せんたく
今日も青い空が街を明るく染め始める―――つまり、いいお天気な朝の始まり。
孤児院を訪れるようになってからは、毎日クキョさん邸との往復だけで一日が終わっていた。シスさんはお話だけで良いと言ってくれていたが、あの施設の状況を見てしまうと、他にも何か手伝いたい―――そんな気持ちが溢れて止められなかった。
私にも何かできることがないかと思って頭を悩ませていた時、目に入ったのは――――
「おせんたくって、どうしてるんですか?」
慎ましい胸の前で両こぶしを握り、クキョさんに迫る。
なぜ自分で慎ましいとか言うのか。なぜ敢えて形容詞を付けたのか。なぜ筋肉もりもりなクキョさんより小さいのか。
私の憎悪を感じたのか、彼女はたじろぎながら答える。
「き、急にどうした?えっと、あそこで…あ、いや、何かあったのか?」
彼女の慌てようを見て、雑念が消え冷静になる。
どうしてクキョさんは上下に手を動かしてるの?なにか誤魔化す時の古典的な表現?…何をしたの?
冷静になったのはいいが目的を忘れていた。
「で?どうして洗濯なんだ?それ、アイツらが洗ってるだろ?」
そう何を隠そう、毎日綺麗な服を着れるのは部下さんたちのおかげだったのです。…他のことも部下さん方がしているので、クキョさんが面倒見てると言えるのでしょうか?
思わず、じとーっと彼女を見てしまう。
「…なんだ、アイツみたいな目して?それより、だ。何事もやってみるのがいいかもな!やってみるか?」
そう言って風呂場へと向かうクキョさんの後をついていった。
「ウチはな、広いからここでやる。普通は外でやってるみたいだな」
そういえば街中で見たような…。あれはそういうことだったんだ。
一人探索の道中で見つけた―――田舎の古いお家にありそうな、手押しポンプ。その周りに人だかりができていて、何やってるんだろうと、気になって見てたのが迷った原因の一つ…だと言えなくもない。
昔ウチにもあったような……ん?ウチに…あった?……あったの?
「お、準備ができたってよ!とりあえず見とけ!」
風呂場の外では桶を肩に担いだ部下さんが―――ええっ!?
彼女がゆっくりと桶を下ろしたのにもかかわらず、その重みで床が鳴く。その大きさは縦に立てて何とか風呂場の戸を通るくらいものだった。
桶の大きさにも驚いたが、それよりも彼女だ。私より背が低く、クキョさんみたいに筋肉があるわけではない。それであの桶を軽々担いでいたのだ。
私が口を開けポカーンとしているのが目に入ったのか、
「…ああ、これは木でできてるからな。兵士なら軽いもんだ。普通のはもっと小さいらしいが…」
見てわかる。これ絶対持てないやつ。理由もわかる。彼女が持てることも含めて。ショトさんの言葉がよぎる。
…これじゃ世の中の男性、かなり肩身狭いのでは…?
始めていいですかと許可を求める部下さんに、クキョさんはニッと笑顔で答える。それを見た部下さんは嬉しそうに風呂の水を汲んで桶に注ぎ始めた。
むぅ…なぜ頬を赤く染める?いや、素敵な笑顔だったけれども。
むぅむぅ鳴いている私の肩をトントンと叩くクキョさん。私が顔を向けると、指をそのまま彼女の方に向けた。
これは…えこですね。風呂場を使う理由その一。
その広さは温泉施設の大浴場を思わせ、大きな桶を置ける洗い場はここに住んでるみんなの分をまとめて洗うことができる。これが二つ目の理由。
本来は前もって衣服をつけておくようだ。
それで彼女が用意したのは板のみ。溝が彫られているから洗濯板だろう。だが洗剤は見当たらない。
「…クキョさん。洗剤は…?」
「それは、なんだ?」
彼女は目をきらきらさせて聞き返してきた。
夜お話しするようになってから、こういうことが増えたと思う。
しかし私が洗剤について説明すると…。
「…ふーん。ま、見てろよ」
と、素っ気ない態度で返し、再び腕を組んで部下さんを見守る。それを寂しく思いながら、私も部下さんを注意深く見ていた。
彼女がごしごしと洗い、広げられた服は、まるで新品のように輝いていた。洗剤を使うでもなく、変わった動きをしたわけでもない。首を傾げるしかなかった。
石鹸はあったのに、洗濯用はない?必要ないってこと?
「やってみるか?」
それに即座に頷く。そして部下さんと入れ替わってごしごし洗い始めた。
懐かしいな。昔はこうやって――――昔?いつのころ?洗濯機じゃなくて?
頭をよぎったものはすぐ消えていった。これなら私にもできる。役に立てる。その想いが行為に集中させた。
最後にすすぎを終え、水から取り出す。そしパンと小気味よい音を立て広げてみたが―――
「……あれ?なんか…普通?」
よく見ると軽い汚れは落ちていたが、シミとなった部分はそのままで、匂いもやや残っている感じがする。
つい、その匂いを嗅いでしまった。
これは汗の匂い?……クキョさんの――――はっ!?なんか変質者っぽい?!
恥ずかしさのあまり突き付けるように服を差し出す。
自分にもできることが見つかったと喜びも束の間、服を手に取ったクキョさんは、
「ああ、やっぱりか。そんな気はしてたが…」
何か納得してるようだった。それが解せない私はどういうことか問い質す。
「それもマコウでできてんだよ。詳しいことはほかのヤツに聞いてくれ」
彼女が指さしたのは洗濯板。確かに木製ではないなと感じてはいたんだけど…。
ということは、また魔力ですか?魔力って便利ですねって嫌味も言いたくなるほど、どうしようもできない思いが私にはあった。
「……便利だろ?マコウって。普及しだしたのは数十年前って話だけどな。…あれ?もっと前だったか?」
アタシに聞かないでくださいよと部下さんが手を振って困っている。
困っているのになんか嬉しそう。なんか二人の距離が近い。さっきもそうだったけど、この子…。
またもや、むぅむぅ鳴き始める私。
「ま、のんびりいこうぜ!他にもなにかあったら教えてやるから!」
豪快に笑いながら肩を叩いてくるクキョさん。
軽くしてるつもりでしょうが、それでも強いのはその筋力故か――――痛い。
(ふぅ……シスさんも気づいてたんだろうなぁ。それならお話だけでも…!)
気づけば、これもお話してみようかなと前向きに考えている自分がいた。
そして二人に礼を言い、今日も孤児院へと向かうのだった。




