ま〇う乙女達
お腹がうるさい。
美味しそうな匂いがアタシの鼻孔を擽るせいだ。
あれからずっとアタシは部屋へと籠り、全てを遮断するため掛け布で自らを覆い隠した。
だけど僅かな隙間は必要で、体に取り込まれた芳香に欲求は正直で、付き合いはそれほどでも無くても同じ憧れを抱いたアイツらもいればこうもなるのか。
クキョさんと同じ様にして齧り付けば中からその旨味が口内を満たし舌に頭に幸せを運ぶ、その誘惑がアタシを襲う。
ここまでくるとわざとだよな?!
そう思わざるを得ないこの仕打ち。
しかし一つだけアイツらの誤算があった。
アタシが我慢強いことだ!
時々隙間から手が生える。
そのまま伸ばせば届く位置に置いてある彼女らの罠。
この魔力に刻まれた誇りがそうはさせんと今にも届きそうな指を丸めさせる。
敷き布の皺、それは何度も何度も繰り返される己との戦いの痕跡。
攻防入り乱れるこの戦場に増援がまた一人やってくる。
「入るぞ」
本当にアタシと同じ新人かと、いつものように妙に落ち着いた声の主は扉を叩かず勝手に入ってくる。
名家出身の為、以前はそんなことは無かったのだが、慣れてしまったのだ。
なんせ、ここの主のせいで鍵さえ無意味なのだから。
彼女はアタシの牙の先を見て呆れたような、嬉しそうな吐息を漏らす。
「私が最後か」
「……そういうことだ」
一人なり五人まとめてくるなり、そっちの方が楽だった。
ばらばらに、それに時間差も性格出してきやがって置き土産まで置いていく。
女王様の誕生祭までまだ先だってのにこうも連携が取れてるのは何故なのか。
最後がリィダってのがまたな…。
それも作戦立てたように見せて、個人技だってんだから質が悪い。
「…アタシはなんもしねぇぞ」
「お前が決めることだから別にいい。明日からの予定を伝えに来ただけだ」
前もって家事の分担を決めたことはなかった。
ということは、アイツの計画とやらだろう。
自然と耳が闇に意識を紛れさせる。
「往復で十日はかかる旧鉱山まで行く。だがコ・ネコを借りているそうだからここを空けるのは二日ほどになる」
布に包まれたまま勝手に入ってくる予定に無言を貫く。
だが彼女は透き通った声を大にして独り言の様に続ける。
「直接確認しに行ったところ、世代交代も兼ねているようだ。夜には帰ってくるだろう」
「…それでいいから来いって命令か?」
アタシも布が震えるほどに独り言を呟いた。
こういう時下手に付き合いができてるのも困ったものだ。
お互いにそう決めるからな。
だから問いに対する解は返ってこない。
「予定は以上だ。私もこれを置いていくが…いいだろう?」
何を置いていくのか分かるのが悔しくて、舌打ちをしてしまう。
アイツみたいに魔力が無ければ伝わらないのか、…そうだったのならクキョさんにもっとかまってもらえたのだろうか。
返事の有無にかかわらず結果は変わらない。
アタシと同じクキョさんの部下なのだから。
足音が消えるのを待ってお腹を鳴らしながらのそのそと姿を現す。
まず目に入ったのは背もたれに掛けためいど服。
アイツの顔がすぐに重なり、別の個所にも皺ができる。
首を振ってもなかなか振り切れない。
だって…同時にクキョさんも出てくるんだ。
「…あの顔は、卑怯だろ……」
人がまじだってのに鼻がぴくぴく動く。
欲望は限界を迎えていた。
だから顔が向くがその先には五つの皿。
「…まじで肉ばっかじゃねぇか」
通常であればもう夢を見ている頃、星明かりが十分な光量を与えてくれる、二人しかいない部屋でも独り言が漏れていた。
「周りからはお前に押し付けているように見えたかもしれないが、任せたのは正解だったよ」
あの時の映像は今も脳に焼き付いている。
頼りになると同時に、自ら望んだお飾りに空虚も感じていた。
だけど……眩しすぎるから…それだけが理由だった。
『アタシに預けてくれ!次の誕生祭までには一端に仕上げてみせるさ』
それもまだまだ先の話でありお前もいない。
「部下の面倒を見るのは隊長の務め、か…どの口が言うんだろうな?」
赤い虹彩を覗かせていても起きているわけではなく、目を閉じていても寝ているとは限らない。
返事は返ってこないが、耳をすませば微かな寝息が聞こえてくる。
それを確認した彼女は前に掛かった髪を振り上げるように立ち上がった。
また二日ほど彼女の代わりをしなければいけない。
そうすれば答えが返ってくる日も近い…そう胸に希望を抱き彼女は一人部屋を出た。
人が立ち入らぬと聞いた森の深淵を揺られ行く一人の少女。
自業自得ではあったが過去にも行った探し物、それを蔑ろにするわけではないが今回ばかりは早く見つけたい。
けれどあの時以上に時は嵩み、見つからぬ焦りや苛立ちは愚痴を漏らさせる。
「ここはどこじゃ…?……どうして一人で旅立たれたのじゃ?」
思い当たる点は二つある。
一つは運命、どうすることもできないもの。
書で見る限りでは胸がときめく言葉だが彼にとっては違う。
だから抗うための手段を探すため、こちらが本命だ。
確かに例外はあった。
しかしその者が旅をしていたのは今は王族のみが知ること。
彼は一体どこでそれを知ったのか。
考えても分からぬ思考は読み飽きた書のように投げ捨て、それよりも胸を騒がせるのはもう一つの点。
いやむしろこちらが本命なのではないか。
認めたくないから排除したいのではないだろうか。
王族だからこそ知るこの感情は、同じものを抱いた者ならばあの顔は間違いなく…。
じゃが、あやつはまだ戻らぬ。
何かあれば動き出す者も現れるじゃろうからな。
その為もあって彼女らは城へと置いてきたのだから。
初めて見た時は感動すらしたものの、毎日見ていれば飽きてくるというもの。
代わり映えせぬ景色は慰めにならず、溜息が勝手に出る。
「…わらわなら例え火の中、水の中…」
特権、この世の民が知り得ぬ言葉を口に、睨みつけるは周囲の赤光。
「……マモノの、中であろうとも、じゃ」
静かな、とても静かな旅路だった。
人が入らぬ地故に食物連鎖の頂に立つモノが我が物顔で闊歩し、下位のモノたちはそれぞれの安息の地で災厄が過ぎるのを祈るのみ。
それが今は喧しい。
喜びか興奮か、威嚇でないのは間違いが無い。
幾つもの輝きは書に記されたホタルなるものの光のようにも思えた。
「…これもわらわの罪かのぉ?お主に付き合わせて申し訳なく思うが…」
頂に上ってしまえばその先はもうない。あとは見下ろすだけ。
しかしそれはあくまでここら一帯だけの話。
居心地が良ければそこから離れたくないのは人も魔物も変わらないのか。
慢心が本能を退化させ、自分たちに怯えていたものたちが今夜に限っては別のものに、真に恐るべく存在に気付かせない。
その巨体でさえ胃袋を満たすただの食事にしか映っていなかった。
「おかげでこやつの食事には困らぬが、毎夜毎夜凝りもせんのぉ」
今の彼女に戦う力はない。
それでもここまで護衛を付けず一人で旅を続けてきた。
そしてこれからも続く。
愛しの君を見つけるまで、一人と一匹で。
「お主の嗅覚と聴覚も、頼りにしておるぞ、ミケや」
最後の一体となった魔物までが身を震わせた惨状を、冷めた目で見守っていたものがいた。
周囲と一体となることでコ・ネコの知覚を逃れ、己の僅かな魔力に意思を乗せ定時報告をする。
「…こちらは問題ない。……了解」
勝利の雄叫びか主に返事を返したのか、にゃあと声高らかに天を見上げるコ・ネコ。
被食者と変わらぬ程度であっても、変化に敏感な彼女は耳をぴくと反応させる。
が、気のせいだったか後ろに向けていた耳を元に戻し、主を守る様に身を丸め包み込む。
「…よしよし、今日はここまでにするかのぉ」
監視対象が今宵の旅を終えたのを確認し、星空が生み出す夜よりも暗い影にその存在を消していった。




