へん
刃を横に寝かせて構え、静かに歩く。
一体どの口が言うのか……人のことをとやかく言える身ではないのに。
それに分かったつもりでいて何も分かっていなかった。勝手に強いと思い込んで…。
魔物は未だに背を向けている。
やはり音に反応するのだろうか?
いやこの体に裏表があるのだろうか?
漸く……目が慣れてきた。
だから私は癖のままに観察る。
大きさはそう……映像で見たことがある、どこだったかは忘れたが屋外に展示されているという機械人形の実物大模型と同じくらいだろうか。
しかしその構成部位が実に妙だ。
足は二部位で人間と比べると全体的に均整の取れていない、言えば短足、それに比べて腕部は…八、長いにもほどがある。比率を考えると手長猿の腕が短い、名を返上しろと言いたいほどだ。
しかも形成する部位が歪な形、同じ足部でさえ左右違う。果ては長さまでも。
その足が支えるのが腰部と上半身の二部位、これも異常なまでに上が肥大……逆三角ではなく逆達磨、それも羨むほど小顔の。
一見だと子供が粘土で作った人形を焼いて固めて大きくしたもの、というのが分かりやすいだろうか。
そうしなければ倒れそうなこの体でどうやって二本足で立っていられるのか、向こうだと学者さんが調べる域だろうが、ここでだと理由は簡単なもの。
(本当に、魔力って便利な代物ですね…)
説明するなら隔てなく見通せる関節部。
そこには何もない。私には見えない。
となればもう魔力で繋がっているとしか考えられない。
私がこれまで遭遇してきた魔物は人獣とは姿形こそ違えど、同じ生命を感じさせるものだった。
しかしこの魔物は…構成する黒々とした体は生物のそれではなく無機質そのもの。
つまり、こいつの体は……確定情報ではありませんが、王都では目にしない日が無いもの。
(世界が違えば、と受け入れるしか……)
考えるのは後です。
別のこと、動き出す前にどうやって注意を引くか。
彼女らは吹き飛ばされ、距離が離れているとはいえ、こいつが向かわないとも限らない。
まずは音、試しに運動靴の底で削るように地面を擦る。わざとらしく大きな音を立て。
反応はない。
そこでもう一つ思い出す。
音量で負けてたとは言え、私も大声で彼女を制止しようとした。
しかし魔物はこちらを気にする素振りを全く見せなかった。これは果たして音量によるものだけだろうか。
この世界では名前で呼ぶことは珍しいこと、何故なら魔力を言葉に乗せて送ることが出来るのだから。
あの時の彼女は冷静ではなかったし、元より言葉に魔力を乗せるのは食事前にいただきますと言うように自然なことではないか。
大体耳のようなものが見つからないのだ、であれば答えは一つ。
けど…そう結論付けたとして、どうする?
私が今身に付けているものはすべて自前、魔力は無い。
以前実験と称して私に使った魔具の一つ、疲労を回復するもの。
一般人であればその程度しか望めないが、クマさんはその力を最大限に発揮することが出来る魔具、彼女ならみんなの治療が出来ると考えましたが、このままでは魔物はそちらに反応するだろう。
敵意ある魔力をぶつける、それを成すには…。
私はその場で素振りを始めた。
この世界で初めて行う素振り、意味はないだろうが、ありったけの戦意を込めて風を切る。
傍目から見れば突拍子で奇想天外なことをしているのかもしれないが、私に出来ることはこれ以外にない。
今の私の武器…シジカさん曰く、出来損ないの模倣品。
この世界での……今の私には相応しい一品かもしれない。
「……シジカさんに感謝を。この一振りがあれば、私は私に出来ることが出来ます。約束を果たします!」
声に反応したわけではないはずだ、魔物は同様に反転する。
体をやや前めりに顔を下に向けるが、その見下したかのような赤目は変わらない。
魔力で感知できるのなら、目の前の存在が矮小にしか映らないだろう。
恰も蟻が単独で獅子に挑むような。
「奢りましたね。真なる獅子は蟻といえど足ではなく牙を剥くものです」
想像すると容赦ないような、むしろ大変なような、この際どうでもいいです。
「んっん!レイセ隊隊長代理クマ……その妹、ナタカ。参ります!」
私は私の時間稼ぎを始めます。
クマさん、彼女らをお願いします!
ワタシは妹の背を見送るのを止めた。
そんなことをしている場合じゃないでしょと言われた気がしたからだ。
首をいつもより機敏に動かし、位置関係を把握、最も近い位置に倒れているのは……えっと、確か……ユヤ。彼女から治療を施す。
直に状態を確かめるため移動しながら袋に手を入れ治療用のマグを取り出す…といってもケンマが直接送り込むほどではないが、ワタシであれば立って歩くまでは回復させることが出来るはずだ。
…もっと効果の高いものであったのなら、クキョも……そして、おカーさんも…。
いや余計なことを考えている暇はない。
パッと見た感じでは重傷者はいないが、ナタカの……皇帝との戦いをこの目で見たからこそ信じてはいるが、相手が巨大すぎる。急がないと。
それにナタカはマモノには勝てていない、ワタシはそれも見てきた。
ユヤの体を引き、木に預ける。
「大丈夫、少し、寝てれば、良くなる」
次は…リィダ。
不安は拭えず、移動中、戦いの様子を横目で見る。
足回りを緑の光が覆う、マグを使って身軽になった足がその速度を失う。
「………やっぱり、そうなの?」
情報分析も程々にリィダの治療に入る。
液体が青髪の一部をやや赤に染め、頬を伝っていた。
魔物をその場に留める、その為には奴の間合いに入る。
しかし先に反応したのは向こう、私はまだ有効打撃範囲には入っていない。
魔物は今まさに蠅が止まる動きで腕を上げていく。
安直で申し訳ないがそうとしか言いようがない、私からすればそうとしか見えないからだ。
私がそのまま近付いてくると見て先読みした……そんなことを考える知恵はないだろう。
おそらくだが、机の埃を掃うように風を送るだけ。
そう、腕が接地する前に吹き飛んだ彼女らから察するにその腕は風を切るのではなく、空気を圧縮し大地に押し付ける、空気の塊を飛ばしているものと憶測する。
これほどの質量が生み出す風圧だ、暴風どころではないかもしれない。
それに加えて地の震動の二段構え。
対応できなければ、台風の日捨てられた空き缶のように転がるだけでしょうね。
しかしその振動はそこまで脅威ではない。
振り下ろされる腕は空気の抵抗を受けるのか魔力だけでは体勢維持が難しいのかは分からないが、大地に近付くにつれ減速する。
足裏でしっかりと地面を噛みしめ、腰を据えておけば問題ない、実際クマさんを庇っている時も大丈夫だった。
残るは風ですが……私の頬が吊り上がり足が前へと進んだ。
「距離を詰めた?!アイツ何考えて…?!」
観戦者の言葉はナタカの耳には届かない。
魔物によって凝縮された空気が壁となって音波を阻む。
(耐えたとして……あとから飛んできたモンはどうすんだよ!?)
ワタシは安心の吐息を吐いた。
頭部の出血を見た時は冷っとしたが、リィダの怪我は大したことがなかった。
「次は……イチウ?だっけ?」
治療中も出来るだけ戦闘を観察る。
ワタシに出来ることをするために。
しかし目を取られたのは戦いではなく妹の姿だった。
「………あれは、誰?ホントに……ナタカ?」
鞭…というよりは、異質な剣…あれは何と言いましたか……そう、蛇腹剣のようですね。
目でそれを捉えながら、私は押し寄せる風に耐えた。
「なるほど、あなたも剣士ですか……期待外れもいいとこですね」
思わず漏れた息の意味を知らず、魔物のそれと同じ形をしているであろう口を奴に向けた。
365日……その表記は何の意味も持たない。
私は来る日も来る日も竹刀を木剣を振り続けていた。
そしてそれは環境を選びませんでした。
一年に一度は必ず来る日も、です。
「あなたは台風の中、剣を振ったことはありますか?」
私は剣術家であって剣道家ではない、戦いに場所は選ばない。
必ずと言うわけではないが台風の日、外で木剣を振った日々もある。
大自然の力、人の力を嘲笑うかのように振り下ろされる暴力。
そんな中、己の型を保ち続ける、周囲の圧力に押されようとも心凪、自らを変えない精神を養う。
「あなたは何時、何が飛んでくるか分からない状況の中、前だけを見続けられますか?」
魔物の腕が大地に触れた途端伝わる揺れ、そしてやや遅れて飛んできた大小様々な石つぶてを難無く避ける。
この魔物に感情はあるのだろうか。
矮小な存在が今もなお大地を踏み締めている、その事実をどう受け止めたのか。
答えは二の太刀、接地した腕で押し返すように、その反動を利用し今度は左腕を振り上げる。
右を左に変えようが同じこと、歪で不揃いの部位がそれぞれ別方向に曲がり不規則な動きを見せようとも、直接叩きつけるには遅すぎるし、生み出す風も想定よりも大したことはありません。
繰り返される左右の鉄槌により地面が悲鳴を上げ身を削られる。
しかし人のものは聞こえない。それどころか、届かぬ感嘆の吐息が漏れる。
「やっぱりお馬鹿さんですね。無駄だと分かりませんか?」
ただ避けるだけでは生温い、立てた剣を再び寝かせ前へと飛び出す。
この期に及んでも動きは鈍重だ。足元に潜り込むことすら易い。
一気に駆け抜け擦れ違いざまに払い斬る。
が、覚えのある感触が手に伝わるだけで徒労に終わる。
「やはり今の私では斬れませんか……ん?」
背後から飛んできた石を足の陰に隠れて躱し、前方を様子見る。
二本の腕を地につけたまま動かない。
そうだ、この魔物にとって足元は死角。
腕による攻撃のみなら安全地帯。
しかしだ。
そもそもこの魔物はこの短い足でどうやってここまで来た?
いくら魔力による維持が可能だとしても、子供が玩具を手で歩いているみたいに見せるような滑稽な動きにしかならないのでは?
私達の視線は頭部に固定されていた。
その頭も左右には揺れていなかった。
いや待って、この魔物は、前後の区別が顔の赤光でしか判別できない、本質的に差別されるのかすら怪しい。
にも拘らず、態々反転した…腕を使って。
動物園で一度見たことがある。
胸を叩き、自身を誇示するその動物は同じヒト化に属しながらその走り方は――――
緩やかな弧を描いていた二本の腕が縦に伸びていく。
それに合わせて魔物の巨体が宙に浮いた。
「これで、最後……」
フコの応急手当てを済ませ、ワタシは再び戦場に目を向ける。
変貌したようなナタカが気にはなるが、それよりもこれからどうするか、たいちょう代理としてワタシの役目を果たさねば、そう考えていた。
ワタシは目を疑った。
二本の柱で支えていた巨体が形を変える。
いくら魔力が強大とはいえ……いや元々定形ではなかったのか?それにそこから繰り出される攻撃は。
ワタシはフコの体を引きずりながら、この戦場に響くよう大声を張り上げた。
「いけない!みんな、木の陰に隠れて備えて!」




