つながり
巨大な建造物を建てようと思えば、森林を切り拓くのが良いのではないだろうか。
場所の確保に加えて資材もその過程で手に入る……木々に囲まれたコ・ネコ屋からそんな言葉を思い出した今日この頃。
もしそれが目立たない木々の傍にあったのなら、もふもふにより記憶から完全に消し去られていただろう。
私もね、最初は気付きませんでしたよ?
想像してみてください、視界を覆うほどの建造物を初めて見た時を。
その全貌を明らかにしようと思ったらまずは自然と視線が上に上がっていくのではないでしょうか。
その時点で下にあるものは消えていく。それが対象と比べて小さなものとなれば猶更です。
ですから入る直前に目に入ったのはおネーさんのおかげでもあるわけです。
観光の際、普段見慣れぬものがあれば駆け寄ってじっくりと見てしまう。
例えば建物の説明書き、歴史とかも書いてあれば完璧ですね。
そんな旅人の気持ちが分かる昼も酣、私も姉を伴ってそれに駆け寄る。
それそれ言ってきましたが、どう見ても石碑ですね。
広場にあったものと違い四角く整形されています。
墓誌のようにも見えますね。
「クマさん、これ何の……」
どうせ文字は読めない、そう先見し目に入れただけで、やれやれと少しお疲れなクマさんに尋ねようとした時だった。
多分クマさんは目を丸くしているか、引いている。
手を雑に離して、私はその石碑に張り付くように手を添えた――奇行のように見えたのではないだろうか。
「…どうしたの、ナタカ?」
訝し気な声で正解が分かるが、私はそれに構わず羅列された文字を目で追う。
視覚だけでは信じられず、聴覚でも確かめるように口に出して文字を読んでいた。
「…タマ……クロ、シロ……ミィ…」
「――!?読めるの?!」
今度は驚愕が声で分かる。
そして多分私も同じ。
振り返ってクマさんに見せた顔はそうにしか見えなかったと断言できる。
「これ……片仮名ですよね…?」
ひび割れたように縦に線が入っている……いや刻み切れなくて継ぎ足されたのであろう石碑にズラッと刻まれた文字は見間違えようがない、この世界の文字とは異なる形状をし、けれど私にも読める文字…間違いない。
「クマさん、この石碑は…?」
「…いなくなった、コ、ネコたちの、名前、と聞いた」
子供の頃の話だ。
毎日来ていた他と比べて動きが緩慢な子、今ならそれが年のせいだと分かる猫が急に来なくなった時があった。
数日後、あにさまから猫は死が近づくと死に場所を求めて旅に出る、と聞いた。
それが立て続けに起こった、二度目の死だった。
この世界ではどう取られているかは分からないが、もう帰ってこないということだけは理解しているのだろう。
これはコ・ネコの墓代わりということ、では何故片仮名で…?
「それは、ここに、来るときに、持ってきた、という、話。それ、以外は、分からない」
全てを説明できないことへの不満が声に出ている。
読むことの出来る私なら何か分かるかもしれない、そう思い再び石碑に目を向けた。
思考に力を入れた結果、あることが分かる。
「同じ名前が多いですね。タマ、あ、またタマ……タマタマ…」
何か卑猥なことを言った気がするがそれはそれ、どういうことだろうともう一度クマさんに顔を向ける。
「読めても、書けない、から、そこにある、中から、選んだ、結果、だと、思う」
読める人は読めるんですね、ここに書かれている文字限定でしょうが。
この世界は横書きで広場の石碑を見る限りでは同じように左上から詰めていくようだ。
であれば、ここもそうだと仮定し恐らく最初に名付けられた猫の名であろう文字を探す。
「……あった。…ミケ?」
三毛猫から取ったのだろうか?小屋にいた子たちは二色でしたが…。
最早驚きはない、大きさが違うだけなのだから三毛猫がいても不思議ではない。
「その名は、女王様、専用の、子に、付けられる」
所々に、けど他の名前に比べたら少ない気がするのはそれが理由ですか。
今まで見つけたのは私の世界での有り触れた名前ばかり。
この世界には無い果物の名前まである。
その理由も気にはなるが変わった名前はないかと、そちらを探すことに意識を奪われた。
「…早速見つけた。初代ミケの下、えっと……キト…ユト……ユド?」
ミケのケもそうだったが、ユであったりトであったり、線を突き抜けており雑に刻まれたようにも見えるがそれは違う。
よく見れば止めの下部分にも微かな傷、まるで刻んだ方の痛哭の跡のようだ。
でもそれだけの思いを込めた名前の由来が全く思い浮かばない。
間違い探しでもするかのように血眼とまではいかないが人を黙らせるくらいには目力が強くなっていた。
それほどに多くの名が雑な家系図を作り出していた。
近いものでもあればそこから何か分かるかもと似た名前探しをしていたのだが、妨害せんとタンタンと聴覚を侵略してくる音がする。
しかも段々と強くなっていく音はその方の機嫌を表していたようで。
それに気づいた時には遅かった。
腕を組んで足のみで地面を舗装せんと踏み鳴らし、目を細めるおネー様。
「これは、あれの、ために、なるの?」
感情を押し殺している声だけで私は平謝りする道を選んだ。
「早く、しないと、ワタシ、先、帰る」
クマさんと店外で分かれ一人中へ。
大分歩いたのにも関わらずおネーさんの機嫌は直っていない。
下手をすれば暗くなり始める中を一人城まで帰らなければいけなくなる。
それは避けたいので、まずは第一関門。
店内をぐるっと見回すも否が応でも目立つ姉妹の姿は見えず、代わりに忙しそうなカンコさんが目に映る。
しめた、今日は二人がいない日、と握った拳が萎えていく。
古風に言えば血管が浮き出ていると言えば良いだろうか?カンコさんの機嫌が悪いようにしか見えない。
珍しく人が多く、その対応に追われているようだ。
許可がいる以上声を掛けねばならない、だが今の彼女に話しかける気概が私にあろうか、いえ絞り出す。
「あ、あの、中……入っても?」
恐ろしく早い切り替え、私でなければ見逃していた。
錯覚だったと願いたいほどだ。
一瞬、三白眼の様にこちらに目を向けたのだ。
ゾクッと背筋が震えたのは言うまでもない。
明らかな殺意を感じた。
「どうぞ」
看板娘には偽りなく、営業微笑を湛えるカンコさんにお礼を言って奥へと向かう。
コ・ネコの様に背を丸めまだ早いのに汗を流し始める私を視線が追って来ているのを感じながら。
猫小屋で時間を使い過ぎてしまったが為、模型が完成したと見込んで、もう一つの予定は明日にすることにした。
でなければ、門番前で引き返していたところです。
兵士さんより非戦闘員の方が怖いなんて何て世ですか。
変な汗をかいたせいではないだろう、熱波は感じず返事も返ってこないので工房へ入る。
「失礼します…。骨細工の方は…?」
背を向けている人物が一人だけ、他には見当たらない。
「あの、シジカ、さん?」
カンコさんとは別のゾクッとするものは感じない。
背中の雰囲気からももう一人のシジカさんではないように思うが、無視されている感を受け伺うように聞く。
口撃のシジカの沈黙も恐ろしいのですが…。
だがやはり異名は伊達ではない。
堪え性が無いとも言うべきか、シジカさんが重い口をやや軽くする。
「…いやぁひどいよねぇ?人があげた武器を置いて帰るなんてさ?それも人の目に付くとこにだよ?至高の品なら兎も角…」
彼女の顔は壁に掛けられた、自慢の武器に向けられていた。
そのことですか…。
いや私も悪いとは思っていますし、何より私が一番驚いていますよ?
毎日していた素振りをこの世界では一度もしていませんし?
だからといって剣士の命を浮かれて置いて帰るなんて?
向こうにいた頃の私だったら在り得ないことですよ。
「これはもう本物をばらすしかないよ!完璧なものであればそれも許された!恥の代償、払ってもらわないとアタイの気が済まないねぇ!くる……す?も作らない!」
軽めでこれですよ。
あともう忘れたんですか?車椅子ですよ車椅子。
このままでは例の掃除まで始めそうだ。
しかし私は覚えが良いのです。
「…食事、食事行きましょう今度!お勧めしたいんですよね!私の方のお勧めでもいいですが!」
観察しておいて忘れたら意味が無いですからね。記憶力には程々に自信があります。
目が合った。
爛々屡鵜、鵜の様に目を丸くしながらもしばしば輝かせる様子。
それと、私が来るまで仕事でもしていたのだろうか、顔が赤い。
「そ、それなら仕方ないねぇ!ゆ、許してあげるよぉ!でも次はないからね!…今日はちゃんと持って帰るの?」
シジカさんの視線の先にはそこが定位置とばかりに刀が立て掛けられていた。
「そ、それはもう、はい。……ところで車椅子の方なんですが…?」
細心に更に微塵切りを加えたはずなのに、シジカさんが顔に影を作る。
そしてむしろ見ろとばかりに顔を背けた先、恐る恐る覗かせていただきました。
寝床代わりに使われる金床のカナちゃん(シジカさん命名)その上には待望の品があった。
未だ分からぬ獣の種類、されどその肉塊は散々見てきた。
いや、見ない日があろうか?
散々胃が苦しめられた塊からそれを纏う骨は如何ほどのものか、想像は容易だった。
模型と言いつつも実物大で創ってくるのではないかと思っていた頃もありました。
ですが、今目の前にあるものは例えは悪いですが面くらい?片手でも持てそうですね。
見た目も骨と言われなければ分からない。
素材そのものを生かすのではなく切り分ける等加工も可能なんですね。
「すごいです!そうです、これが車椅子です!」
刀以外で珍しく興奮してしまっていた。
猫?別腹というやつですよ?
それほどの完成度、これ以上の模型はありません!
これならシジカさんも実物を作れるのではないでしょう……か。
またです、忘れていました。
そういうとこですよ私。
シジカさんが顔を更に険しく、膝が赤くなるくらい掴んだ手を震わせていました。
「あ、あの、その…なんて言いますか」
自分の会話能力の低さが憎い。
それでも言える時、言えない時がある。
今は後者。
けどやはり堪え性が無いと自ら証明する。
その下準備に天井を見上げ、あーあと呟いた。
「アタイにだって出来ないことがある。何でアイツはそれが分からないのかねぇ?いつアタイが勝ったっていうんだよ。まぁ負けたとは思ってないけどねぇ!」
シジカさんの目に火が灯る。
仕事形態、職人さんの目だ。
「これをそのまま作ればいいのかい?要望があったら先に言ってくれた方が楽になるんだよぉ。ここだけの話、改良ってめんどくさいって言うかさぁ。手を加えるより一から創る方が楽しいって言うかさぁ…」
いつもの調子が戻ってきた。
それを量るのは言葉の多さ、早さではない。
今が本当のシジカさんなのだろうから。
私は模型を手に取ってじっくりと見る。
大きな車輪の前面に小型の車輪。よく見る型だと思う。
この世界は斜路やら平坦な道ばかりではない。当然階段もある。
であれば――――
「ここの小型の車輪部分なんですけど…」
クマさんが待ってくれていることを祈りながら、手短に自らの要望を伝え、今度は忘れずに刀を持って工房を後にした。
…というよりも、また撤退したと言いますか…。
『そういえばあの方は帰られたんですか?』
『…アイツなら新作が降ってきたってこれ置いてさっさと帰ったよ。人を苛つかせる顔して勝利宣言までしてねぇ…』
だから私そういうとこぉ!




