ひとみにうつるかげ
どうして登ったのか?それはアタシにも分からない。
そんな風に体が勝手に動く時があるんだからしょうがない。
いやこれも言い訳だな、うん。アタシは自分を否定したくないだけなんだ。
(あれは…どうなってんだ?マモノがまた形を変えたのか?)
分かりやすく、リィダ達と目が合っていた。アタシにはアイツらが何を考えているのかすぐに分かった。
何を言われようが、強硬手段に出ようが、逃げる気は更々なかった。
それで木の陰に隠れて機会を伺っていたわけだ。
(アイツが何でできてようが、クキョさんの剣なら叩っ切れるはずなんだ。アタシが使いこなせれば…!)
アタシを拒絶するかのように手を押し返す感触が伝わった気がして、それをギュッと握り潰した。
不自然なまでに立ち尽くしているマモノ、だがやるなら今か、と半身を現した時だった。
ギャアギャア騒いでいるような声がし、耳を向ける。
「だからあいつを倒すなら今なんです!」
その『倒す』が使い慣れた武器を扱うように合致した。
「ナタカ、落ち着く」
「でも今しかありません!氷で拘束している今しか!聞こえるでしょう?ぴしぴし割れる音が!」
ナタカの言うように聞いたこともない異質な音がしているが、それでは説明が足りない。
この状況でどうして倒せるに至ったか、クマらには理解できなかった。
「説明している時間はありません!あの…赤く光っているとこ、あそこは脆くなっているはずです!」
ナタカの指差す先、氷とやらが透き通っていなければ確認できなかった上下腿が接面した部分は、元の色が分からないほど赤く染まっていた。
「ここで奴を倒すべきです!私達の手で!時間が経てば経つほどそれは困難になるんです…」
言葉の羅列と共にナタカの凄みは力を失い鳴りを潜める。
同意を得られない、分かってもらえない、ナタカは切り揃えられた前髪で目を隠す。
「……私を、私の話を聞いてください…」
消え入りそうな声のナタカ。怖気が消え去ったクマとリィダは顔を見合わせる。
クマが視線を下ろすと、稽古用剣が鈍い光を放っていた。
「…ナタカ、今のうち、逃げる。…大丈夫、たいちょうなら、あいつ、倒せる」
「そうです!隊長なら、何の問題もありません!」
クマとは真逆に声を荒げたリィダを、前髪の影の掛かる瞳でナタカは見上げる。
クマがその手を取るが力は無く、ナタカは項垂れ呟いた。
「信じ、て…」
クマは自身の判断に迷いを覚えた。
そこへ吹き下ろす言の矢がクマを肯定する。
「残念だったな!タイチョーは王都から出られないんだ!」
「あいつ…いつの間に木の上に?!」
辺りを見回し漸く見つけた、腕を組んで見下ろすめいどをリィダは驚愕して見つめる。
他も同様に驚きを隠さず見上げる中、視線を彷徨わせていたナタカは力無さげにゆっくりと首を傾げ、星天を正面に弱々しい目元が影を差す。
『もう一つばっかでゴメンね?君達にも下の人間ができたんだよ、だからね、お願いね』
「部下の要望を聞き入れるのが良い上司ってヤツだそうだ」
そう言って背中に預けた剣を手にする。そしてバキッと踏み抜かんばかりに枝を踏みつけた。
どうして登ったのか、自分でも分からない。
アイツのことはハッキリ言って気に食わないのに、体が勝手に動いた。
タイチョーに言われたから?そんなんじゃない。さっきだってそうだった。
代理の言葉が届く前に既に足が出ていた。
背負った彼女の剣が、クキョさんが押していたのかもしれない、そう言い訳した。
幹に指を突き刺し登りながらもずっと考えていた。
紐を引き千切りそうな背中の大剣がその存在を忘れさせてくれなかった。
アタシは落ちた時はその時と、ひたすらに走る、走る。
今もここにいると剣がずしりと主張する。
重い、重いな。
だけどクキョさんはこれを片手で扱う、これっぽっちもない魔力で、相当の努力をして。
それに比べてアタシはどうだ?憧れだけで剣を振って、相性悪くて適正もない剣に振らされて。
その重みで躓きかけるが歯を食いしばって踏ん張った。
このままじゃ駄目なんだ。
アタシはこの魔力を変えるんだ、そうでもしないとこの魔力に囚われたヤツの目を覚ませないだろ。
「アタシを見させる。マフは……そうじゃないって!」
視線を送れば枝がどんどん細くなっていく、この先はマモノまで届かない。
しかし足は止まるどころか加速していく。
重いはずなのに、何故かそれ以上の力が湧いてくる。
「うぉおおおおおおおおおお!!」
アタシの足を押し出すように枝が撓い返す。
―――なら飛べばいい。
そうクキョさんが言ってくれた気がした。
あの時と同じだ、あの時の様に体ごと――そう考え振り上げた剣を前に、体を丸め回転する。
全身を巻き込んでも重い、それなら――
「剣として使えないなら――アタシの体ごと落とすだけだ!」
時が止まった、そう錯覚するほどの静寂を迎えた。
解けかけ柔らかくなった氷菓子を表面に付いた霜ごと鋭利な刃物で切った。
私の目の前でそれを行った彼女は魔物の腕と共に落ちていく。
「まだまだぁああああ!」
驚異的な空中感覚で体勢を変えた彼女はそのまま、今度は地面と水平に回転する。
氷と金属がぶつかり合う。その勝者の音が辺りに響く。
四足歩行する生物が対角のそれではなく、片側を全部切断された。
普通の生物であれば、何の支えも無ければ立っていることすら困難。
相手はそれを魔力で維持できる魔物、だがその力は既に酷使しすぎた。
為すすべなく、彼女に影を作り共に、轟轟と砂塵の大波を引き起こした。
「…あ、あぁ………」
吹き荒ぶ土嵐から皆が腕で顔を守る最中、一人ふらりと伸ばした手足は何を求めてか、ナタカのその手を阻んだのはクマだった。
「あの子は、大丈夫。守って、くれているから」
クマの一言で時が動き出すように言葉が堰を切って飛ぶ。
「――今です、代理!あいつを回収し撤退するなら今です!」
「おいリィダ、つまんねぇこと言うなよ。痛っ…、アタシがやれるって証明したろ?」
濛々と巻き上がる幕の中に人影が生える。
剣を支えに立ち上がった彼女は、何でもなかったように戦闘服の土汚れを掃う。
「アタシ一人が手柄を貰っちまっていいのか?」
刃が欠けることない重みをその肩に担ぎ、彼女はニッと口角を上げる。
対照的に立ちすくむリィダらを赤と緑の光が包み込む。
「…凄い。足が軽い、剣も…手の延長の様に………」
彼女らが支援を受けたのはこれが初めてではない。
だからこそ、その違いがはっきりと感じ取れた。
「これが、ワタシの、本来の、役目。…で、あなた達は、どうしたいの?」
「代理…ですが!」
「ほら、言ってた、部下が、どうのこうの、って。…とどめ、誰が、刺す?たいちょうには、ちゃんと、言っとく」
リィダらはまだ迷っていたが、
「どうせ、いらない、剣でしょ?思いっきり、やっちゃえ」
沈黙に我慢しきれず体を震わせる人物が一人。
「私が………いっただきー!」
フコが一番に駆け出す。
慌てて後を追おうとしイチウ、ユヤ、セハネの三人が身を乗り出すが、彼女らを押し退け先に出たのはリィダだった。
「あ、ずるいん!」
「ひゃっはー!」
「狩り狩り狩りカリカリカリかりかりかりぃー!」
「へっ……それがオマエらの正体かよ。そんじゃここからは早い者勝ち、だ!」
名家だからお嬢様、それで大人しい子達、そう思っていた彼女らの変貌にナタカは唖然とする。
こちらが悪者にしか見えない凶行が更に拍車を掛けた。
「あの子たちも、溜まってた。いろいろ、限界」
「はあ……」
「ともあれ、………えっと、何だっけ?」
クマはしばし考え込むも外野の歓声で引っかかり出てこない。
普段であればナタカが代わりに答えたのだろうが、口から出てきたのは質問だった。
「………クマさんは何故魔法が使えたのですか?」
声が聞こえた。妹の自慢げに知識を披露する声が――――とは言わなかった。
けれど控えめに、それも遠方の奇声に負けそうに聞かれれば答えないわけにはいかない。
代わりの答えを、別に思い出したことを告げた。
「まじがは、どんな時でも、諦めない。って、聞いた」
同じ様に、けどもっと楽しさに満ちていて、聞いていてこっちも何だか嬉しくなった。
「どうして、倒せると?…じゃない。どうして、ワタシ達で、倒すことに、拘った?」
真逆の顔をしていたから、聞かなくても分かるけど敢えて聞く。答えは返ってこないだろうけど。
案の定、届いていないように見える。
それならと、ワタシは手抜きで意志表明する。
「ワタシは変わる。間違ってたら、何度も何度も、何度でも変わる、強くなる。そうしてやっと傍にいられる」
クマの中にいる彼女の小さな背は振り返らず、けれど遠いものではなかった。
掌に収まりそうな姿であれどそのまま手を伸ばせば届きそうで、それでも彼女は手を引く。
「ふあ……」
何時しか空が白く染まり、間の抜けた大口を呼んだ。
華やかに輝いていた星々は時に身を任せ嘘だったかのように消えた。
真新しい画布に張り替えられ、そこへはじまりの色が無造作に置かれていくのだ。
「…そうだ」
クマは忘れてたと首を振り何かを探す。目当てのものを見つけた彼女はぺたぺた歩み寄り拾い上げた。
「む…むむ?」
何やら苦戦している声、それに手の感触が無くなったことに漸く気付いたナタカは、刀を納めようと鞘に逆に突っ込みつっかえた状態のままどうしていいか苦心しているクマに近寄った。
「…貸してください」
ナタカはクマから受け取ると慣れた手つきで刀を納めた。
そして返そうとするナタカにクマは首を振る。
「それは、ナタカの。約束」
「…そうでしたね」
互いに忘れていた約束。だが気にする様子も二人には無い。
それでもクマは口に出す。
「ごめんね、ナタカ」
「………クマさんは間違っていませんよ。むしろ悪いのは…」
「帰る」
クマがナタカの手を取って駆けだした先には、手を振るリィダらの姿があった。




