ふぉゆうゆうしん
「さっきよりマシになったとはいえ、耐えるのがやっとかよ…!」
クマさんの判断は正しい。
私がやったのは疲れさせただけ、追い詰めたわけではない。
今も戦っている彼女が持ち堪えているのはそれが理由だろう。
その彼女が持っているクキョさんの大剣は兎も角、他の方たちの武器は訓練用、並大抵の魔力では傷は付けられない。倒せないのなら、逃げる一手しかない。
「しかし、コ・ネコの速度ならまだしも、私達の足では追いつかれます。何より奴が近づけば…」
「タマちゃんたちは逃げるでしょう。魔物も休息が必要なのかもしれませんが……ごめんなさい……私がかなり挑発したみたいで……追ってくるでしょうね」
その意見は想定済みだったようでクマさんは一つ頷いてから答える。
「あんな、デカいの、王都まで、連れていけない。ワタシと、ナタカで、あいつを、倒す!」
「倒す?!代理、それは――」
まだ口を出すのは早いと掌が迫り、リィダさんは続きを呑んだ。
その手は小刻みに震えていたがクマさんの目は魔物をしっかりと捉えており、リィダさんは頬を緩め柔らかな目で続きを促した。
色々思うところがあったのか、クマさんはむくれて言葉を強くする。
「そうしたら、リィダたちは、あれを、引っ張る」
「………そうですね、あいつは逃げる気はないでしょうね」
魔物と対峙している彼女は大剣を立て風を切り避けつつ、細かなものは無視し、大きなつぶてだけをその刃で受けていた。
その際少しでも前へと進み、一歩も引く気はない気性を見せていた。
「ナタカは、これ」
手渡されたのはクマさんの腰に着けているものよりも小さな袋が三つ。
じゃらじゃら鳴らす袋を覗き込むも、中身に見た目の違いはない。
「小分けした。中の、マグを、囲むように、一か所に、三つずつ」
下手に近付けない以上、確実に設置するため、ということだろう。
クマさんはその内の一つを指差し、これだけは外側に置いてと念を押してきた。
「それと、これ」
クマさんが如何にも軽そうに渡してきた袋はそれらよりも大きな、ぱんぱんに膨らみ、ぎっしりと中身が詰まっていた。
不意の重みで体が地面に吸い寄せられそうになる。
咄嗟に力を入れ持ち上げたが、提灯のように薄っすらと光を放ち影を浮かび上がらせていた為、中を確認する必要はなかった。
「お、重いですね…大きさの割に…」
「使う、機会が、無ければいい。それも、含めて、伝える」
リィダさんは既に他の方を迎えに行った。
会議を終え、残る私も作戦を開始しようとしたのだが。
クマさんがまた手を差し出してきた。今度は何かを要求するように指を少し丸めている。
「それ、ワタシに、預ける」
袋は全て紐で括って腰に縛り付けた。じゃーじがずり落ちない様に、お腹がきついくらいに下にしっかりと。そうでもしないと、クマさんが目を向けている刀を持っては行けなかった。
「…これは、あの……持っていないと…何と言いますか、格好がつかないというか…」
「預ける」
圧が!圧が強い!
心做しか、差し出された手が大きく見える。
「それ、マトウが、入ってる。だから、必要、ない」
「私は剣士ですので、これを持っていないと…」
「あ、ず、け、る!」
「………はい」
抵抗空しく、刀を手にしたクマさんはご満悦、私はしょんぼり。
「ナタカは、すぐ、調子に、乗る。それと、あれに、一旦、戻るよう、言い含める。嘘でも、何でも、言って。役目、ある」
そちらの方が難関な任務なのですがとは言えなかった。
「おうおう、丸腰で何しに来た?」
「まだ元気のようですね……私たちは退却の準備をします」
この手の輩には回りくどく言っても効果は薄いだろう。私に対して敵愾心すら抱いていそうな彼女なら猶の事。
なので正直に作戦を告げる。恰も投げられたものを投げ返すように。
「っざけんな!クキョさんがあんなの目にして逃げると思ってるのか?」
「喜んで挑んでいくでしょうね。…クマさんがあなたを呼んでいます。隊長代理の前であなたの意志を示すと良いでしょう」
クキョさんも命令には従う…とは思う。さすがに。
彼女にも「隊長代理」が効いているようで唇を噛んでいた。
そして捨て台詞のように言い残す。
「アタシらにはな、二度目は無いって継いでるもんがあんだよ!」
それは一体…?言葉として、だろうか?
兎に角、彼女と役割を入れ替わる。
尤も私の今度の役目は時間稼ぎではないのだが。
魔物の動きを見つつ、与えられた任務を反芻しながら行動に移す。
『ナタカには、効果ないと、思うけど、あれには、ある。一緒に、囲まれないよう、頑張って、説得』
多分魔力の壁のこと、もしかして私すり抜けられるのかな?
試すわけにもいかないので、余計な事と振り払い、魔物に迫る。
魔物は変わらずの動き、いや若干鈍重に磨きがかかっているようにも見える。
(無駄ではなかった。けど、もう心配はさせない!)
離れた所ではクマさんが打ち合わせ中、それと何やら嫌そうな声が聞こえてきた。
(まぁ仕方のないことだとは思いますが…いい気分にはなりません。ですが…)
『ワタシなら、範囲は、問題ない、とにかく、円に、置く』
演習でも他の人間にやらせたことは無いという、魔具の設置。
私は信頼されている、無駄な考えは後でも出来る!
無理に距離は詰めず、けれど範囲外には間違っても誘導しないよう気を配る。
『用意が、できたら――――』
右手を上げ、中身の無くなった袋を旗の様に振る。
「ワタシは、マグ。ワタシに、出来ることは、戦場を、分析、そして、マグで、戦うこと!」
最初に比べたらずいぶん弱っている、ナタカのおかげ…今の状態のマモノなら起き上がるのに時間が掛かる。
『このマモノの、体は、マコウ、だと、思う。信じられない、かも、しれないけど』
近くで戦っていたナタカも気付いていたのかもしれないが、彼女は合わせてくれた。
「ワタシは、たいちょう代理。みんなの、命は、ワタシが、守る!」
預かった剣を持ったまま手をマモノに翳す。
まずは檻、女王様程ではないにしろ、他のマグには負けない高さの壁を発動させる。
それでも巨体の腰部まで、でもそれで十分、漏れを防ぐためで捕捉が目当てではない。
続いて重力のマグ、魔力を奪うマグを発動させる。
『シジカさんが言っていました。スカスカにしたら自重に耐えられないとか』
ナタカの言葉とワタシの分析結果が噛み合う。
けどこのマモノにも当て嵌まるのかは定かではない。
魔力を奪えばバラバラに分解、出来なくても重力には耐えられるのがやっとかもしれないし、全く通用しないかもしれない。
けど色々実験ことも識るということ。
通用するなら設置して逃げ切れる。
もしダメだったその時は…。
私には見えないけど、クマさんの成果は減り込んでいく地面を見れば分かる。
あの足で膝を着けるのかは疑問だが、しばらく動きを止めさせれば。
前傾姿勢で腕を突いた魔物のその後の動向を見守るもそれ以上の変化はないが、潤滑油を差した方が良い、古錆びた音が響く。
耐えている、効いている、私には判断できない。
クマさんがこちらに手を向けていることから、魔力を送り続けているのだろうか。
その右手を上げた。
『ダメだった、時は、合図を、送るから、ちゃんと、ワタシを、見ててね』
まるで大猩猩のような格好であった魔物が上体を起こし始める。
それに伴い、私は接近を試みる。
壁の範囲内、魔力はその解放と共に解かれたのだろうが体が重い。
重りを付けての走り込みもやってきた、私自身も相当体力を削られていたのか。
しかし人にはその限界を上回る力がある。
病は気から、心頭滅却すれば火もまた涼し、何事も根性論。
『あいつの、体を、よく見ると、所々、ヒビ、ある』
『そうですね…それも表面ではなく関節部に集中してますね」
『ん。どうやって、あいつが、生まれたのか、分からない、けど、多分、その時、やったもの』
速度を出したまま連結した電車のような感じでしょうか。
『魔力で阻まれたらどうするんです?』
『その時は、その時。大丈夫、ナタカは、主人公。やれば、出来る子。さす主』
『…調子が戻りましたね。久々に見た気がします、その親指』
そんなことないと眉間に皺を寄せたクマさんの顔はいつもの仏頂面だった。
けどそういう行き当たりばったりな背中は見なくていいんですよ、クマさん。
袋に手を突っ込んで幾つか取り出すのはクマさんが拾い集めた魔鉱の欠片。
足?下腿?どちらにせ、短いおかげで飛べば届きそうだ。
『出来る、範囲で、いい、あるだけ、全部、刺して。出来る、範囲で』
二回言ったのはそういうことなんだろう。
正面に回り込み、最も力の乗った重い一撃を放てる場に文字通り居座る。
明らかな挑発、冷静な人であればそれが分かる、抑々人ではなかったか。
『改良前の、マトウは、魔力が、多く、いる。寄せるには、最適』
光に変換し続けるために魔力の消費が激しいという旧型の魔灯は、真夏の電灯の様に虫を集めるが如く、魔物の敵意を一身に浴びる。
倒れ込む勢いで腕が降ってくる、思った通りの、いやそれ以上の行動をしてくれる魔物に、悪い顔が出そうになるのを必死に抑える。
それでも歪んでしまった口を全身ごと覆い隠そうとする影を、飛び起きた勢いで更に後方に大きく飛び余裕を持って避ける。
これまでの戦いのせいか、存分に固められた地面は軟な力では削れないと土幕すら薄い。
私は逆風に抗い、腕に飛び乗った。
駆けつつ小石を拾うような動きを行いながら、罅に魔鉱を挿し込んでいく。
辛い時こそ、精神の強さが試される。目先の結果に囚われず、最後まで踏ん張りぬくことが大事。
二度目の登頂ではあるが、魔物にも相当の疲れがあるようで、腕を重そうに震わせ、易々と私を肩部まで至らせる。
「これで、こちらは最後です!」
起き上がろうと揺れる胴部に移り、首元?の割れ目にも魔鉱を差し上げる。
軽くなった袋を掻き回し、残りを全部、左肩に突き刺した。
『ワタシを、信じる。あれを、手懐けた、実績、ある』
逆の印象しかないのですが…。
溜息とは別の息を漏らし、私はまた合図として手を上げ、そして飛び降りた。
弾性に優れた紐を体に結び何の憂いもなかったかのように。
臓物をそこに置き去って外形だけ落ちていくような感覚には慣れない。が、逆に言えばそれだけだった。
私を知ってほしい、信じてほしい。であるなら、まず自分が信じる。
彼女を信じる!
「あーーーーーもう!やりゃいいんだろ、やりゃ!言っとくが、これは仕方なくだからな!」
地面が目と鼻の先、そう言わんばかりに戸惑うことなく飛び立った任務内容を見上げながら走る。
『それが、あなたの、仕事。嫌なら、いい。たいちょうに、そう、報告する』
彼女が自棄と共に夜空に吐き出したクマのその時の顔は挑発するナタカと同じものだった。
「部下の要望を聞き入れるのが良い上司なんじゃないのかよ!?」
私よりも短い腕に包まれながら、以前は片隅にも置いていなかった社畜という聞き慣れない言葉が頭に浮かぶ。
尚もクマさんに向け叫ぶ彼女を見てホッとし、笑顔を向けた。
「…ありがとうございます」
「だぁあああうっせぇ!うっせうっせうっせうっせうっせうっせうっせうっせうっせうっせぇええ!拾いモンしただけだ、アタシは知らねぇ!」
私の体が横に回転しながら宙を舞う。
突然に、その上両耳を手で塞いでいたせいでお尻から落下してしまった。
「あいたたた」
「…上司サマの命令だ。一旦下がるぞ。…巻き添えはさすがに勘弁だ」
早急にその場を去る彼女の後を慌てて追う。
私達が魔物から離れることが、最後の合図。
お尻に手を当てていたままだったのはそれが理由だった。
クマはいつもの袋ではなく、衣嚢に手を入れ大事そうにマグを取り出す。
彼女があの時初めて識った変な、本当にそんなもので飛べるのか疑問は尽きない、けれど初めて可愛いと思った形状。
態々同じ形に加工してもらい、妹を驚かせようと思っていた。
だからなのか、残念そうに顔に影を作り天に掲げる。
怒りを発散させるようにがばと顔を上げ、彼女の教え通りにクマは力の限り叫ぶ。
「カタナとトコシエを、思いをトワに。――――、バット!」
縋る様な目をしたクマの体が色とりどりの光に包まれた。




