くもりのちはれ
見上げれば、まだまだ青さが残る空。余裕をもって到着できたのも、クマさんが私たちの歩幅に合わせ歩みを速めていてくれたからだ。そのせいか彼女は膝に手をつき、荒い息つぎを繰り返していた。
「やっと着いたな」
クキョさんがそう言うほど長い道のりだった。危険な夜間や食事以外はほぼ歩き詰めだったからだ。
私も、ホントいろいろあったなぁとしみじみ思う。主に服が。
こういう風に考えられる辺り、体力はかなりあるんだなぁと再認識する。
しかし、里とは聞いていたけど、木で作られた家が2…、いや3軒かな。一族の家族だけが住んでる感じなのかな?
人の気配が感じられず、里全体から寂しさが満ち満ちているようだった
私たちが里の入口でキョロキョロしながら突っ立ていると、一人の老人が現れた。そして木の棒を杖のようにし、胸のあたりまで伸びた髭を触りながらにこやかな笑顔で私たちを出迎えた。
「ようこそ、いらっしゃいました。王国の方々」
彼以外では初めて見る白髪の男性。王都ではお年寄りにも見受けられなかったのだが、その容貌からお年の方とすぐに分かった。
「アタシはクキョだ。そんで…」
クキョさんが対応する。そして私とクマさんを見て挨拶を促す。
「…クマ」
クマさんに続き自己紹介する。こういうとき、名前があって良かったなって思う。
私が自己紹介している間、おじいさんは私をずっと見ていた。
「失礼。ワシは子に名前を譲ったでな。好きに呼んでくだされ。ささっ、立ち話もなんですからワシのうちへ」
他の人もそうだけど、この国では名前に固執はしないみたいだ。その環境にいたせいで私も名無しであることに疑問を抱かなかったのだろうか?
おじいさんに案内され家へ向かう。
ここには家以外は何もない。畑も井戸のような水場も、すべてを森の恵みだけで賄っているのだろう。
家の中も生活に必要最低限なものしか置いてないって感じだ。
「他のものはみな出払っておりましてな。大したことできませんで」
「いや、構わない。さっそくだが、ウチの女王様の…」
クキョさんが言い終わるより先に、おじいさんが口を開く。
「姫様の婿君のことですな。心配なさるな。時が来れば、必ず姫様の前に現れましょう」
なんかお見通しって感じがする。クキョさんもそれを分かっているようだった。
「んじゃ帝国は何故戦争を仕掛けてきた?向こうの女王は魔力の封印を解いたのか?」
「ワシらは一切関与しておりませぬので…」
「…何故アタシらを呼んだ?…いや、コイツを、ナタカを呼んだのは何故だ?」
え?私が呼ばれた?どういうことなの?と二人の顔を見る。
クマさんも何故しゃべったという顔でクキョさんを見ていた。
少しの沈黙の後、おじいさんが私を見つめて言った。
「ナタカ様がこの地を訪れるのは、先に『決められた道』ですので」
……決められた道。
「じゃあコイツが記憶を失ってるのは何故だ!」
少しの怒気を含みながらクキョさんが尋ねる。
「…それは分かりませぬ」
本当に知らない、分からないといった顔だ。だがすぐににこやかな表情に戻る。
「ですが道を示すことは出来ます。帝都へ向かいなされ」
帝都?今戦争している帝国の?
「じじい…!ついさっき戦争中って言ったろうが?!」
爆発寸前で今にも掴みかかりそうなクキョさん。クマさんがその小さな体を目一杯使い彼女を止める。
だがその様子を見てもおじいさんは冷静を保っていた。
「重々承知しております。ですから後日、里の者を一人王都へ遣わせます。その者が安全に帝都まで送り届けてくれるでしょう」
「…罠じゃねぇだろうな?」
「ホッホ、ワシらがアナタ様方を罠にかけて得をしますかな?」
クキョさんは意見を求め、抱き着いているクマさんに顔を向ける。
「ん。そんなことしても、意味、ない」
彼らはその能力のおかげで王家から優遇されている。望みさえすれば大概のものは叶うのだ。
おじいさんは土で茶色く汚れ、所々穴の開いている服を全く気にせず着ている。服でさえもいらないということだ。
クマさんの言うことはすぐ信じるようで、クキョさんは納得した。
「このことはタイチョーに話して決める。すぐ帰るぞ」
もうここに用はないといった感じで急ぎ帰ろうとする。慌ててクマさんも立ち上がった。
「待ちなされ。今宵はもう遅い。家を一つ空けております。お泊り下され」
クキョさんは私たちを…、座ったままの私を見て決めた。
「…分かった。言葉に甘えさせてもらう」
私はずっと考えていた。
私はまた、誰かが作った道を歩いていただけなのか…。
夜、寝付けなかった私は風にあたるため、外に出ていた。
空を見上げるが、曇っていたせいで星は見えなかった。初めて見る曇り空に何の感情も抱かず、ゆっくりと流れる雲をただボーっと眺めていた。
記憶が無くなる前からずっと迷っていた。それだけは分かる。他の人間が作った道を歩くことに抵抗を感じていたのも、その迷いのせいなのか。
誰かが作った道を歩く…、それは記憶を失くしても変わらないのか…。
物思いにふけっていたら、誰かが近づいてきていたのに気づかなかった。
「ナタカ様、眠れないのですかな?」
おじいさんがにこやかに話しかけてきた。そして笑顔のまま…。
「ナタカ様、迷いなさるな。止まることも、そしてそこから歩き始めるのも、それはご自身の意志」
…止まることも、歩き始めるのも自分の意志…。
「帝都へ向かうかどうかは、ナタカ様、アナタが決めるのです。この地ではアナタは自由なのですから」
自分で…、決める…。そして…、自由…。
「ほっほ、外は冷えます。今日はもうお休みになられるがよろしかろう」
一人になった後、再度空を見上げ、自分に問うた。
(私は…何をしてるんだろう?あの時私は決めたはずだ。自分にできることをすると。押し付けられたわけではなく、他に出来ることがなかったからという理由からでもない。自分で決めたんだ。自分の意志で…)
暗い雲で覆われていた夜空がいつの間にか晴れ、星の光が私を照らしていたのだった。
次回ですが、2つに分けたら片方がムッチャ短くなったので同時にageます。




