あのひのやくそくをもういちど
ワタシは一日たりとも忘れたことは無い。
頬に触れる大地の感触、そこから見える風景。
……そして、何も出来なかった無力さを。
でもワタシは――――
あの時のようにただ見ているだけだった。
あれはナニ…?
あんなのワタシは知らない…。
職業柄と言えば良いのか、見たことのないマモノはすぐ調べる癖がついている。
遠くからでも分かる赤い目に一早く気づいたワタシはマグを取り出して調べていた。
コ・ネコがいなくなった時点で察してはいた。
これがたいちょうやクキョだったらその危険性を告げていたかもしれない。
…いや、あれは嬉々とするだけか。
ただワタシでは皆には告げられなかった。
接近まで十分な時間があった、その間に身を潜めるなり対処は出来た。
…体が動かなかった。
振動に身を委ねても、滑稽に跳ねるだけ、それなのに呆然と立ち尽くす。
だからこれは独り言。
「…知らない。ワタシはあんな…あれほどの魔力のマモノなんて、知らない……」
落ちたマグはセイマコウよりも激しく、ワタシを包み隠すほど大きく輝き、そして消えた…。
「…マさん!…クマさん!」
その声がワタシの焦点を合わせた。
肩が揺さぶられているのに気が付かないほどぼやけていた視界だけが多少は良くなる。
「…ナタカ……?」
「…良かった!クマさん――――」
「なッ?!…ぁぁああぁああああ?!」
リィダの声――――ハッとしそちらを見れば、五人が空に舞っていた。
彼女らはワタシやあれと同じく名家の出、実戦の経験こそないもののそこそこ…いやかなり腕は立つ方だ。
その子たちがどうして吹き飛ばされているの…?
障壁がなくて為す術もなく地面を転がる子もいた。
何故彼女らがそんな目に遭っている?ワタシは何をしていた…?
目の前の…抱き着いているのは誰?どうしてみんな倒れているの?
ワタシは……また…守られているの?
「…今度は……ワタシは……」
リィダさんたちが…!?
彼女たちは私のように紙一重ではなく余裕をもって距離を取っていた。
それほどの衝撃が…?いや――――
巨人に動きはない…が、こちらを見ている。
次の標的は私達…!
立ち上がり魔物と相対する。
刀を握る手に力が入るが、後ろから服が引かれた。
魔物の始動を目で制しながらゆっくりと振り返ろうとした時だった。
ワタシは識っている、その光景を。
圧倒的な魔力で地を舐めたあの感覚を。
けどあの時とは違う。
みんな、動かない…?
………死?
ワタシが見てただけだから?
…また何も出来なかった…?
まただ、また視界が滲んで…。
助けて……またあの時みたいに、頭を撫でて……クキョ――――
「ぅおっしゃああああああああ!!」
((この声…!?))
その声の主は魔物を挟んで私達と向かい合う。
「待たせたな――――て、おいおいおいおい…」
白いふりふりの付いた黒い服に同じく見覚えのある大剣を手に彼女は立っていた。
この星空だからこそ分かる赤橙色の髪の彼女は……ああ、また名前が出てこない、聞いてない…。
彼女の瞳に映るのは寝食を共にした五人の仲間の姿。
「なんだ、てめぇ…オマエがやったのか!」
初めて見るだろうに、彼女は怯えることなく巨体を見据えていた。
それまで動きの無かった魔物は大地に生えた腕を抜き、その手を足側近くの地につけ、片側に重心を預け支点とし、円規のようにくるっと反転する。
(声に反応した?耳があるようには見えないのに…)
いやそれよりも一人で立ち向かうのはまずい。
それも頭に血を登らせていそうな状況では。
「駄目です!向かってはいけません!」
「うっせぇ!オマエは黙って見ていろ!アイツはアタシがやる!」
倍以上の音量で返ってくる。
重そうに大剣を担ぎ上げた彼女は私を拒絶していた、であれば私の言葉は届かない。
それならと注意が彼女に向かっている今、クマさんを正気に戻すことを優先する。
今度は不意に手が引かれた。
しかし私は踏み止まった。
何故そんなことをしたのか、問うようにその名を呼ぶ。
「…クマさん?」
「ナタカ、逃げる。今しかない!」
全体重をかけ、無理にでも手を引いていこうとする。
それはまるであの時のように…。
「クキョが来た!大丈夫!今度は大丈夫だから、早く逃げる!」
一瞬彼女が何を言っているのか理解できなかった。
だから私はそのまま口にする。
「…何言ってるんですか、クマさん?彼女はクキョさんでは――――」
「大丈夫!今度はワタシが必ず守るから!待ってれば、帰ってくるから!」
確かに一瞬とはいえ見間違えてしまうほど彼女は似ていた。
だがそれだけだ。
片手じゃ駄目なら両手でと手を引くクマさんは……先程も小柄に反応しなかった、きゃらを忘れている。
極度の錯乱、今のクマさんは頭の中をごちゃごちゃと掻き回されて過去と現在まで区別ができていない。
姉妹は似るとでも言うのか、クマさんはまだ引きずられていた、自分の中で解決済みだったものが深淵に根を張り生き延びていた。
…抜いても根が残っていればそこからまた生える。
強力な除草剤が必要。
私は腰を下ろし静かに刀を地に置く。
護衛術の応用……クマさんが呆気に取られるほどに優しく彼女から私の手を開放する。
一息を置いて、両手で彼女を両頬をパンと叩いた。
気合を入れるため、あにさまがよくしてくれたように。
そして問う。
「クマさん、あなたは何ですか?」
何時だったか状況は違いますが…あの時とは逆ですね、クマさん。
彼女がしたように両手は離さず、ぐいと顔を向けさせ、そのまま逸らせないように固定する。
見つめた瞳はまたも濡れていた。
それでも彼女は睨むようにして意思を固持する。
「ワタシはナタカの姉!だから妹を守るの!」
「それでは十分な正解とはなりません。もう一度聞きます。今の貴方はなんですか?」
私は受け流すように、けれど真義を確かめるために眼球は動かさない。
情報は一つも取り零すことなく、だから彼女の瞳が猫のそれのように揺れているのに気付けた。
「ワタシは…」
「ぬわぁあああああああ?!」
背後から絶叫が聞こえてきて、私の手ごとクマさんがびくと体を震わせる。
けど私は振り返らない。
ごめんなさい……でも今は彼女を、クマさんを、でなければみんなを見捨てる結果になってしまう。
「今のあなたは隊長代理、彼女らの上に立つ人間です。…クキョさんはどうしましたか?先に逃げ出しましたか?あの時二人は対等だったかもしれません、でも今はクマさんは彼女らの上司ですよ?」
「でも、ワタシは……あんなマモノ知らない…!」
クマさんは見た目通りとばかりにいやいやと首を横に振る。
私の言葉が届いていない。
私では無理だ。あにさまにも指導者には向かないねと言われた。
強力な除草剤たりえない。
それに他人が撒いては駄目だ。
自分で解決しないと。
…それなら私が出来ることは。
静かに目を閉じた…。
いつの間に当り前になっていたんだろう?
何時から彼女はここにいたんだろうか?
鍛えた体に技が宿るように極自然に馴染んでいる。
「クキョさんからの言葉、もう一度贈ります」
一度大きく息を吸って吐き出す。
そして再度クマさんの目を見据える。
「止まるんじゃねぇぞ!」
目を丸くするクマさんの、異常なまでに間隔が短かった呼吸が正常に戻る。
クキョさんの言葉が届いた。
「それ…ナタカに、言ってた」
そう、私に。
けど、もしかしたら、それだけじゃなかったのかもしれない。
「この言葉にはそれ以上の意味は無いかもしれません。ですが、クキョさんはそれ以上の想いを込めていたはずです」
それは私の願望かもしれない。
クキョさんの言った『オマエ』に魔力は込められていなかったのが真実かもしれない。
でもきっと、クマさんにも言っていたんじゃないのかなって、私は思う。
忘れてはいけないし、囚われてもいけない、彼女らしくない何やら難しい約束。
だから私は簡単にします。
「…これを。約束します。必ず返してもらうと。あ、邪魔だったらどこか置いといてくださいね」
拾い上げた刀を抜き、鞘を手渡す。
クマさんは顔とを交互に見ていた。
「戦うにしろ、そして逃げるにしろ、彼女たちと一緒にです。私が時間を稼ぎます」
「でも――――」
クキョさんの笑顔を借りる。
私がするそれではない、彼女のニッとする笑み。
「クマさん、あなたは識っているはずですよ。あのマモノよりも強い相手を。それに比べたら独活のなんちゃらですよ」
言葉を呑んだ彼女であったが、一呼吸の後、首を傾げる。
「……ウド、何?」
ふっと笑みを零し、再び魔物に向き直る。
「答えは後で。クママさんが言ってた、今こそクマさんにしか出来ないことを。彼女たちを頼みましたよ!」
私が約束をすると、彼女は止める手を抱える手に変えた。
「…ワタシにしか出来ないこと……」
どうしてあれを使わないのか?
その理由は後日語られる予定です。
都合合わせではないですよ!
一応それについてはうすーく含ませてたような、含ませてないような。




