラだ。敵対者は命まで奪いかねない。長きに渡って混じり合い、魔力の薄れが初代マフの意志を塗り替える。自分が変わったように人も変わるのだと、伸ばした手はアクラに届かなかった。まるで幼き頃の隊長戦のように。


「ふぅん!」


 両手に魔力が集中している。新たな斧から迸る魔力は怒りの感情。一切でも加減はあるのか。攻撃への完全移行。こうなっては斧は破壊の限りを尽くす。この切り替えも長年の変化の内だろう。


「ああああああ?!」


 アティスは動きを止めた。街で聞いた、頭の片隅に住み着いた声そのままで、また諦めたのだろうか。


『今回もアクラでしたね。私の最後の隊長戦かもしれないこの戦い、みな立派でした。アクラ、あの幼子はあなたの?私の娘もお願いね』


 相当古い記憶、思い出したのはあの人が現れる前の隊長戦でのアクラ。彼女の狙いはノエではなかった。


「武器を壊し戦えなくしてやればいい」


 ノエは両手を床につきケモノとなって項垂れる。彼女を見下ろす細長い目つきで、アクラはとある逸話を述べるものだから。


「初代のマフはそうして耐え抜いた。そんな話もある。大人になれば知る」

「そうかよ」


 焦っていたのがバカらしい。それこそ真実なのかもどうでもいい。いや、師に話せなくなったじゃないかと、後頭部を掻いたのがそれだ。強いものに憧れた、アティスの目が子供の頃に帰っていたのを無意識に隠すためのものでもある。


「あとの二人はお前がやれ」

「コイツらは変な強化されてて隊長格より。アンタもマグで調べるようにした方がいいんじゃないか?」

「たかが二人だ。それともそれは飾りか?二つもとはな。飾っておくか?オモチャのように重ねてな」

「は。言ってくれるよ。誰が。見せてやるよ!」


 敵を前にしてケンカ話とは負も体を叩く。同意思の元繰り出される二つの斬撃を剣と斧が止めた。二対二、同数に減ったのなら言い訳が言い訳でしかならなくなる。


「マケン。マケンは」

「クキョさんがマケンになったのは戦争がなかった時だ」


 自分には適さない、ムダに終わるかもしれない努力を続けた。


「私がマケンにぃ!」

「分かるよ。アタシもタイチョーが。いやアタシは忘れた。遠いんだよ。帝国も、昔も」


 剣と斧、使い勝手は似ているようで違う。受けには使えても攻めは練度が足りない。母を誇りに思っていた。敗北の積み重ねに今こそ応えよう。戦いの中で、アティスはアクラの前で進化する。


「あ?!げ、げんん?!」


 攻撃を受け止めた腕を横に広げ、二人の剣を大きく弾く。高々と上がった切っ先はどちらも同じ高さにある。握力が残り、手放すぎりぎりで剣は持ち直したが、アティスはその僅かな間に剣と斧を合体、剣斧に戻した。


「「マケンんんん、はあ!ああああああ!!」」


 ケイとイコ、二人にも負けられない誇りがある。伸び切った腕を意地で振り下ろそうとする。ぶちぶち、何かが切れる音、最後の一振りになろうとも止まらない。

 アティスは嬉しそうにした。それでいい。ホントに守りたいのなら魔力を尽くせ。使われるんじゃない、使ってみせろ。アタシもこの魔力を否定せずに使う。


「タイボクダン!」


 命を奪うことはしない。遊びでもない。空いていたのは胴、狙っていたのは武器なのだから、真正面から受けて立つ。


「うああああ?!」


 アティスの硬い魔力を叩き続けたこともあるし、何も考えず剣に魔力を注ぎ続けた結果でもある。アクラも見通し、三人の剣はもう限界だった。軽く当てただけでも粉々になる。それでもワザを使ったのは彼女達に送る言葉だ。


「私の、私のぉ」

「私のものだ。私のものだ」

「そばに、お側にいさせてくださいぃ。私はあなた様の。ああナディ様ぁ」


 みんなナディ様。そういうお人ならアクラやレイセ、マコウを傍に置くのが一番だろうに。分かっているようで分かっていない。アティスは哀れみを目蓋の裏に押し込んだ。

 三人が集って床を這い、かき集めるのは砕けた剣だけであったのだろうか。もう戦意はないだろう、惨めな敗北者にこれ以上の罰はいらない。勝者は状況の交換をする。


「なぜアンタがここにいる?代理がコ・ネコを送ったのか?それで戻ってきたのか?どうやって?コ・ネコが帝国にまで避難したのか?」

「私だ」

「コ・ネコじゃないのか?なら?」

「あの男はいい男だな」

「は?ジョウダンだろ?あのヤロウが?」

「王国が何かおかしい。至急戻った方がいいとな。ナディ様は?王国はどうなっている?これはなんだ?」

「やった後で言うのかよ」


 アティスが説明している間、回想するとしよう。あれは大会が強制終了した後、ヤシンとの対談を終えたシンブの元に兵士が慌てた様子で駆け行ってきた。彼女はシンブの命を受け情報収集に走る、密偵の役割を兼用していた。


「王国が黒く覆われた?どういうこと、いえ。よく戻りました。領内に入っていたらどうなっていたか分かりませんからね。あなたは引き続き監視を。遠くからですよ」


 王国内部の情報は、キナムトが起こした陰謀はシンブには掴めていなかった。それ故に彼は考えた。関与するか静観するか、どう行動すべきかと。結果彼はアクラを呼んだ。場所は帝国城の入り口である。勿論人払いを済ませてある。


「緊急事態のためこちらでの対応をお許しください」

「任務がある。早く言え」

「夜間への引継ぎはこちらでしますよ。私も正確なことは分かりませんが王国でタイヘンなことが起こっているようなのです。私も初めて聞く事象でして」

「なんだと!?ナディ様、帰国された後ではないか!こうしては」

「お待ちを。分かっておいででしょうが帝国は」

「どうでもいい!コ・ネコを出せ!私が行く!」

「コ・ネコはいません。あちらから来ていないのです。彼らの魔力がキソウさせたのでしょう」

「きそう?他にないなら」


 次に速いものを選ぶ。シンブはナディを羨ましく思えた。アクラがこういう人物だからこそ彼女を呼んだのでもある。


「武器の準備を。何も持たずに戻られるつもりか?戦いになれば」

「マーツがある!」

「城内では使えないでしょう?あなたにはね。それに武器を経由してこそその力も生きるのではないですか?」

「なに?お前は」

「我が国の工房へ案内します。斧の一つや二つあるでしょう。あなたに使えるものがあればいいのですが。誰か彼女を。私は私で確かめたいこともありますので、こちらにお戻りください」


 言われたようにアクラは戻ってきた。自前の斧よりは小さくなろうがしっかりと堅く結びついて。


「お待ちしていました。こちらです」

「随分と集めたな?」


 案内される道中、兵が道の横を固めている。帝国の重要な場所である、大仰な用意がそう言っているようなものだ。アクラにも帝国の転送塔へ向かっていることが窺えた。大量の兵士はその魔力で道順を覚えさせないためだろう。慎重さよりも転送の使用という決断に感謝し、目を閉じ全身でシンブの魔力のみを追うことにした。


「転送が使えなくなっている?どういうことです?マグが消滅?警備は何をしていたのです?誰も来ていない?」


 人を一瞬で遠くの地に運ぶ。人知を超えた発想を可能にするマグは一回の使用が限度である。帝国に設置されたマグは戦争前に王国から寄贈されたもの、一度も使われずにいたものだ。マグに消費期限があるなどとそんな言葉はない。警備の兵も信用厚いものしか置かない。マグの消えた設置台に残るは謎と謝意、それと新たな決断だ。


「申し訳ありません」

「いやいい。今は王国に戻る方が、走ってでも」

「いえ謝ったのはそのことではありません。転送を禁止しておいて研究していたことに関してです」

「なに?それは新たに作ったということか?」

「はい。ただ魔力を必要分集めるのに時間がかかる。全く王国のマケンは優秀ですね」

「それでは意味がない!ここまで来て。走る!」


 走り続ければ夜中に着けるかもしれない。大昔の記憶まで受け継がれているかのように急く。魔力が騒いでいる。守りに関して当時のマフは最強であった。その力を使えずして何がマフか。

 意志の固さではマコウもマフも、女も男も関係ないようだ。


「コ・ネコがこちらに来る可能性もあります。休むことも兵士には大事なことではないですか?ナディ様にはイェカ様も付いておられるはずです。あの方も強いお方です。信じてみては?」


 シンブの手は入り口を塞ぐよう兵士に命令している。恐らくは外の兵士にも。総勢でもアクラを止められないと分かっているだろう、この聡明で冷静な男には。


「分かった。終わったら起こせ」


 マソウが、レイセがナディと戻っているはずだ。それならば最悪はないか。アクラは魔力を休めることとした。

 シンブは見抜いていたのか大会での消耗を。アクラの眠りは深かった。


「礼を言う」

「起こすのを忘れるほど時間がかかりすぎてしまいました。走ったのと変わらないくらいにはなるといいのですが」

「お前も寝ていないのだろう?昨日のままだ。判断は正しい」

「私は行けませんので。兵士たちも。せめてシムさんだけでもとは思うのですが、これが悲しいことに政治なのですよ。難しいでしょうが転送も内密に」


 アクラは斧をマグに向ける。アティス、レイセとの再戦を今すぐにでも始められる鋭さで。


「送れ」


 眼前に刃がある。演習にはない実戦の現実を突き付けられてはマグは竦むしかないだろう。シンブはアクラの行為に感謝した。


「送りなさい。この人を止められるとしたらマケンだけ。彼女を呼ぶには時間がかかる。そういうことですよね」

「ふ。ここでの任務は失敗だな」

「いえいえ。お待ちしてますよ。あなたほど頼りになる人はいませんから。娘さんにもどうぞ」


 男の名を知らない。アクラがはっとした、時すでに遅く、とんまな顔をシンブに晒してしまったのだった。


(帝国一だというマグがこちらの転送が作動した後だと言っていたがそれか?何を送ったのだ?フウマがどうたら)


 一方通行でも転送が作動した。帝国産のマグが優れていたということだろうか。終わりはどうでもいいから考えても始まらない。


「それよりもキナ、誰だ?上に一緒にいるのか?」


 信じたくはないのだろう。レイセがあろうことかナディの敵側に回るなど、幾度となく対峙した魔力がなければ悠長に話を聞かず馳せ参じていた。


「予備があったんだな」

「これは、彼女が残してくれた。あいつが持ってきてくれていた。彼女が選んだあいつが」

(アイツ、彼女。そういやあの兵士、あの人と名前が同じ?)


 ありふれた普通の両刃斧、持っている手がどこか優しい。前のとは扱いが段違いだ。

 アティスが注視していた手は決意を新たにしたようだった。


「こんな話をしている時ではない。ナディ様をお助けせねば。なんだこの剣は?高いな。体を出せ」

「人を机にするつもりか?上にはシ、アイツが行ったよ。おい、触るな。崩れるだろ」

「上に行っただと?二人の魔力ではどちらも奴には勝てないだろ。早くしろ。私が行く」

「二人だあ?なんだ?隊長格が上にも?いやそれ以上?え、代理じゃない?誰だこれは?」

「お前もまだまだだな」

「ウルサイ!アンタも周りを見ろ!」


 周囲にあるのは敗者の姿だけだ。他人であればレイセの魔力ばかり追いかけるアクラを注意しての言動だと考えるだろう。魔力とは便利なようで不便、不便なようで便利になる、そんな関係がある。


「おい。お前に教えた奴はどうだ?」

「悪いな。隊長に負けを付けちまってよ」

「そうか」


 この広間に通じる全ての通路からぞろぞろと出てくる兵士。一人一人は大したことないが数がいる。


「これでは暫く斧の修復はできんな」


 アクラはこういうとこがある。アティスにも一瞬では何のことやら、シジカのことと分かると、にやりと笑う。言葉にすると様々な意味を持ち、人によりけりで形も変わろうが、二人のそれは剣斧のように一つとなる。


「ああ。アタシも大事に使わないといけないな」


 解けていく。長い時間をかけて固まったものが解けていく。氷があれば氷解という言葉が生まれていたであろう。二人揃ってだから一氷二解か、二氷一解。この二人ならどうでもいいか。


「彼も会いたがっている。たまには帰れ」

「こんな時に言うか。でもまあ、そうだな」


 たぶん、アタシの魔力の半分はきっと。


「彼女には悪いがどっちが多く仕事を増やせるかな?言っとくがアタシは負けないぜ?かあさんにもな!」


 六部隊全ての兵士がいるんじゃないかって数だ。数えたことのない数字なんて思いつきもしない。それでも親子による武器狩り勝負が始まった。


 親子は笑っていたんだ。誰もが親子だと疑わない。光となって消えていく武器の魔力たちの中で。

 この騒動が終わればまた兵士の行き来が再開され、空気が流れるようになる。魔力が還る。先に還った魔力と一つになるだろう。


 笑っていたんだ。覚えていなかったのだろう、不器用に。最初のマフになった彼女も。親子とそっくりに。


素敵な聖誕祭を。

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