よわ
「ふぃー疲れたー」
「最近の、若いの、情けない。徹底的に、鍛え直す?」
見ればフコさんセハネさんは両足を投げ出し、後ろで荷台を押していた残る二人は地面に倒れ伏している。そちらに視線を移すと上下に揺れる背中のイチウさん、それとユヤさんが石畳に汗の跡を指先で残していた。
衆人環視のなか兵士としての自覚を忘れ、両手で頬杖をついたりと、思い思いの格好で不満を言う彼女らを前に、姉の甘さで仕事を免除された私は秘かに思う。
彼女達を眼下にするクマさんも若いのでは?それに…。
「また誰かお腹鳴ってるん」
「ふるふる」
「口で首を振ってる人間に同じぃ」
急に元気になった四人が指摘し、一点を向く。
みんなの注目を浴び赤くなりながら拳を震わせている方がいらっしゃいますね。
「さっさと、中に、運ぶ!」
その一言で四人は見事に統制のとれた散開を見せた。
「…お腹が空いて疲れていたのでは?」
私はつっこみながらも軒下の大きな窓から中を覗き込んだ。
「げ」
俯瞰的に見たことは無いので正確には分からないが、王都では中央広場を中心として、ほぼ十字に大通りが走っている。お店はその通りに面し他に競合店が無いこともあって大きく構えている。
今日はお客さんは少ないが姉妹がいた。せっかく早く帰ってこれたんだから時間は無駄にしたくないのにと、思わず汚声が出てしまったのだ。
見つからないようにと窓から身を引き、中へ入ることさえ躊躇ってしまう。
左に首を振ると昼食が待っていると急ぎ鉱石を運ぶ四人の姿、工房はお店の裏手にあるのだから外を周っていこうかと考えていると、
「大丈夫、ワタシ、あの二人に、用事、ある」
「もしかして、新しい魔具の件ですか?」
「ん。そう」
クマさんは魔物を拘束した氷、赤く染める程の熱量を魔法とは認めなかった。
『ナタカにも、見えたんでしょ?なら、違う』
魔力が変換されたもの、この辺りでは見られないけど氷はこの世に存在すると。要は私には見えないものが魔法らしい。
重力を増幅したようなのも見えないんですけど?とは長い説法のような説明が待ち構えているのが分かっているからこそ、口が裂けても言えない。選択を誤ってはいけない、クマさんは意固地なのだ。
そこで二人への用事とは、識ったことで何かしらの発想を得たようで、クママさんが自由に動けない以上、他の信頼できる人手がいるということだろう。
クマさんはどこか寂しそうに話していた。
「あ!うっスー!ここでとは、珍しいっスね!」
「ちぇあー」
「おいす」
やる気を微塵も感じない姉の方、つっこみたい気持ちを抑え、クマさんが引き付けてくれている間に奥へと進む。
看板娘らしくないところを見られたせいか、カンコさんからは今後許可はいらないと言われていたので、会釈だけをしクマさんに視線を向ける。
「あの件、お願いね」
こちらに背中を向けたまま、クマさんの誰に向けてかの発言に姉妹は首を傾げ、私は頷いた。
工房へと続く通路を行く最中、視線を外せば四人の素早い仕事ぶりが伺えた。
向かう先からは熱波は伝わらないが、何だか温かい。
シジカさんが取りやすいようにしたのだろう、低く平坦な鉱石の丘。
早く帰りたい雰囲気を漲らせながらも彼女らの仕事には気配りが感じられた。
「失礼します。シジカさん、車椅子の件でもう一つお願いがありまして……うっ!?」
入って早々の違和感はもう一人の彼女のものだった。
目が既に鋭く、何やら臨戦態勢に入っている模様。
「やぁ、配達までごくろうさん。ちょっと聞きたいことがあったからアタイが話を聞くよ。任せると話が長くなるからね」
私には好都合だが、話とは何だろうか。
シジカさんの面持ちだと何かやらかしてしまったんだろうかと不安になる。
「アンタを害する気はない。ただあそこで何があったか聞きたいだけだよ。全部話してくれるだけでいい」
「それは何故?………いえ、分かりました。道中もですか?」
咄嗟に聞き返してしまったが、おそらく沈黙を通される。そう考え一人納得し、彼女の無言の肯定でもって私は思い出しながら語り始めた。
…『全て』を話す気は無いんですけどね。
「マコウの………マモノ。初めて聞くね」
「兵士であるクマさん達も同じ反応をしていました」
だが彼女はそれ以上は希薄だった。興味が既に薄れている。
しかし表情はより険しくなり、声もより低くなる。
「他に、何か見つからなかったか?何でもいい、ちょっとしたことでもいいんだ、何か気になったことは無いかい?」
冷静さを醸し出そうとしているようだが、鬼気迫る押しの強さを隠しきれていない。よほど強くなければ尻込みしてしまうほどだ。
私は怯えることなく無言で首を振る。左右に揺れた視界の中で彼女は静かに首を垂れた。
「そうか…………それなら今度はアタイのお願いを聞いてもらおうかな!いいよねいいよね!そっちのお願いを聞くんだからさぁ!」
失われた興味が蘇る、目を爛々と輝かせ、同意を得ずにお願いを話し始めるシジカさん。
慣れていたはずと思っていても、視線は呆れ逃げ、壁に掛かった武器群、その中でも特に風変わりな、異形のものに目を奪われていった。
この後の予定の為に、お願いに難色を示しながらも承諾した私は、店部分に戻ってきて直ぐに恐怖を覚える。
カンコさんが姉妹の耳を引っ張っていた。彼女は私に気付くと笑顔で指を離した。
迫ってくる彼女の両脇から苦悶の表情で耳を押さえる姉妹の姿が飛び込んできて、否が応でも顔が引きつる。引き千切れそうな痛みの旋律が更なる戦慄を生み出した。
「良かった、まだ帰ってなくて。あなたにお願いがあったのよ」
「お、オネガイでゴザルか?」
「?…それあなたの世の話し方、かしら?」
訝し気な表情でさえ美しいのですが、それ以上の恐怖を感じた。
「まぁいいわ。あなたがよく分からないものを頼んだのは娘から聞いたわ。お願いというのは、時間がある時でいいの。あの子の様子を見に来てくれない?」
「様子を?手伝いはいらないと断られたばかりなのですが…?」
私にも出来る鉱石運びすら断られました。頑固な職人さんは何人も見てきたのでそういうものかと納得しましたが。
カンコさんはそういうことではないと、事情は話してくれませんでしたが、顔からは得心が得られた。
ああ、この人もクママさんと一緒だ。私の知らない顔をする。
「それじゃ、お願いね?」
紛れもなく看板娘だと、その優しい笑顔が言っていた。
クマさんはまだ話があると手を振る。彼女に今日の予定は話していない。放任ということでなく、自由にさせてくれているんだと、私も笑顔で手を振り店を出た。
店先にあった荷台が無い。仕事を終えた四人が片付けまでしてくれたようだ。
みんなの助けに感謝しながら先を急いだ。
というのも、街の端から端へは急げば一刻は掛からないでしょうか、走れば更に短縮できるとあれば、街の外れまで行っても、暗くなるまでにはお城に帰れると計算済みなのです。
(体力低下も感じましたからね。鍛え直すには丁度いいです)
じゃーじを隠すためとはいえ、外套で全身を覆った姿で走り回るのは住民の皆さんの不安を煽る可能性もありますが、大通りを駆けなければそれほど注目は浴びないはず。伊達に迷っていたわけではありません、小道もある程度網羅済みです。
浅慮な考えだとあにさまには怒られそうではありますが、私も予定ぎっしりなのです、忙しいのです。
さっそく人目の少ない小道へといったところでお腹が鳴る。事前連絡していないのでどこかで昼食を頂く必要がある。こういう時お金が無いのは何と都合の良いことか、近場にあったキモチの屋台で食事を済ませることにした。
「おにいさん、そのキモチ、一つください」
向こうだと売れそうにない食欲減衰の青い色のキモチ、食べたことは無いので挑戦してみることにした。今なら空腹効果が期待できることもあってのことだ。
「はいよ、………アンタ、兵士さんか?」
10代か、20代、まだ若く見える店主さんは甲斐甲斐しい手つきでキモチをひっくり返し、チラリと私を見て尋ねてきた。
隙間から刀の一部を目にしたのかもしれない。
「は、はい、そうです……」
どこか若さの無い声だったので、つい必要以上にしどろもどろに答える。
めいども言っていたが、私はレイセさんの部下ということになっている。その方が不都合無く行動できると女王様の意見でもあったらしい。こちらに帰ってきて早々に驚かされた件の一つだ。表向きはということで実感はなく返事にも表れてしまっていた。
じろじろと見られ、渡されたキモチを握る手にも変な汗が滲む。探るような視線から目を逃がし、心で命への感謝を済ませ口を塞ぐ。
「あ、あぉ、はひか?」
お行儀が悪いとは思っても聞かざるを得なかった。
「ああ、いや、すまん。ちょっと聞きたいことがあって」
頭を掻く彼を見て初めて、特にずば抜けたものではないキモチの味が口に広がった。それが却って心を落ち着かせた。
「彼女を……あ、彼女っていうのはだな、そのキモチみたいな髪色の子なんだがな」
そこまで聞いて片隅の記憶に面打ちされる。
クマさんとコ・ネコ屋へ行く道中に見かけたいじらしい二人。彼もその時の顔みたいに頬に朱が挿す、ということは惚気の類?
むしろどんとコイの精神でコ・ネコの耳みたくぴんと立てる。
「エニーという名の新入り兵士なんだが」
魔力で伝わるといっても相手がその人物のことを知らなければ伝わらない。その彼女が傍にいれば話は別だが、魔力が無い私では猶更で、表情に出していたのか愛しの君の名を口にする。
しかし名前を出されたとて、その名に心当たりはない、それも顔に出ていた。
若店主の顔色が変わる。
「…その子は、毎日来てくれていたんだが、ここ数日全く姿を見せなくてな。何かしてしまったのかと不安になってな」
数日ということは目撃した翌日以降ということだろうか。
私が見ていた限りでは険悪な雰囲気は全く感じられなかったのだが、その後何かあったということか。
「…分かりました、エニーさんですね。何か分かりましたらお知らせします」
「そ、そうか!ありがとな!ところで、そのキモチの味はどうだ?彼女にも食べてもらいたいんだが……」
ぱあっと明るく花咲く彼、反対に凍り付いたのは私。
正直に言うべきか悩んだ結果、適度に濁しながら食事を済ませその場を後にしたのだった。
メリクリ!




