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魔理  作者: 新戸kan
にぶ

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129/307

ほうこう

「まずは、これ」


 ごそごそと荷台からクマさんが降ろした、克明に硬く縛られた袋から取り出したのは何の変哲もない木片。形状から板と言った方が分かりやすいだろうか。両手で持ったそれをタマちゃんの鼻先に近付けた。

 くんくんと動かしていた鼻が色味を帯びると同時にタマちゃんの様子も変わる。クマさんが木板を雑に放り投げると、タマちゃんはまっしぐら。そのまま地面に背中を擦り付ける等、鞍が付いているのにも拘らず、本能を剥き出しにしていた。荷台を外していなければ帰りの足が無くなっていただろう。

 そのめろめろっぷりには覚えがないが、聞いたことはある。この世界での木天蓼に当たるものだろうか。今もおでこを木板に擦り合わせている。


 クマさんは暴れる革紐にも気を付けながら、泥酔状態のタマちゃんの周囲に魔具を置き始めた。


「それは?」

「野営の、時の」


 ああと頷く。私達もよくお世話になる魔物、ケモノ避けの。


「念の、ため。また、逃げられたら、困る」


 木板は落ち着かせるため、魔具はタマちゃんを守るためということでしょうか。

 可愛いを除外してから見ると、都会でありそうな何処ででも眠る酔っ払いのおじさんみたいに見えますが…。


「中は、どう?」


 アティスさんが廃坑内から戻ってきていた。坑道は崩れておらず通過は可能のようだ。

 中には魔物はいなかったということで、荷物を持って坑道へと侵入した。

 じゃりじゃりと鳴る足音は崩れ落ちた石片のため、足元の光は覆い尽くされやや暗く感じた。

 クマさんの魔灯を持つ手とは反対の手に引かれながら、心細さを緩和しつつ先を行く。

 この時「違う」を忘れていた。忘れられている自分がいた。しかしそれは薄まった恐怖で上書きしただけで根本的な解決にはなっていなかった。



「変化は、無し。まずは、お昼」


 クマさんの言う通りで、ここを出た時から多少の変化はあれど大きくは変わっていない。

 そこで一先ずの安全を確認し、キモチで昼食にすることにした。

 静かなものだ。クマさんは木の実を頬張って頬袋を作り、食事の真似までしているのかアティスさんは豪快に齧り付いている。

 クマさんは食事時は基本的に自分からは話さない。私を嫌っているアティスさんは言わずもがな。

 最早癖のようになっている空を見上げて、私は聞こえないように呟く。


「どうして食事は出来るんだろう…」


 別のことを考えようとして深くは考えていなかった当たり前(ぎもん)を口にするも、弱々しい声は風となって消える。

 なんかこの静かさは嫌だ。

 平気だった自分は答えは出せたのか?あの頃は本当に強かったのか?今の私は何をしている?

 また思考を上書きするために沈黙を破ることにした。

 

「ケモノを狩るためにここまで来たのは?」

「リィダ、言ってた。倒れた、木に、爪跡、あった」


 確かにそう言っていた。それにとクマさんが続けたのはその理由。


「キョジン、のせい」


 私が呟いたことをリィダさんが覚えていてそのまま報告したようで、あの魔物はキョジンと呼称されることになった。初めて魔物に名付けられた件だという。

 そのキョジンがいたために縄張りを追いやられたケモノが戻ってきているとクマさんは踏んだ。

 しかし一度追われたケモノが戻ってくるだろうか、あれこれ考えても容量には限界があるので。


「遠く離れて分かるものです?」

「ケモノは、ワタシ達よりも、鋭い。キョジンの、魔力は、大きい。遠くても、分かる」


 感知能力の高さを逆手に取ってあの魔具が作られたそうだ。話を聞く限りでは聴覚や嗅覚よりも優れているのかもしれない。憶測が正しければ世に合わせた進化ということか。


「それと、確認」


 クマさんの目論見では調査隊が組まれるだろうということだったが、報告した結果、現状維持が告げられたそうだ。


 これは私達が討伐したことにも原因がある。

 クマさん以外は正規の兵士ではない。新米ではあるが兵士ではと語弊が無いように言うと彼女らは研修扱い。向こうの言葉で近いものは非正規雇用、あるばいと兵士?

 通常の部隊であれば所属した時点で正規だが、問題児部隊とされているが故に次の生誕祭で成果を見せることで漸くといった予定だったらしい。

 そんな集まりで倒してしまったのだ。偉い人達が危険視しない理由とされてしまった。

 クマさんも気になっていたらしく、そこへ私が話を持ち掛けた。


 その話とは。

 アプテさんから革職人さんが上質な革を持ってくれば考えてやらんこともないと、妙に上から目線で、彼女がそのまま伝えてきた。その時の彼女の様子から波動を感じ、私の脳に刻みつけた。それが無ければそれどころではないとクマさんに相談することは無かっただろう。


 この二つの要因が無ければここへ来ることは無かった。


「ここは、あまり、人が、来ない。変わったの、いる、かも。もしかしたら、上も」


 上とは何だろうか?聞いてみたがお楽しみと言われた。

 分からないことには不安しかない、私には戦う準備ができていないのが更に。

 クマさんから必要ないと刀は持ってきていないし、じゃーじも着て来ていない。持ってきてすらいない。彼女の脳裏にはキョジンとの戦いが沁み付いているのかもしれない。

 そう私が浮かべた情景とは裏腹に、余裕すら見て取れるクマさん曰く、アティスさんがいれば問題ないそうだが…。

 彼女の側にはクキョさんの大剣。キョジンに止めを刺したのは彼女とはいえ心許ない。


「なんだよ?その目は?」


 知らず知らず絡む理由となる目で見ていたようだ。食べ終わった棒を意地汚く舐めていたのが気になった理由の一つでもあるのですが。

 癖で観察を続けると、こちらを見る目に物欲しさが混じっているような。足りなかったのかな?


「はいはい、準備する」


 手を叩いて間に入るクマさんに素直に従うアティスさんにむぅと唇が尖る。



 多少崩れてはいるがキョジン以上の高さの壁に囲まれた廃坑跡地。ケモノと戦う場所をここにしたのも理由があるようで、上質を求められる以上、ここに到達できるケモノを選定するためだそうだ。



「私は何をしているんだろう…」


 アティスさんは大剣を手に戦う準備、クマさんは魔具を設置している。私だけ特にすることが無かった。ぼうと見ていた。

 確かに座部に使えば、少しでも快適に旅が出来ればと考えていますが、自分ですると言ったクキョさんの世話を放り出して、自分で決めたことを曲げてまですることでしょうか?

 レイセさんにはクマさんが話してくれたそうですが、ドリーさんとバンさんには何も言ってきていない。逃げたと思われていないだろうか。


 駄目だ、何もしていないとまた悪いことばかり考えてしまう。

 といっても手伝いは断られるし、刀が無いので素振りも出来ない。

 となれば、問題を解決するのが優先されてしまうのか。懊悩しながらも近場に腰を下ろし、考える人の姿勢を取る。

 違う、マレン、違う、マレン…については、レイセさんの反応からクマさんには兎も角、アティスさんには話さない方がよさそうだ。それなら違うをと考え始めたところで準備が終わってしまった。


 

 ケモノを誘き寄せる為に使うのはキョジンとの戦いでも使った旧型の魔灯。処分予定のものを持ってきたそうだ。まだ昼間だが明かり目当てに寄ってくるわけでは無いのでこれで良いと、クマさんは自信を持って話す。

 最後に私達……クマさんとアティスさんの魔力を魔具で漏れないようにすれば隠し蓑のような物はいらない。松明の明かりよりも灯台の方に寄せられる、例にするとこんな感じか。

 こうして罠が完成した。

 一泊することは既に決定済みで明日の昼までに現れなければ帰都し別の場を考えるとクマさんは言った。後は待つだけということだ。

 性格上クキョさんだとじっとしてられなさそうだが、アティスさんはそうでもないようだ。

 あまり見ているとまた絡まれる、そうなるとクマさんに怒られる負の循環。しかし沈黙は怖いので大人しく瞑想に耽ることにした。会話は出来ない、聴覚も決して退化しているわけでは無いのだ。

 仮眠とかではないですよ?と事前に説明すると結局嗜められた。



 集中したい気持ちと違うが鬩ぎ合い合戦を行っていたせいか、どれほど時間が経ったのか分からない。ただ、目を開けたのは不快を感じたからだった。


 風は無音だ。けれど強さを増すごとに音を奏でる。

 これはそんな音で鳴き声と呼べるものではなかった。

 五月蝿いというよりも脳を直接揺さぶられるような不快指数の高い振動音。両耳を塞がないと顔が歪む。堪らず私は実行に移した。

 だがそれは私だけだったようで、二人は平然としていた。アティスさんの柄を掴む手に、目に力が入る。一方、クマさんはといえば珍しく不敵な笑みを浮かべていた。そして我慢しきれなかったのか呟く。


「思った通り、いた。マジュウ」


 ぱらぱらと礫が細かくなりながら落ちてくる。私も目を細めてその元を辿る。

 今も不快は鳴り止まず、影を纏ったマジュウと呼ばれた存在を震える眼中に収めたのだった。

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