しゅくだい
タイチョー色の空が床に格子縞を描き、各々が支度を終え入り口広間に集まる、毎朝変わらない光景。
だけど今日は珍しくアタシが一番乗り。
細める目を影で隠し暇を持て余せば考えるのはこの家の主のことばかりだった。
クキョさんが帰ってこない、もう3か月にもなる。
タイチョーからは特殊な任務中と聞き、新人のアタシらにはその詳細は知らされなかった。
そして待機命令は解除されず今日もそれぞれが家事を担当する。
アタシを含めて新人は6人。
他の隊に比べると少ない方だが、一度にこれだけ入ったのは初めてだという。
その時のクキョさんの顔は忘れない。
「それでは今日の担当を決める」
クキョさんがいない今、アタシたちを仕切るのは『リィダ』
人のことを言える立場ではないがみんなめんどくさがるのだ。
その点彼女は上手く纏めようと努力する。それに才能もあるようだ。ゆくゆくは彼女がタイチョーの後を継ぐのではないだろうか。
髪の色も似ていることだし。
「二人はまずは食材の確保だ」
指名された『イチウ』と『ユヤ』は素直に頷く。
めんど事を押し付けている以上、不満は言わない。
次に洗濯を指示された『フコ』と『セハネ』もだ。
アタシもだけどみんな名家の出。
普通であれば問題視されているこの隊に入ることのない人間ばかりだ。
みんなクキョさんに憧れて、彼女の様になりたいと自ら希望したのだ。
だから今も彼女の言いつけを守りめいど服とやらを着ている。
たった一月そこらいただけの、アイツから聞いた話だと知ってもアタシは我慢していた。
憧れは更に容姿やらにも影響を与える。
入隊前にみんな髪を切り、クキョさんのようにした。
リィダなんかは地面につきそうなほど伸ばしていた髪をばっさりと。
けれどみんなはまだ甘い。
アタシは口調まで真似しているのだから。
「……アタシは?掃除から入るか?」
「…えっと、そうだな……」
でも一つだけ劣っている点があった…。
「掃除……いや、料理…?」
珍しく決めあぐねている時だった。
玄関の方からカチャと音がする。
誰かが扉に手を掛けたのだ。
アタシも含め6人全員が反応する。
彼女の言いつけを守るためだ。
素早く横一列に並び、前で手を組み同時に頭を下げる。
そしてこう言うのだ。
「「「「「「お帰りなさいませ、ご主人様!!!!!!」」」」」」
明日明日言い続けて結局今日まで延ばしてしまいました…。
私は夏休みの宿題は早く終わらせる人間だったはずなのですが…。
今日の左手は冷たい触感、クマさんには目的は告げず一人で街へ。
向かう場所が逃げ続けてはいけない場なので刀を持って、けど街の人は知らない武器、目立つといけないので隠すように腕で抱えながら。
『…今はまだ、時間がいる』
レイセさんからは絶対に行かないように言われていたため、話していたら絶対に付いてきていたであろうクマさんには言わなかったのです。
クキョさんのお世話は昨日レイセさんに頼みました。
事情は言いませんでしたが、彼女からも理由は聞かれませんでした。
そして……止めることもしませんでした。
今現在、名家が軒を連ねる誰が呼んだか、いえ私が勝手に呼んでます名家街を行歩。
クマさん親子が以前住んでいた家、レイセさんやショトさん家もここにあるそうです。彼女の実家も。
戻ってきてから初めて帰ります、彼女の現住まいへ。
「…変わらないですね」
草が茫々と茂ることなく、外壁が草臥れている様子もない。
街一番とも言えるその佇まいは今も威厳を保っている。
誰かが手入れをしている証。
彼女たちは主のいない今もここでその務めを果たしている。
…何も知らされずに。
右手を取っ手に掛けるも一瞬躊躇する。
それが私の弱さ。
もしクマさんを伴っていたら逃げて頼っていただろう。
だから私は刀を握り締め、その勢いを借りるように右手を押した。
「「「「「「お帰りなさいませ、ご主人様!!!!!!」」」」」」
そうだった……ここもだった…。
孤児院のそれよりも遥かに統率された動き、すっかりと記憶から抜け去っていた私は硬直する。
昨日記憶には程々に自信があると自慢げな顔を晒したのは何だったのか…。
力を入れていなければ先に床と刀が挨拶を交わしていたことだろう。
見れば、彼女たちもまた頭を上げる途中の姿勢のまま私を見て固まっていた。
妙な沈黙、それが逆に私の口を開かせてくれた。
「あ、あの…ごめんなさい。遅くなりましたが、今戻りました…」
その場で彼女らと話をすることにした。
我に返った彼女らが挙って、クキョさんの今を知りたがるからだ。
5人に囲まれながら私は隠すことなく全てを語った…。
彼女らとの付き合いはクキョさんに招かれてから始まったものだ。
そしてそれは帝都へ向かった日に終わりを迎えた。
その関係はまさに主人とめいど……客人とですね。
彼女らもその様に対応していたと思います。
食事時もクキョさん一人騒がしく、合わせた相槌を打つ。
一緒の食事をしていてそれですから普段も会話などほぼ無く、そういうものだと擦れ違っても会釈で済ませていました。
でもクキョさんと彼女らの関係は違ったのです。
……私もまた、知らなかったのです。
みんな言葉が無かった。
私は罵声を浴びることも覚悟していた、暴力を受けることも。
けど全員黙って最後まで聞いていた。
私もまた彼女らの顔色が変わっていくのを見ながら逸らすことなく。
彼女らがどういう決断をしようと、私はそれを受け入れる。
それが死であったとしても、猶予を頂く。彼女が治るまで。
…随分と遅くなったけど、勇気がなかなか持てなかったけども、この地で骨を埋める覚悟はとうにしていたのだから。
彼女らの無言の審議はとても長く感じ、けれど目は逸らさず判決を待つ。
額にかいた汗が顎にまで伝わる時間。
一歩前へ出たのはレイセさんよりも髪色が少し濃いだろうか、紺碧と言うべきか……てきぱきと他の方に指示を出していたのが印象的な彼女、名前はえーっと…。
「……」
いや記憶のない私、馴染みすぎでしょう?
ここで気付く、誰一人名前を知らないことに。
……それよりも判決に耳を傾けないと。
「それで、どうしてあなたはここに?」
優しさはなく、怒りや冷たいわけでもない、務めて冷静な声。
質疑応答を先に、ということでしょうか。
私が口を開くよりも先に、彼女が補足して質問し直す。
「あなたは隊長とクキョさんのお世話をしていると、先程言いました。どうして、あなたはここに?」
目を細めているが怒りではないように思う。
私が来た目的を、謝罪のためだけではないと、彼女は気付いているようだ。
渇き僅かとなった唾液を胃へと送る。
弱さが言葉まで飲み込んでしまわないように、吐き出そうとした息に音を乗せる。
「…弱い私を、言い訳から始める私を……ごめんなさい。魔力のない私には他の方に頼らなければならないことがあるのです。そして、こんな言い方をする私も……」
左胸辺りを掴んだ手が震え、唇まで戦慄かせているようだった。
逃げるな私、そう思いながらも口にしてしまった。
でも目だけは…心だけは信じてほしい。
「クキョさんのために力を貸していただけませんか?」
彼女の眼をしっかりと見据えて助力を乞う。
他4人の見定めているかのような視線も感じる。
突き刺さるような胸の痛みも感じる中、彼女の答えを待った。
「…まずはその話から聞きます。応えるかはその後に」
拒絶はされなかった、一先ずの話ではあるが。
何も聞いてくれなかったあの時とは違うせいか、心の緩みが声に感情にと出そうになるのを抑えながら計画について話した。
「…それでクキョさんが治ると?」
「それは分かりません。全く無駄に終わるかもしれません。けれど私は少しでもクキョさんの力になりたいんです。…今も戦っている彼女の……」
名を呼ばずとも言葉に魔力が乗って伝わる。
でもショトさんは心は見えないと言った。
それなら条件は同じ、言葉で目で意志で何でも使って心を…私を伝える。
刀ではない、今の私の武器。
「クキョさんの知りたいを助けたい…!」
彼女らにかかる窓枠の影が形を変える。
それは時間の経過によるものだけではなかった。
彼女の目が緩み、そして頭を下げた。
「まずは代表して謝罪します。あなたをここまで来させてしまったことに」
他の4人も合わせて頭を下げられると、私は戸惑いしかなく見回すことしか出来ない。
頭を上げた5人は目を伏せたままだった。
リィダと名乗った女性はその内を語り始めた。
「隊長は知っていたのでしょう。私達の弱さを。きっとあなたを責めるだろうと」
それは私も同じだ。
あれだけ一緒にいたのに名前すら知らなかった、何一つ知らなかった彼女たちのことを勝手に決めつけていたのだ。
…心に刻まれた恐れが、記憶が無かった私をも縛り付けていた。
「私達の精神が未熟故の対処です。それに…」
何かを思い出したかのようにふっと息を漏らし言葉を止めた。
それはきっとずっと変わらない想い。
4人も五つ子のように同じ表情をする。
「私達の力お貸しします。…いいだろう?いつも私に決めさせるんだから」
左右を横目で確認した彼女に返事代わりに返ってきたもの――反対の意見は上がらない、五つ子…いや六つ子、欽慕が重なって見えた。
ただ一人を除いて…。
「……ちょっと待てよ。アタシは納得しねぇぞ!」
みんなが一斉に振り返ると、その背で隠れていた声の主の姿が見える。
それまで一度も輪に入らなかった彼女、どこか他で見た覚えのある髪色は……一度稽古したことのある…。
あれ以降睨みつけられていた目とは違う感情を宿している。
服を掴み筋の浮き出た手からは今にもビリっと音が聞こえてきそうだった。
「コイツが妙な話を、入れ知恵をしたからだ!ヒッサ……とか!これだってそうだろ!」
だが彼女は忌々し気な表情を浮かべ手を離す。
今度はその手を私に突き付けた。
その目には私が……刀を胸に抱いた弱い私が映っていた。
「そうだ……そもそもコイツがいなければクキョさんはそうはならなかった!違うか!?」
彼女の言っていることは正しい。
本来いないはずの人間が本来得ないはずの知識を与えた、私に刺さっていた棘…。
ショトさんに抜いてもらったけれど、突き付けられると胸が痛い、何度でも再生する鮫の牙のよう。
彼女も言葉を震わせ空気すらも振動し私の心を揺らす。
耐え切れず顔を伏せると、私やクキョさんと同じく固くなった手が目に入る。
その主、リィダさんが彼女との間に立ち塞がった。
「…違うな。クキョさんが自分で決めたことだ。お前もそうじゃないのか?」
他の4人も同じ様に、壁ができ私の視界が狭められる。
支持を得られなかった彼女からギリッと歯の鳴る音、そして足音が離れていく音が聞こえてくる。
「……っ、くそ!」
「あ、あの…」
耳に届く僅かな音、止める者も追いかける者もいない、私はただ狼狽える。
ほっとけばいい、彼女らの総意だった。それは私が行っても火に油を注ぐだけと言われているようだった。
足音を見送った彼女らの背からはそれ以上のことは分からない。
かつては知ろうとしなかった私にリィダさんが教えてくれたのは、この家で感じていた敵意の理由。
「あいつが一番クキョさんを慕っていたんですよ。…私達は負けたと思ってませんけどね。それより話を進めましょう」
振り向いたリィダさんの顔からは、懐かしいものを感じた。




