そらにひびくこえ
通っていた高校は部活動にも力を注いでいる為、強豪で知られる運動部も練習で使うという神社の階段。
歴史が古く、参拝目当ての人間も少ない為、階段は作られた当初のまま、苔が生えていたり欠けていたり割れていたりと整備が行き届いていない。
加えて傾斜も急で一段当たりの幅も狭いので、一段一段足を着いて駆け登れば、それはそれは心臓に大きな負担をかけることが出来ます。
参道に座り込んでの荒い息の合唱が名物の一つです。
こいつの腕みたいに幅があった方が個人的には楽ですね。
まだ変えられた地形を駆ける方が大変でした。
「同様に凸凹した頭はどうでしょう……ねッ!」
未だ寝惚けたような頭に面打ち……といきたいところでしたが、側面、それも上まで届かず魔力にまで阻まれる。
元より分かっていたこと、気にせず頭部を見下す。
「貴方の失敗を一つ教えて差し上げます」
魔物相手なら遠慮はいらないと体罰の如く刀を振るう。
「一つ、人型をとったこと」
キィン――
「一つ、私を侮ったこと」
キィィン――
「一つ、剣を捨てたこと」
キィィィィン――
「一つ、配分を見誤ったこと」
金属音ではないが、そう言われても違和感のない硬く澄んだ、魔力に弾かれる音。
「あなたの魔力量はかなりすごいそうですね?ですが……それがどうしました?私には魔力がありません。ですからそれに何の意味も持たないのです、よッ!」
「………アイツ、一つって言ってなかったか?」
僅かな沈黙を解答とし、リィダは疑念の解を求める。
「…お前、本当は知っていたのか?彼女の戦いぶりを?」
「え、あ、いや、な……何のことだ?」
分かってしまった、誰かさんとそっくりな故に。
「……後でゆっくり聞こう。この戦いを乗り越えてな」
リィダは再び剣を手に隊長代理の元へ先に向かった。
「ようやくお目覚めですか。ふふ、おはようございます」
揺れる足場を下半身をどっしりと構えてやり過ごす。
眼下に広がる、星魔光に照らされた色味に富んだ森が美しい。
関節?首?も動かせるのか、顔がこちらを向いた。
一旦飛び退き、肩部に戻る。
「次はどうするのでしょう?私を振り落とすため、遊園地のお馬ちゃんみたいにぐるぐる回ってみますか?」
生物の範疇に無い体をしたこいつであっても、始動――力の方向は足裏から直接伝わる。
左右に揺さぶろうがその都度重心を取るだけだ。
チラッと横目で見れば、倒れかけ仲間に寄り添った木の太い枝がこちらに向かって伸びている。
(思った通り……十分跳べる距離ですね。ですが、もう少し弄ってあげましょう)
さすがにこの高さからは飛び降りられない。
良くて骨折ではないだろうか。
目線をゆっくりと正面の頭に戻そうとした時だった。
目の端ではあったが、地上に星を見つけた。
四つの輝く星、頭上のものよりも弱い光だが、何故眼下からと頭を掠め視線を奪われた。
遠くに見えるために目を細めると、明かりのおかげで黒影の正体が分かる。
(黒い背中は…タマちゃん、でしょうか。良かった、二匹とも無事だったのですね)
思わずほんわかした気持ちが湧き上がる。
時間にして瞬き程の僅かなものではあった。
「――――て……え!?なんで?!」
途端に足が震える。
高所恐怖症というわけではないが、いきなりこんな場所に連れてこられたら――――
いや違う、私が自分で登ったんだ、覚えてる。
「………またやっちゃった……?」
顔から血が引いていくのと、浮遊感を同時に体験する。
魔物が両腕を上げようとしたがために、体勢が崩れた。
それも意識の外で。
自分をしっかりと保っていれば、魔物の動きに先に気付き、胴体に飛び乗ることも出来たのに。
刀を瞬時に逆手に持ち替え、突き立てようと試みるが、分かっていたこと、虚しささえ感じる音によって弾かれる。
伸ばした手はあの綺麗な星々を掴もうとしていたのだろうか…。
父様とあにさま、二人の顔が浮かび上がる。
脳が時間をどう知覚しているのだろうか、体が宙を舞い、地面に吸い寄せられる僅かな間に思い出が頭を巡る。
走馬灯というものだろうか…それとも。
『こっちの二人がイチウとユヤです』
寝る前の自己紹介…リィダさん紹介ではありますが、彼女らの名前を聞いた時の衝撃が頭に焼き付いていたからでしょうか。
でもそれならどうしてこんな時に彼女の顔まで出てくるの?
――あ、この人は先程、星魔光は女王様の魔力論の方ですね。
『そしてフコとセハネです』
『……え?』
直接の関係はない、けど連想してしまった。
ああ、そうだ。夢にも見た気がする。
こんな時だから、なの?黒く塗り潰したはずの顔が鮮明に、表情まではっきりと浮かんでくるのは。
最後がこんなのは嫌だ…。
それに約束。
諦めちゃいけない。私は…約束を……。
目を閉じていた私は再び夜空を収めた。
そしてもう一度左手を伸ばした時、確かに聞いた。
「……ナタカ!?」
今までとは違う、体の動き。いつもの彼女だとすぐに分かった。
体が後ろに傾いている、このままでは落ちる。
すぐさま腰の袋に手を入れる。だけど――――
どうやって助けたらいい?魔力が必要とするものはダメだ、ナタカに効果はない。
それに、上から下には出来ても、下から上げるマグをワタシは持っていない、そもそも存在しない。
ナタカはこの高さでも平気?それならどうして頭が下?
あれがクキョだとしても頭から落ちたら無事では…。何か考えがあって……?
しかし彼女の表情はそんな風には見えない、それどころか逆の……。
ワタシが守らないと…!
でもどうしたらいい?ワタシには何も出来ない。また見てるだけ……?
無力感に苛まれ、袋から手が這い出てだらりと下がり膝が落ちる。
肩を貸していたフコも崩れ落ちるが、ワタシの目には為すすべなく頭から落ちていくナタカしか入らない。
ダメだ、見ていられない…。
目を閉じ、今の世を終わらせようとした。
後は耳を塞げば、残酷な結果を遅らせることが出来る。
そう考えるが早いか、言葉が聞こえた。
幻聴ではない、確かに聞こえたの。
だから――――
『オマエ一人で勝ったんじゃねぇ。相手と直接ぶつかって戦うやつがいたからオマエも勝ってたんだ。ま、オマエのおかげも大きいけどな』
『あなたはあなたのできることを』
クキョ……おカーさん……。
『レイセ隊隊長代理クマ……その妹、――――』
ナタカ……。
『今こそクマさんにしか出来ないことを』
今のワタシに出来ること……。
だからワタシは目を見開き、大きく息を吸った。
誰か――――
「誰でもいいから、ナタカを――――助けて!!」
体を丸めるようにして体勢を変え、空気の寝床に大の字になっていた。
楽しかったこと、悲しかったこと、全てを振り払って、今を見る。
だから声が届いた。
悲痛な叫びを掻き消した勇ましい声が。
「うぉっしゃぁあ!そのお願い、アタシが受けたああ!」
直後、私の背中には大地ではなく人のぬくもりが取って代わった。
「おう、大丈夫か?」
恐々と目を開けると、はっきりしない視界が彼女の顔とその背丈の為か妙に傾いた柄と区を捉える。
見下ろす影と空が通常ではあり得ない錯覚をさせた。
「………クキョ、さん……?」
「……な?!何言ってる?!さっさと降りろ!」
声の主は何やら照れたように、でも嬉しそうに顔を変える。
その顔は違っていた。
「……あれ?これ、もしかして……お姫様―――!?」
自分の状況を理解したものの整理整頓は出来ず手足を暴れさせる。
「おま……!?あ、あぶねぇ!?振り回すな、んなもん!?」
最後まで離さなかった刀を目にし、漸く落ち着く。
何だか恥ずかしくて彼女の顔が見れなかった。
「あの……ありがとうございます…」
「あ?命令じゃなきゃ助けてねぇよ。…それよりさっさと降りろ。向こうの準備が整ったようだ」
私達がいたのは丁度足元、今の状態では叩きつけられなかったのか、彼女と共に目で追うと、魔物の腕が後方に撓っていた。
振り下ろして振り子のように払う気なのだろうか、学習している?
素早く身を起こし彼女の腕から離れる。
「オマエは一度代理のとこ行け。コイツはアタシが抑える!」
「え、でも…!」
「いいからさっさと行け!アタシは……クキョさんが認めたの前で恥かいたままでいられるかよ!なんならオマエから相手してやろうか!?」
彼女は紐に掛けてあった背中の留め具を外して剣を取る。
上からギギッと錆びついたような鈍い音が聞こえ、私はその場から背を向ける。
呑んだ息が真一文字に結んだ口を抉じ開け、一言残す。
「無理、しないでくださいね…!」
彼女のことだ、良い返事はしないだろう。
だから私は振り返るのは最初から諦め駆け出した。
「……は!オマエの言葉なんか聞く気はねぇし、何よりアタシは!」
不敵な笑みを浮かべていたが、切歯扼腕して引き締める。
「クキョさんの部下だ!やられたままじゃここにはいられないんだよ!!」
とはいうものの……。
非常に戻り辛い。
偉そうなことを言ってこの体たらく……相当な心配をさせてしまったのも先程の声で丸わかり。こんな時こそ背中に風を受けたい。震動は堪能しましたので。
そんなこんなで足が重いわけですが、今も戦いは続いている訳で、一生顔を合わさないとか無理な訳で。
戦いの最中でありながら、きっと彼女も気を使ってくれたのだ。さっきのも建前、多分。
ええーい、今こそ漢を見せるとき!私は女ですけど!
「あの……クマさん、その……」
言葉が続かない!やはり私は女の子だった!
顔を見れず下を向いていた所に、可愛らしい掌が入ってくる。
その手に沿うように見上げていくと、目尻に涙を貯めたクマさんがいた。
けどその瞳には強い意志が感じられた。
「…今から、作戦を、説明する。ワタシの、目を、見て」
精一杯、自分を奮い立たせているようだった。
私のことを心配するよりも先にクマさんは自らの役目を果たそうとしていた。
その為の、きゃら作り。
「リィダ。あなたは、他の、3人を、起こして、連れてきて。陰まで、引っ張ったから、大丈夫、なはず」
「は…ひゃい!?」
リィダさんが変に高い声を出したのはいきなり名前を呼ばれたからではなく、鬼気迫るような瞳で見つめられたからだろう。
だがクマさんは気にすることなく続ける。
「これより、撤退戦を、始める!」
弾け飛んだ涙が光を反射し幻想的に輝いていた。




