かぜとともに
色彩が正しく認識できず、霧が出ているようにはっきりと辺りが見渡せない空間。
木の板が敷き詰められた床の上に裸足で立つ男女。二人からは湯気の様に熱気が放出されていた。二人の距離は互いの匂いが香るほどだった。
肩が上下するたびにそれに合わせ揺れる竹刀。脇に抱えられた面防具からも長年染みついた歴史が香っていた。
男の方は時折視線を彷徨わせていたが、女の方は一点に集中していた。会話が弾むのか、つむじの後ろ辺りで括られた女の髪が馬の尻尾のように揺れていた。
二人の熱を冷まそうと気持ちの良い風が場を行き来していたが、彼らの熱は一向に冷めなかった。
「―――はさ、もっと素直に見た方が良いよ」
それって私がひねくれてるってことですか?
「ほら、目に見えるものが真実とは限らない、だろ?」
なんか矛盾してませんか?
「んー、―――にもそのうち分かるよ」
そういうものなのですか?あ、そうだ。――――!今度一緒に…。
「いいよ。偶には飴がないとね。それより―――、ここ、隠した方が良いよ」
――え?……きゃあ!?――――ッ!どこ見て――――
夢を見ました。多分、毎晩のように見ていた同じ夢。
相手の顔は霞がかったようでよく思い出せないけど、今までと違い他のことははっきりと覚えていた。
何だろう、あの夢?ずいぶん昔のことのように思うが、相手の人が言っていることは今でもよく分からない。
―――一つわかることは、私のあの男の人のことが……。だってずっと見てたから――――
「おじいさん、ありがとうございました!」
私の顔は今の空のようにすごく晴れやかだった。
なんかスッとした感じ!
「おい、ナタカのヤツ、何かあったのか?ずいぶんとアレだな?」
「ん、いつもと、違う。きっと、アレ」
「そうだな。アレだな」
二人がぼそぼそ話している。それも遠巻きに見ながら。
私一人だけが違う空間にいるようだった。
そこに巻き込むために私は二人に駆け寄り手をつなぐ。
「さぁ、帰りましょう!」
そして駆けだそうとして、忘れてたと踏みとどまり振り返る。
「おじいさん!また来ますね!」
私の言葉に、おじいさんは笑顔で手を振り答える。
「アタシはもういいよ…。それなりに楽しめたが、ここには刺激がない。まだ王都で演習してる方がマシだ」
「ん、ここ、遠い。あと、眠い」
「えー、それじゃ…」
ワイワイと騒ぎながら帰っていく三人を見送る老人。
そして、一人になった後、空を見上げ呟いた。
「のう、フウマよ…。これで良かったのか…?」
その声は誰にも届かず、風とともに消えていった…。




