まぐのたたかい
今日はもうゆっくりするとクキョさんが決めた。そこまで急ぐことでもないということだ。
「つーことでな、みんなで食材探しに行くか!これも経験だ」
三人そろって食材探し。そこでさっきの音を思い出した。
「私たち、川に沿って移動してたんですよね?」
横になっていた時に聞いた川の音。その音量からここから近いところにあると推察した。
「まー、川っていう割には小さいけどな」
王都の近くには大きな川が流れていると聞いていた。その支流ということだろう。
昔から街の繁栄は川の流れと共にあるようだから、人里離れて住むフウマさんもその習わしに従っている――ということかな。
そこで本題です。水がある。すなわちそこで生きる生物がいる。魚がいる!
王都ではお魚が食卓に上がることはなかった。米や芋といった主食もなく、お肉とお野菜ばかりだった。
街を探索していた時、クキョさん邸の裏庭のような広大な土地はたくさんあった。けれどもそこで何か育てているようには見えなかった。
おそらく、狩猟や採集のみで街の台所を満たせているのだろう。でもそこに魚は入っていない。大きな川が近くにあるのに。
無いと分かっていても可能性があれば食べたくなるのが食欲。ここは提案するしかない。
「お魚は取れないんですか?川あるんですよね?」
クキョさんの顔がぱあっと明るくなる。彼女とお話してた時によく見ていた顔だ。
しかしそれに対する私の反応は違った。
「おさかな?なんだそれは?」
まさか存在しない?クキョさんが知らないだけ?
確認するようにクマさんを見るが、彼女も知っている顔には見えなかった。
悲しみの事実に落ち込んでしまい、呪詛のようにぶつぶつ呟く。
「…おさしみ……しおやき……食べたい…。みそに…につけ……食べたかった…」
「…相変わらずオマエは楽しいな。……あーそうだ。危ないから近づくなよ。特にオマエはな」
「ん。これは、決まりごと。兵士以外は、無闇に、立ち寄っては、ダメ」
私がケモノのように川に飛び込んでお魚をすくい上げるとでも思っているのだろうか?…昔はしてたような気がしないでもない。いやそれは間違ったものに違いない。
都合の悪いことは記憶の手がかりだとしても即座にしまい込む私なのであった。
気を取り直し、三人で食材探しを再開する。膝辺りまである草をかき分け注意深く探す。
この辺りは豊かなようで一度草をかき分ければ、2、3個は木の実が落ちていた。胡桃のように硬い殻に覆われていて、この国では屋台で見ないことは無いほど一般的なものだ。食感も似ていて、このままでも食べられる。これをつぶして練って焼いたものが木餅?だ。そのままでも良し、甘いたれをかければ子供のおやつにもなる。食卓には欠かせない食材の一つだ。
「魔具って便利ですね。これっていつごろから使われてるんですか?」
「100代前、くらい。効果が、増えたのは、ここ、数代」
「それで生活がかなり向上したって話だ。確かにこれがないことを考えると不便だな」
今この時もクマさんの魔具が役に立っていた。虫や小型のケモノ避けだ。強めの魔力を発し危険だと思わせるのだ。これは予め発動させていればいいので私でも持ってるだけでいいものだった。寝るときにも敷き布の下に置いておくらしい。
その防虫魔具をクキョさんはかざす様にして見ていた。その顔は機械に不慣れな老人と同じものだった。
「……戦いにも使われているんですよね?」
機械もそうだ。その便利さ故に争いの道具に変わる。
その答えを教える。クマさんがそう目で言って遠くを見ていた。
鳥たちが異変を知らせるようにギャーギャーと鳴き叫び飛び立っていく。その数の多さで枝が揺れ葉が舞い散る。見た目が愛らしい小さなケモノたちも必死の形相で巣穴へと戻っている。食物連鎖の下位にいるモノたちが騒然としていた。
「…マモノ」
「ああ、見たことないヤツだな。これはやるしかないな!」
戦闘大好きっ娘の血が騒ぐのか、クキョさんの気構えが早くも戦闘態勢に入っている。クマさんはいつものことと気にせず、観察を続けていた。
木の隙間を縫い現れた――二人の視線の先にいたモノ。その姿は昨日クキョさんが捕まえたケモノと同じように見える。長い舌をちょろちょろと動かし、飛び出た目をぎょろぎょろ動かし、エモノを探している。
かなり距離が離れているためか、こちらには気づいていないようで、私も目を凝らしてその姿を確認する。彼女らが魔物と見分けた要因かは分からないが、その魔物は如何にも硬そうな体毛で覆われていた。ヤツが歩き、その毛先が触れるごとに木が傷ついていたのだ。
クマさんがマグを取り出しマモノに向けかざす。二人はそれを見て頷き合った。
「…なんだ。大したことねぇな。物珍しいだけか」
「ん。これなら、必要ない。けど…」
「そうだな。それも経験だ。いいか、ナタカ?よく見とけ!」
それを合図にクマさんが袋に手を突っ込む。出てきた手に挟まっていたのは三つの魔具。それらをクキョさんの足元に投げつけた。そして先程と同じように手をかざし身構えた。
しかしクキョさんの見た目に全く変化が無いように見える。筋肉が盛り上がったとかそんなこともない。
「見えないからな。ほら。説明説明!」
クキョさんはクマさんに説明を促す。普段なら不満顔を見せるクマさんだが――魔具のこととなると身振り手振りを交え一生懸命説明を始めた。
「今、赤、青、緑の、魔力が、包んでる。赤は、魔鉱に流す魔力を高めるためのもの」
徐々にその口が饒舌になる。集中してないと聞き逃してしまいそうなほどだ。
「青と緑は体を巡る魔力を高める。これが基本の三つ」
言い換えれば、赤は攻撃、青は防御、緑は素早さということだろう。見えないからどのように体に纏っているのか分からない。
「火みたいなもんだな。効果はえっと…」
「光が弱くなる。そうなってきたら、また、使う。だから、前もって、使うことは、ない」
効果時間があるみたいで、敵の動きだけでなく味方の動きにも気を配って、戦場を動き回らなければならないそうだ。
説明は以上のようで、クマさんの語りはいつもの設定に戻っているようだ。設定と認めている私も私でしょうか?
「後はアタシの出番だな。ここで見てな。目、離すなよ?」
いつの間に用意してたのか、背中の大剣に手を掛け駆け出した。その後に続くようにクマさんも走り出す。
速い!戦った時とはまるで違う!これが魔具による補助…。
木の間を疾風のごとくすり抜けていく。その速さでもって瞬きをする暇もなく接敵するクキョさん。魔物はその速さに反応できていなかった。彼女が飛び掛かり一太刀浴びせるまで微動だにしなかった。
終の叫びを放った後、大きな音を立てその体を横たわらせる。クキョさんが剣を背中に収め振り向いた時には、その姿はこの世界から消えていた。
私も駆け寄り、互いの中間点――8丈ほどの位置で合流する。
クマさんはまだ魔物が倒れた地点にいた。そして何か拾い上げている。
彼女はぺたぺたとぺんぎんの様にのんびりとこちらに向かってきていた。
「これが、敵に、使う、マグ。同じように、三つ、使うけど、今回は、一つ」
「あまり何回も使えないらしいな。節約も大事ってことだ」
「使ったのは、青。下手な、マグは、時々、間違える。そうなると、効果が、消えるまで、大変」
「コイツみたいなヤツは滅多にいなくてな。別々に持たせることが多いな」
魔物に使ったのは体に回す魔力に影響を与えるもの――防御力を下げたということだろう。
それに上書きが出来ないってことだよね。間違って相手を強化しちゃったら戦況が大きく変わるかもしれないし。
でもさっきのを見ているとそれは当然の処置だと思う。それほど魔具の力が大きかった。
「戦闘だと真っ先に狙われるのではないですか?クマさんは大丈夫なの?」
それほどの力を戦術上無視するわけにはいかない。彼女の体を見ればどうしても心配になってしまう。
それに悪意は感じなかったのだろう、彼女はにっこりとほほ笑んで、
「問題、ない。危ないときは、逃げ回る。さっきの、見てた、でしょ?」
いつものように親指の腹を見せる。そんな彼女の頭に壊れ物を扱うように優しく手を乗せるクキョさん。
「大規模な戦闘では当然護衛をつける。アタシらは少数だ。だけど、問題はない。な!」
二人、顔を見合わせ、ニッと笑顔を交わす。それを見て思わず嫉妬してしまった。二人の間にはそれほどの信頼があった。
(クマさんは予め魔具を使っていたのね。それでクキョさんの後をついていけた。あの速さで戦場を動き回られたら、それを下手に追うのは危険…)
二人に対して沸き上がった感情を申し訳なく思い、それを消し去るよう思考する。
二人が長い時間かけて築き上げたものだ。仲間として、友として…それを私は――――
二人が私の手を取る。満面の笑みをたたえて――――私もその一人だと言うように。
そこに言葉はいらなかった。彼女らのぬくもりがそれを伝えてくれた。
「よし!距離的には明日中に着けそうだな。さっさとメシ食って早めに寝るぞ!」
私とクマさんは空いていた手を天に突き上げ、おーと笑顔で返事するのだった。




