あかし
時々見える空の青さが辛い。目に染みる。
ここへ来てから早半月程?雨どころか曇り空さえ見ない。雨が降らない地域なのだろうか?
それにしては周りの木々は青々と茂っている。地面も乾季がある地域で見られる地割れがない。歩いている場所も道という道ではなく、草が生い茂っている。
たまたま降らないだけなのだろうか?
クマさんがいるので聞いてみればよかったのだが、今も眠気が私を襲っていて、思考力を奪い去っている。二人について歩くのがやっとだった。
昨晩は全く眠れなかった。原因は昨日のアレ――――ではなかった。
最初は拒絶の理由を考えていた。けど、思考に脳を使った結果、別のことが気になりだしたのだ。
今までは全く気にもしていなかった。疑問に思わなかった。生きるために息を吸うようにできて当り前、そう体と頭が捉えていたから。
それは……クキョさんや部下さんと戦った時のことだ。
刀を振るったこと?それは剣道の構えを取ったことから、剣道をやっていたと結論付けた。
攻撃ではなく防御――――紙一重で躱した見切りだ。
自分のことは覚えてなくても他のことは覚えている。その私の知識だと、見切りは武芸の達人の技―――どちらかというと創作物で使われることが多いと思う。
果たして剣道をやっていたからと言って、そこまでできるものだろうか?達人級の腕前だった?それでもあそこまで躱し続けるのは困難なことでは?
――どうしても否定的な考えしか浮かばなかった。
この辺りもかなりの高齢であろう木々に囲まれ、陽射しが地面まで届くことはあまりなかった。しかしちらほらと日が差し込む場所がある。
そこへ差し掛かった時、暖かな光が私を襲う。正常であれば問題ないが寝不足な私にはその光は強烈なものだった。
「…うっ……」
頭がクラっと揺れ、そのまま意識を失った。
小さな子が見える。ぼやけていて顔はよく見えないが、手には子供用の竹刀を持っている。遠近感がつかめないせいか、いくつくらいの子かは分からなかった。
その子は一心不乱に竹刀を振っていた。
周りの子が無邪気にボールを追いかけていても――――
おもちゃのお茶碗片手に未来を演じていても――――
日が赤く染める中、母親と仲良く手をつなぎその日の献立を語らっていても――――
全く見向きもせず、ただひたすらに竹刀を振っていた――――
小――頃から、――――ぐことを決め、と―――やあ―――もそれを喜ん――――
子供なが――――がんばっ――――ばって――――3――日毎日毎日――ずに――――
周――――んな目――――てい――、自――――たことを貫いて――――
努――て、努力――、――して…………。
そうだ、私はずっと努力してきた。それが実となり根を根付かせ、芽吹いて咲き誇ってる。ただそれだけだ。
私は自分の努力を否定するの?そんなの――――
お天道様が同情しても私が私を許さない!
―――これは私の証だ!
優し気な水のせせらぎが聞こえる。とても穏やかに流れている様で、それに合わせているみたいに小鳥たちが鳴いている。
とても静かな森――――そこにいるのは危険なマモノやケモノだけ。そう思っていたけど―――耳をすませば聞こえてくる様々な生き物たちの共演。
それは何とも心地の良いものだった。
ゆっくりと瞼を開けると飛び込んでくる若々しい枝葉の緑。眩しい空の青さとは違い、その青々とした緑は私の眼を癒していた。
「…よう、目が覚めたか?体は大丈夫か?」
心配してる優しい声。彼女が時折見せる優しさ。
横になっている私の傍に腰を下ろし足を延ばしてくつろいでいるクキョさん。
態度と言葉に込められた想いが合っていませんよ、と優しい笑みがこぼれる。
「…私は?」
なにがあったのか思い出せず、それしか言えなかった。
「急に倒れたんだよ。新手のマモノの仕業かと思って、焦ったぜ。―――アイツがな」
そう言って彼女が向いた方を一緒になって向く。その視線の先からプチっと何かがキレた音がした。
「それは、ワタシだけじゃない!何言ってるのか意味不明!謝罪を要求する!」
たまに、ホントにたまにだがクマさんが流暢に話すことがある。いつもの口下手な感じとは違い、はきはきとしゃべる。
一体なぜ?と思っていると、クキョさんが彼女に近づき、まぁまぁと頭を撫で始めた。これもよく見る光景。
照れを押し付けられたせいか、最初は抗っているように見えた。しかし必死に抵抗したものの、その気持ちよさに抗えず、顔を蕩けさせてしまう。
「ちょっと辺りを見て来てくれるか?」
クマさんの顔は納得していなかったけど、何も言わず素直に従っていた。
その光景を見ていたら、またも笑みがこぼれた。先程よりも大きく、声を出してしまいそうなほどの。
「……今日はもうゆっくりするからそのまま寝てな。寝れてないんだろ?」
なんか見抜かれてしまいました。
時々、ホントに時々鋭いところがある。と今までの経験値が言っている。
でも――――
「大丈夫です!倒れてる間に何か……何かありました!気分は上々です!」
がばっと体を起こして好調ぶりを示してみせるが、それを聞いたクキョさんは苦笑しながら…。
「なにかってなんだよ!…いいからゆっくりしとけ!」
んー、何故かは分からないけど気分がすっきりしてるのはホントなんですが…。
これ以上の迷惑を掛けたくなかったので、抗議するように少し頬を膨らませると―――
「前に言ったろ?初めて行く場所だって」
そう言って彼女は遠くを見る。その顔は期待や喜びに満ちていた。
だからそれは多分本音なんだろう。けど――――
そこには彼女が気づいていない優しさが込められているはずだ。
彼女と一緒に遠くの景色を眺める。ほのかに香る草花の香りが風に運ばれ二人を包む。その風は働き者のようで二人の髪をも一生懸命になびかせていた。
私は敷かれた布の上にゆっくりと体を倒し、それらに包まれながら静かに目蓋を閉じた。




